※caution!!R18
「ジャックダニエルの憂鬱」シリーズより
時系列的には「道化師のテネシーワルツ」直後です。
(全2p)
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十何年共に暮らしてきても、まだこんなに知らないことがあるんだな。
千々に破り捨てた紙吹雪が散ったままのリビング。ソファの上で長い腕に捕えられ、背もたれに押し付けられて、甘くゆるく舌を吸われる快感に耐えながら、ルフィは思った。
「…エース…ん…」
「…しー。いいから、しゃべんな…。」
そういうと、また唾液に濡れた唇をひたりと合わせ、舌を絡めて甘噛みする。大きな手で髪を撫で、首筋をくすぐり、服の上からからだをまさぐる。
溢れ出る感情のままに、兄に恋心をさらけ出したのはつい先程。兄のキスの甘さも、少し強引な触れかたも、こんな風に、低く掠れてささやく声も、初めて知った。
身体が疼いてたまらない。キスだけで声が抑えられない。そんなことがあるなんて、初めて知った。
「…ん、ん、…エース、…っ、」
するり、と裾から乾いた手のひらが滑り込んだ。微かな悲鳴を封じ込めるかのように、エースは角度を変えて唇を塞ぎ直した。その間にも、大きな手のひらは敏感になった絹の肌を我が物顔ではいずり回る。もともと感じやすい性質だったのだろうルフィの肌は、それらすべての動きを愛撫ととらえて脳に伝達した。快感に尖る胸の飾りを、確かな意思を持った親指が押し潰した時、ルフィは思わず身体を震わせた。くにくにと突起を捏ねられ、掠め、潰されるたび、ん、ん、と聞いたこともない甘い声が己の鼻を抜けていく。
この快感に視覚像があるならば、それはまるでとろりと濡れるような。触れられてもいないのに、ルフィの性器は確実にそれを捉え、じわりと熱を持って張り詰めた。そのまま片方の手が背を辿り、引き締まった腹を辿り、ベルトとジッパーを器用に緩めて中に侵入する。初めて他人に触れられるその感触にびくりと肩を強張らせたルフィは、ひとつ上げた高い声を兄のキスに呑みこまれ、更に強く片腕で抱きこまれて抵抗する術を失った。ためらいもなく、兄の手はルフィのそれを包み込み、さらなる硬度を促して扱く。根元の袋を優しく握りこまれた時、耐え切れずルフィは力一杯兄の背に腕を回してしがみついた。ふたりの高ぶる感情のまま、口づけと息遣いが激しさを増してゆく。高められていく自分を自覚する間もないまま、ルフィは兄の手で少しずつその花弁を開いていった。熱と快感にゆるんだ肢体は、男の愛撫を素直に受け入れ感じ、
――そして崩れた。
「っン、う、――!」
「…おっ、と」
絶頂に達したと同時、ずるり、と力が抜けて背もたれに沿って倒れこみそうになったルフィの身体を反射的に支えて、エースは全ての愛撫を中断せざるを得なくなった。初めて人の手によって達した快感に息を荒げる弟の顔を覗きこみ、エースは汗で湿ったその黒髪をやさしく掻き上げた。明らかに色を纏い、水の滴るような艶やかさでしなだれかかるその姿に、暴れ出しそうな欲望を抑えつけて。
「…ルフィ、ルフィ。…大丈夫か」
「……ん…。はぁ、」
右手はルフィの精液で濡れているため触れられない。左手と唇で宥めながら、エースは弟の呼吸が整うのを待った。
「……やっ、ば、はあ、…キモチかった…。エースすげえな…。」
「…喜んでいいのかそれ」
複雑な表情でそう聞いたエースに、くちびるの隙間から小さく声を零して、ルフィは笑った。エースですら初めて見る、やわらかい、潤う様な顔で。もう、兄と弟、それだけではいられない。その事実を、改めて突き付けられたような気がした。
「………エース、辛くねえの、『これ』」
「…っ、馬鹿触んな。わかってんだよそんなん。いーの言わなくて。」
「いいじゃん、おれ嬉しいもん。おれにムラムラしてくれたんだろ…?」
「…お前、この期に及んでそれを言うか」
おれがどれだけ耐えてきたか知らないで。遠慮がちに、しかしどこまでも無邪気に服の上から触れてくる手に、ただでさえ熱く張り詰めたそこが更に熱を持った。憎たらしいことこの上ないが、これ以上下手に噛み付くと墓穴を掘る気がしたから、エースは黙ってローテーブルに手を伸ばし、ティッシュペーパーを取って右手を拭った。
そんな一連の動きを息を整えながら見ていたルフィは、預けていた体重を多少自力で持ち直し、軽く兄に向き直った。
「…おれいーよ、しよう、エース。」
「お前、意味わかって、」
「そこまで馬鹿じゃねえよ」
瞬間、す、と冷えた黒曜石の様な強い目をして、ルフィは言った。
「さっき言ったこと、うそじゃねえから。ホントにすきなんだ、…エースのこと。」
離れて初めて気がついた。エースに背を向けられただけで、この身は、心は、あっけなくくずおれた。兄が、彼が、どうしようもなく不可欠だった。きっとずっと前から、この魂の深いところに彼がいた。エースに流されているだけじゃない。心から彼が愛しい。わかって、欲しかった。
