※リアタイ小話再録


「…んー、エースもうちょい右…」
「こんくらい?」
「なー!!ちがうー逆逆」
「お前そりゃ左だ」
「おれから見て右」
「俺様か。つか腕疲れたールフィはやくー」
「む!なんだよエースがおれに頼んだんじゃん!」
「そうだけどお前ぶきっちょ過ぎ…、ちょ、オイおれに電球落とすなよ!?」
「ガンバリマス」
「なんで片言だよ」


さて、今の状況を説明するにはまず昨日の夜にさかのぼらねばならない。
いつものように仕事を終えて帰宅したおれは、いつものようにカギを開けて玄関に入った。アパートのドア外の廊下にはささやかに電気がついていて、おれはいつものようにドアが惰性で閉まる前に、差し込むその明かりで室内灯のスイッチを探り当ててパチリと入れた。

身に染み着いたその一連の動作も、台所兼廊下の雑然ぶりもいつもの通り。いつもと違ったのは、

「…あら?」

電球が切れて電気が付かなかったことだ。



「……いや自分で替えるにもさー、こう微妙に届かねえんだなこれが」
『台とか脚立とかねーの?』
「居間のちゃぶ台でチャレンジしようかと思ったんだけどよ、片足掛けた時点でミシッとな」
『あーあれはだめだろなー。エースんち畳だからイスもねーもんなー』

そりゃあ困ったなー、なんて全然心配も同情もしてない明るさで電話越しにけらけら笑うのはルフィ。素直で天真爛漫で自由でそんでもって世界一可愛いおれの恋人。惚気ですが何か!

部屋に入って一息つくなり、おれは部屋着に着替えながら早速ルフィに電話をした。どんな小さな事でもルフィに報告したいし、どんなくだらない事でもルフィの話を聞きたかったし、何よりルフィの声で紡がれる「おつかれさん!」という最強フレーズが聞きたかった。

いつもの黒いパーカーに袖を通しながら会話を続ける。

「というわけでだルフィ。お前明日うち来ない?駅で拾ってくから」
『んー?いいけど意味わかんないぞ?』
「お前電球替えてくれ。」
『イヤミか!エースが届かねーのなんでおれが替えんだよ!!」
「はは、ちげーよ怒んなよ。おれがお前抱っこするからそれで替えてくれってこと」
『……え〜〜〜!?』

少し間が空いた後おれの要求を理解したらしい、ルフィの予想通りの反応に笑いながら、おれはパーカーのジッパーを閉めて。


そして、今に至る。

電気のない、居間の明かりが洩れだすだけの薄暗い廊下。おれは日頃鍛えた腕力で荷物よろしく正面からルフィを抱きかかえ、ルフィはおれの胴体に脚を巻き付けて伸び上がり、天井と電球と格闘している。

「ん〜〜〜……」
「ルフィまだかー」
「エースこれ不思議電球だぞ」
「電球のせいにすんな」

お得意の責任転嫁の台詞はもうおれにはお馴染みだ。その手には乗らん。一刀両断したおれに、ちぇーとかなんとか言ってルフィが唇を尖らせたのが見えなくてもわかって、おれは小さく声を出して笑った。

ずっと上を向いてルフィの手元を見守っていたが、そろそろ首が痛くなってきた。首をあるべき位置に戻すと、視界はルフィのふわふわ柔らかいセーターのからし色で埋め尽くされた。思わずうっすら疲れの溜まりはじめた腕で細いからだを抱え直して抱き寄せて、その胸元に顔を埋めた。

甘いような懐かしいような、そしてどこか切なくなるような、ルフィのにおいがした。
おれはこのルフィのにおいがどうしようもなく好きだ。ルフィが香水とか何もつけていないのはわかってる。きっと、サボが几帳面に洗濯して干して、そんでそれを着たルフィが外で目一杯日の光を浴びて笑って、太陽のにおいが染み付いたのだと思う。

ルフィに出会う前だったらこんなこと絶対に考えなかったし、こんなこと言う奴がいたら鼻で笑い飛ばしていたかもしれない。
でもいまのおれは心底本気でそれを信じていたし、このにおいがない世界で生きることなど考えられないし、それにルフィがいなかったら、この廊下もきっと真っ暗なままだった。

「…――あ!はまった!電気ついたぞエース!……エース?」

明るくなった廊下で、それでもルフィを抱えて顔を埋めたままのおれを怪訝に思ったのだろう。ルフィがいぶかしげに身じろいだのがわかったが、おれは何となく離れがたくて、腕の疲れも構わずにルフィを抱えたままでいた。

「……しし、なーもーエース、くすぐったいって」
「んー?うん、我慢しろ」
「俺様か!」
「お前それ言いたいだけだろ」

けらけら笑うルフィの声が心地いい。笑顔が見たくて顔を上げると、いつもと違う目線のルフィが、いつもよりずっと柔らかい眼でおれを見下ろしていた。

思わず小さく息を飲む。
ルフィはゆっくり顔を近づけておれの額にキスをして、そのまま母鳥がたまごを抱えるように、あったかくおれの頭を包み込んだ。

「すきだー、エース。だいすき、すんごいすき。」

エースが大事。エースが好き。こうやって一緒にいれんの、しあわせ。ちょうしあわせ。


誰に聞かせるでもなく、ほろりほろりとこころそのものを零していくようにルフィがつぶやく。
ルフィのこえ。ルフィのにおい。ルフィの、温度。鼓動。いまのおれを満たして照らしてくれるもの。

おれは言葉の使い方が下手だから、そのかわりに腕に手に力を込めて、ルフィを力一杯抱きしめた。



「……ししし、へんなのおれたち。電球替えただけなのに」
「ほんとだなあ。わけわかんねえな」
「なー。あ、エース腕疲れねえ?」
「疲れた。でも離したくねえ」
「んー、そりゃ困ったな」
「だなあ」

珍しくおれを見下ろす位置にいることが楽しいのだろう。ルフィはご機嫌にくすくす笑いながら、おれの髪を掻き回して遊んでいる。
これはこれであったかくて嬉しいけど、でもやっぱ、

「ルフィ」
「ん?」

ここからじゃお前に届かないから、だから今はお前から、

「キスしてルフィ」

少し黄色みを帯びた温かい明かりを背に受けて、ルフィがもっとあったかい顔で笑った。






電球ひとつでいちゃいちゃしやがって!笑

20111118 Joe H.