※giftページ収納「リポーズフルピンポン」のその後です。




「……38度5分。微熱とかのレベルじゃねーぞ。」
「…………すみません……」

完全に目が据わっているルフィに何か言われる前に謝る。布団の中に横になったまま。

「だからやだって言ったのに。エースのばかやろ」
「…ごめ、っ、」

急に喉を付いた違和感に、たまらず言葉の途中で咳込んだ。気管の奥から肺に痛いほど響く。一度し始めると止まらない。
ぷりぷりしていたルフィが、それにハッとして途端に心配丸出しの顔をする。寄ってきて慣れない手つきで背中をさすってくれるルフィに、自業自得だから気にすんな、と言ってやりたいのに、それすら許されない。

数年ぶりに感じる全身の倦怠感と息苦しさ、喉の痛みにおれは完全にダウンしていた。ここ数日ちょっとした体調の悪さを感じてはいたんだが、休みを取れて気が緩んだ途端にどっと来た。原因はわかっている。数日前、ルフィが全く同じ症状で寝込んだとき、体力があるからとタカをくくり、調子に乗ったせいだ。


「気にしなくていーんだぞルフィー。どうせお前の看病の時調子に乗って薬口移しで飲ませるとかお約束みたいな事したんだろ。自業自得だね。」

台所からもう一人の声が隠す気もないトゲを持って投げ掛けられた。
何でバレてんの。返す言葉もありませんお義兄さん。

「でも、おれがちゃんとダメって言えば良かったんだよな。ごめんなエース…」
「………、いや、お前はちゃんと言った。8割おれが悪い。」
「2割おれじゃん」
「違う。2割はサボ」
「はあ?意味わかんねえし。なんでよ。」

狭い台所兼廊下で何やら作業をしているらしいサボが顔だけ出して言う。

「誰のせいでおれがお前らん家まで飛んでく羽目になったと思ってんだよ。看病おれに任せたのもお前。」
「知るかよ。結果論だね。どっちにしろお前来て看病してルフィに手ェ出してただろうが」
「仮定論だね。」
「どーだか」

全然信用してない顔でそこまでいうと、サボはそっけなく台所に戻っていった。

いつもならもうちょい言い返してやるのに(いや最終的には言いくるめられるけど)、今日はもう喉の痛みと熱っぽさでそんな気力もない。
はあ、とひとつ熱い息を吐くと、枕元で片膝を立てて座っていたルフィが少し遠慮がちに頬に触れてきた。いつもは高めの体温が、今日は少しひんやりとして感じる。おれが熱いんだな、多分。

「……でもやっぱおれも悪い。うつしてごめんな、エース」
「…ルフィ、それは」
「しゃべんなくていいよ、辛いだろ?………違うんだ、おれ、嬉しかったから」
「………?」

ありがたい気遣いに甘えて、視線だけで真意を問う。申し訳なさそうに謝るその顔に、それでも少し照れたような色が混じっているのは気のせいか?


「………おれも、嬉しかったから。エースずーっと一緒にいてくれて、くっついたり、……ちゅー、したり。嬉しかったから。だから、あんまり強くやだって言わなかった。」

だから、ごめんな。






「―――……サボ!!!!」
「――!!? ビックリした!!何だよ!!?」

お玉片手に顔を出したサボに向かって懇願する。ルフィもサボも心底驚いて訳解らんって顔してるけど仕方がない。
これはルフィの為なんだ!


「ちょっともうおれ縛り付けてくれ!コイツ押し倒さないように!!…ッゲホ!!!」
「エース!?」
「………もうくたばっちまえよお前…。」


コイツ多分虫けらを見る時ですらもう少し温かい眼差しをする。それくらい、サボの眼は冷たかった。



**********



「あ゙―くそ――…。一日デートはまたお預けだな…。」
「だなー」



じゃあなルフィ、オオカミさんに何かされそうになったら兄ちゃんの携帯かここに電話するんだぞ。
そういってうちの会社のお客様センターの電話番号をルフィに手渡した後、サボはいそいそと大学に向かった。相変わらずやることがねちっこくてえげつない。院に進むことは決まっていても、研究のほうが中々目の離せないテーマらしく(一度聞いたけどよくわからんかった。植物系ってのは確か)、サボはほぼ休みもなく研究室に通い詰めているらしい。