「……何するかわかんねえぞ。」
エースは呻くように言った。ずっと歯を食いしばって耐えてきたはずの劣情。それを一度解放すれば、止める術は思い付かない。止められる自信もなかった。
ただでさえ弟には負担を強いることになる。からだの奥深くを暴く。自然の摂理に反することを、兄弟どころか、普通の恋人ですらない、その領域に、踏み込もうとしている。
身体に灯った熱はもう誤魔化しようもなかったが、幼いころから慈しんできた弟を前に、いまだエースは躊躇した。そして、それを打ち砕くのは、いつだってルフィだった。
「いいよ。後悔なんかしない。―――エースにだったら、何されてもいい。」
後悔なんかしない。もう一度真っ直ぐに目を見て言われて、もうこれ以上、何も言うことはなかった。
「……紙吹雪。あとで掃除しなきゃだな」
「お前がすんだぞ」
えええ、なんて眉尻を下げた弟に声を出して笑って、エースはその身体を抱え上げた。
「…ぅ、うぁ、…あ、あ…!」
エースの部屋、黒一色で統一されたベッドの上。すでにお互いの肌を隠すものは何もない。申し訳程度に掛けられていたシーツも、すでに足元でわだかまるばかり。エースに組み敷かれてその舌と手、そしてもはや全身で施される愛撫を、ルフィは呼吸困難寸前で受け入れていた。黒に映える白い脚は、快感にのたうち何度も何度もむなしくシーツを掻いた。肉食獣に圧し掛かられた捕食寸前のガゼル。今のルフィは、それに似た凄惨なほどの色を放っていた。
捕食者たるエースは、がしりと組まれた骨格に芸術的なまでの筋を纏わせた肉体を晒し、ルフィのしなやかな肢体が絡んでも、華奢な両手が縋りついてもびくともしないまま、飽くことも忘れたかのように白磁の肌に舌を這わせ続けた。そして、
「――!!? や、あぁあァぁ、ぁ!!!」
ためらうことなくルフィのそれに舌を絡めると、顔を埋めて吸いあげた。
堪らなかったのはルフィの方だ。先程生まれて初めて他人の手で射精し、好いた男の愛撫に翻弄されて生きた心地もしないのに、その彼が自らの足の間に顔を埋め、あろうことか舌を絡め吸いあげる。
彼の、兄の舌は、酒をその上で転がし、味を、香りを吟味するためにあるはずだった。兄の唇は、グラスから酒を掬い入れるために、穏やかに客との会話を紡ぐためにあるはずだった。それが、
「やめ、ろ、エース……!だめだそんなの…!! 」
「……。」
「う、うあ、やだぁァあ…!!」
激情の波に溺れるルフィは、それに紛れて後ろにぬるりと忍び込んだ長い指に、抵抗する術もなかった。
「や、あ、あ、エース!! エー、ス、」
「……大丈夫、ルフィ、お前のためだから。頼む。」
一旦口を離してそうささやいて、エースは白い脚を掴んでいた手でルフィの指を絡め取った。そうして片手を繋いだ途端、強く強くルフィが縋るようにその手を握った。
ルフィが涙目でこちらを捉えてから、エースは安心させるようにひとつ微笑んだ。そうしてやっとルフィの表情が、すこしだけ緩んだのを確認してから、再びエースは口淫を始めた。裏筋を辿り、吸いあげ、唇で扱き上げる。後ろを無骨に探られるその感触を、ルフィが忘れるように。
そうして、中に忍び込ませた指が3本を数えた時、エースの長く骨ばった中指が、ルフィの前立腺を捉えた。
ルフィの身体が、跳ねた。
壮絶なまでの快感だった。ここまで堪えた涙がついにこめかみを伝った。勝手に身体がのたうつ。髪を振り乱して喘ぐ。悲鳴まがいの嬌声が部屋に響き渡る。そうでもしないと内側から破裂しそうな、それほどまでに壮絶な快感だった。足の間に兄の黒髪が揺れる。止めたくてそこに伸ばした手は、力も入らぬまま少し癖のある髪に絡んだだけだった。
そうして前後もわからない状況に追い込まれ、白く世界が染まるあの感覚に手が届きそうな、その手前、
「エー、ス!も、ダメ、だ、…く、ン…!」
「…いいぞ、もっかいイクか?」
「いい…!もういいから、」
いれて、エースの。
弟の口から出た言葉とも思えずに、エースは思わず顔を上げた。真っ赤な顔で、唾液に濡れた舌が蠱惑的にのぞく唇から荒く息をつきながら、涙でうるんだ瞳で見上げながら、それでもルフィはエースを真っ直ぐに見ていた。
「お前、」
「おればっか、は、いやだ…!一緒、だろ…!」
はやく。そう弟の唇が動いたのを、どこか他人事のように見つめながら、エースはどこかで楔がひとつ、音を立てて砕け散ったのを聞いた。
これじゃどっちが主導権を握っているかわからねえな。そんな風に思ったのが、きっと冷静な思考の最後だった。エースは、細い腰を抱え上げると、指で広げた隙間に、熱く滾る己の欲を宛がった。
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