そうやって毎日忙しく過ごしているのに、ちゃんと弟の面倒も見て、何だかんだ言いながらこうして様子見に来てくれるんだから、アイツもホント出来た男だ。


「まあでも、ある意味一日デートだよな。」
「はは、だなぁ、…っ、」

また荒く咳込んだおれの背中を、何度も何度も優しくさするルフィの手。教えられたわけでもないのに、何となくこうしてしまうのはなんでだろう。ルフィの時はおれがそうしてやったわけだけど、いざ自分がこうしてもらうと、妙に安心するのがよくわかった。

「…はー、情けねえ…。体力はあるつもりだったのになあ…」
「疲れてたんだろエース。おれが風邪引いた時もぐっすり寝てたぞ」
「んー、そうなんかなぁ…。」

瞼が熱くて重い。気怠く仰向けに体の向きを変えて、そのまま目を閉じた。熱を計るように、頬にひたりと合わせられた手のひらが、輪郭をゆっくりなぞっていく。この髪を撫でて、前髪をやさしく掻き上げたかと思うと、今度は額に吸い付くように当てられた。
一連の動きを目を閉じて追うと、いつもの活発なルフィからは想像もできないほど、やさしくたおやかな触れ方をしてくれているのがよくわかった。

「…あっちいな……。辛いだろ、エース」
「……ん、正直な…」

なまじ健康に生きてきたから余計に免疫がなくて辛い。黙って寝ているくらいしかできなかったから、素直にルフィに助けを求めて良かった。もれなくサボというこれ以上ないお役立ちサービスがついてくるし、何より、具合悪いときに誰かに側にいてもらえるのが、こんなにありがたいとは思わなかった。

「……ひえぴた貼るな。おれの使った余りだけど、意外なトコで役に立ったな」

薄い冷却シートを袋から取り出してぺりぺりとフィルムを剥がしながら、しし、と悪戯っぽく笑うルフィには苦笑いしか返せない。全く、気の利いた皮肉だ。

「ちょっとつめたいぞ。」
「ん。……ちょっと待てお前、髪の毛一緒に貼るなって、」
「んあ?やべやべ、えーと、………あれ、くっついちった」

見る見る間に冷却シートがくちゃくちゃに丸まっていく。悪戦苦闘していたルフィは、遂に不思議ひえぴただな、とあっさりその一枚を見放した。次の一枚も同じ道を辿りそうだったから、結局見兼ねたおれがルフィの手に手を添えて自分の額に貼るという、自給自足に近い結果に落ち着いた訳だが、咳き込みながらも笑っていられたことは、不幸中の幸と言うには幸せすぎた。



*********



「………えーと、最初から強火だと焦げちゃうんだよな」


ふむ、と誰に言うでもなく呟いて、ルフィは台所でひとり、鍋に対峙した。
土鍋の中では、既に温めるだけになっている煮込みうどんが今か今かと加熱の時を待っている。ルフィは、出ていく前にサボが言い聞かせて行った言葉を順に捻り出すように思い浮かべた。

「えーと、サボはこんくらいにしてたよな…。んで、くつくついってくるまでフタしめて…」

後は目を離すな。時々軽く混ぜるだけ。おっけー、任せろ!
使命感から荒い鼻息をひとつついて、ルフィは鍋を凝視した。そんなにガン見しなくても、汁物だしそんな弱火で焦げ付いたりしねえよ、といつもなら笑いながら突っ込みを入れてくれるエースは、今は布団の中で夢の中、だ。

2時間ほど前にすとん、と眠りに落ちたエースは、いつもより格段に熱い息を吐きながらも、身体の要求に応じて静かに回復を待っているようだった。
正午を周ってから少し時間の経った今も起きる気配はなかったが、そろそろ薬を飲んだほうがいい時間だろうとルフィは見当をつけた。というか、ルフィの腹の虫のほうがさっきからぎゅるぎゅる騒ぎ立てて収まらなかったのだ。
それでも自分ひとりで食べるという頭ははじめからないあたりがルフィの愛される所以であるのだが、それは恐らく生涯ルフィの知るところではない。


「……ふう。」

ひとつ軽い息を吐いて、ルフィはちらりと視線を動かした。台所から見えるのは盛り上がった布団だけだったが、そこに横たわるエースの体躯の逞しさ、力強さは、きっとルフィが一番よく知っている。その彼が、隠しようもなく苦しげな声で電話をかけてきた時は、本当に驚いた。

サボがいてくれて良かったものの、自分一人じゃ恐らく何の役にも立たなかっただろう。忙しい兄との二人暮らしだから、鍋の中身を温めるくらいは慣れているけれど、それ以上になるとてんでダメだ。

こんなにすきなのになあ、とちょっと悔しく思う。こんなに自分の不器用さがもどかしかったのは初めてだ。
耐熱ガラスの内側が、蒸気で曇りはじめた。もやもやとぼやけるその不透明さが、今の自分そっくりだった。


胸のあたりにわだかまる曇りを吐き出すように、ふう、ともう一度ため息を吐いたその時。


「……なにため息ついてんの」
「!? エース!起きたのか?」

いつの間にか、居間と廊下の境にもたれて、エースが苦笑しながらこちらを見ていた。いまだ気怠げな様子は抜けないが、少しすっきりとした顔をしていたから安心した。

「もう少ししたら起こそうと思ってたんだ。サボが煮込みうどん作ってったから、」


食べられそうか、と続けようとした言葉は、いつもより高い体温に背中からすっぽり包み込まれたことで、外に出るタイミングを失った。
最後まで言えなかったのに、ん、食べる、大丈夫。そう欲しい答えを返してくれるのはなんでだろう。


「………夢の光景だ…。」

「…? なにが…?」
「自分ちの台所に好きな子が立ってるとかもう……。しかもルフィ。」
「……何だそりゃ。おれあっためてるだけだし」
「いーの」

いーんだよ、ともう一度呟いて、エースはさらに腕に力をこめた。肩に埋められた顔は、見えない。

「……いいにおいする…」
「んー? ああ、うどんな。サボのだからうまいぞー」
「…や、それもだけど、ルフィ、いいにおいする…」
「おれ?おれ何もつけてないぞ?エースの香水は好きだけど」
「しってる…なんでだろうな」

ぼんやりとした口調は茹だるような熱から来るものだろう。抱きしめる、というよりは、もたれ掛かるようなふれあいはなかなか珍しくて嬉しかったけれど、彼が辛いのならばそれはルフィの本意ではなかった。

「……エース、辛いなら寝てろよ。うどんすぐできるから」
「………ルフィが行くならな」

あれ、と思った。
彼にしては珍しい、それはいわゆる「我が儘」にカテゴライズされる類のものだった。具合が悪くて心細くなってしまっているのだろうか。こんな風にしがみつく彼はあんまり見たことがなくて、なんだか、

「……エース、かわい…」
「るっせ。」

ぎゅうう、と咎めるかのように腕の力を強められて、でもそれが照れ隠しであることはいくらなんでもわかっていたから、ルフィは思わず声を零して笑った。

「……わかったってエース、すぐ行くから。だから、放してくんねーかな。」

鍋吹きこぼれちまう。
そういってぽんぽん、と軽く手のひらで腕を叩いて促すと、エースはやっとゆるゆると腕の力を抜いた。

そうして肩から離れたその顔が少しだけ赤かったのは、熱のせいか、それとも他の何かなのか。聞いて見たかったけど、エースに怒られそうだったから、ルフィは小さく笑ってその問いを引っ込めた。


「………で?もちろんこれはルフィが食わせてくれるんだよな?」
「えーやだよ待てねえおれ腹減った!つーかお粥とかスプーン系ならまだましだけど、ハシで人にうどん食わせるスキルなんかおれ持ってねえし」
「…………ちくしょうサボの野郎……。」


図りやがったな、とエースが呪詛を吐いたその頃、研究室で白衣に身を包んだサボが、けけけ、と真っ黒な悪魔の笑いを零して周りにドン引きされたとかなんとか、まあそれはルフィの知るところではない。



**********



妙にゆらゆらと揺れる世界の中で、エースは直感的に夢だな、と思った。それも、あまり良い類のものではない、漠然とした不安感。
具合の悪いときや、精神的に不安定な時に遭遇しがちな、悪夢というには不確か過ぎる、だが妙にざわざわと心を乱す、



(…………エース…)



心臓が急激に冷えた。
横たわる自分の傍らに、誰かいる。妙に輪郭のない人影は、それでも確かに女性の姿をしていて、そして、


(……ごめんね、エース……)


細く細く、この名を呼ぶその声は、


(……かあ、さん……)


写真もない。顔も、声も何もかも、霞みのようにしか思い出せないはずの、その人。幼い頃に、愛する男の名を呼んで一人逝った、母。


(……ごめんね、エース、ごめんなさい…)


いかなきゃ。

ゆっくりゆっくり、この髪を撫でていた手が、するりと離れてゆく。その手を、その裾を掴みたいのに、伸ばした手は、子供の小さな手。身体は縛られたように動かない。声すら出ない。

そうだ、あのひとはそうして逝ったのだ。縋る無力なこの手をするりとすり抜け、ごめんねとか細い声で謝りながら。ふらりと消え、そのまま帰ってこなかった男の名前を呼びながら。


―――おれを、置いて。





「――――エース!!」


届いた声は、強烈な閃光となって歪む世界を切り裂いた。



**********



「エース、エース大丈夫か…!?」

目覚めるなり詰めていた息を吐き出し、溺れた人みたいに荒い息をつくエースを、おれはびっくりして覗き込んだ。微妙に目の焦点が合わないのが怖くて、エースに覆いかぶさるようにして、何度も何度もそばかすのあるすっきりとした頬や汗ばんだ髪を撫でた。

しばらく何も言えずに速い呼吸を繰り返していたエースは、揺れる黒い瞳でおれの顔を穴が空きそうなほどに見つめると、恐る恐る、という感じで手を伸ばした。そうして、ゆっくりおれを引き寄せて抱きしめる。具合の悪いエースに体重をかけるのが心配だったけど、エースがおれを求めてくれてるのが痛いくらいわかったから、おれはじんわり身体の力を抜いて、エースの頭を抱え込んだ。
よくわからないけれど、そうしてやっとエースが重たく長く息を吐いたのを聞いて、これで良かったんだと思った。


「……悪い、おれ、うなされてた…?」
「…うんにゃ、すげえ汗だったから、一回起こした方がいいかと思って、でも、いくら声かけてもエースに聞こえてなくて」


……こわいゆめ、みたのか。

特に意識した訳ではなかったけど、エースを安心させたくて、柔らかい感じの声でゆっくり話し掛けた。

返事はなかった。
なかったけれど、ぎゅ、と少しだけ強くなった腕の力が答えだった。

「………おれ、どうしたらいい?どうしたら、エース楽んなる?」
「…………こうしててくれ。そんだけでいい。」

どこにもいくな。
それだけ言って、エースはおれの首の辺りに顔を埋めて押し黙った。エースが求めてるのは言葉じゃない。それがわかったから、おれもエースの腕の力に応えてゆっくりゆっくり髪を撫でた。

大丈夫、大丈夫、ここにいるよ。そう伝えるために。

時折、ちょっと様子を見ようと思って手を休めると、途端にエースは腕に力を込めて首元に顔を押し付ける。何がこんなにエースを不安にさせるのか、このときのおれには全くわからなかった。
わからなかったけど、自分がエースにされると安心すること、嬉しいこと、幸せなことを全部やってあげたかった。ちからいっぱい抱きしめて、頭を撫でて、髪とか額のあたりにキスをして。
そうしているうちに、やっとエースがゆるゆる力を緩めてくれたから、おれはゆっくり身体を起こして肘をつき、囲うようにして真上からエースをみた。

エースは心底疲れたような仕種で両手で顔を覆い、前髪をゆっくりかき上げた。気怠いそんな所作ですらなんだか男前で、エースがしんどいのに少しどきっとした自分が後ろめたくて、おれは頭ん中で謝った。

「……大丈夫か?」
「…おう、悪い。……助かった。」

大きな大好きな手でするりとほっぺたを撫でられる。多分おれをこれ以上心配させないようにだと思う。やわらかく微笑むその顔は、それでも心なしからしくなく弱々しかった。薬の効果か、熱はだいぶ下がってすっきりしているようだったが。

エースのこんな無理して笑う顔は見たくない。どうしたらいいだろう。どうしたらいつもみたいに、からからと笑ってくれるだろう。


(…………あ、)


がば、と音がする勢いで起き上がったおれに、エースはうお、と驚いた声を上げた。
そのまま目を白黒させているエースをほっぽりだして、おれは台所に向かってダッシュ。おいルフィ、と訳がわからず呼びかけているのには応えず、冷蔵庫をバカリと開ける。

エースに笑ってほしい。
無理しないで笑ってほしい。

おれは冷蔵庫の中からそれを取り出して扉を閉めると、そのまますぐにエースのもとに向かった。


「……ルフィ、どーした、」
「ん!!」


エースの声を遮って手の中の冷たいそれをそのほっぺたに押し付けた。
おれたちにだけわかる思い出。おれたちだけが知っている思い出。エースが大切にしてくれている、思い出。

笑ってくれよエース。そんな願いを込めて。



**********



頬に当てられた冷たい感触には覚えがあった。強い瞳で微笑みながらおれを見つめるルフィの顔に、あの日のルフィが被る。上目遣いで、ちょっと怒ったように睨みつけていた。
細い手首を捉えてゆっくり視線を動かすと、それは、見覚えのある鮮烈な青。


「……お前、これ、」
「いくら体力あっても、無理しちゃだめなんだからな。」

ゆっくりと言い含めるように、微笑みながらルフィが言う。じわじわと沸き上がる暖かい感情に任せて、その身体を抱き寄せれば、細い身体はなんの抵抗も強張りもなく、すんなりとこの腕に収まった。聞き覚えのある台詞。あの時とは違う、少し照れ臭さと甘さの混じった声音。あの時より近い距離。触れる、体温。

そうだ。あの日初めて、この名を呼んだ。


「――…ルフィ…。」

「――ん。エース。」

「ルフィ」
「…エース」

「…ルフィ…」
「しし、エース!」


その名を呼ぶだけで、冷たく凝り固まった胸の奥がゆっくりほぐされて行くのがわかった。

しばらく見ていなかったが、あの夢を見るのは初めてではなかった。アーカイブの奥底に深く深く眠る記憶が、体調や精神が不安定になった瞬間を目敏く捉えて浮上してくる。そう、あれは単なる夢ではない。過去の記憶のフラッシュバックなのだ。それだけに質が悪い。一度触れれば後を引く。それが、こんな風にするするとほどけてゆく。

暗く切ない過去の記憶を、ルフィとの思い出がゆるゆると宥めては静かに静かに沈めてゆく。そんな気がした。


「――ルフィ。」
「もーエース!いい加減しつけーぞ!!」

けらけら笑いながらルフィが顔を上げた。ぱちん、と軽い音をたててその手がおれの顔を挟む。自然に沸き上がって来るのは、笑顔。弱いとこを見せた照れ臭さと、愛しさと。ルフィに対するすべてを伝えるには、笑うしかなかった。

額を合わせて、ふたり、意味もなく笑い合う。

笑いながら、振り返した咳が思い出したように喉を突いた。慌ててルフィが背中に回した手で懸命にさすってくれる。片手で口元を覆い、ルフィの肩に顔を埋めて咳込みながら、それでも笑う。

笑える自分がいる。ルフィがいる。あの頃とは違う。

この上なく、幸せだった。



「……ルフィー、キスしたいー」
「だめだぞー、おれだってガマンしてんだからな」
「…べろちゅーはしないから。一回だけ。」
「だーめ。サボにばれたら怒られる。」


くそ、と苦々しく呟いたおれは、色んなもんを紛らわすためにルフィの細い身体をもう一度強く抱きしめた。
と、ルフィが身じろいで顔をこちらに向けたようだった。怪訝に思っておれも顔を上げかけたそこへ、

頬に一瞬だけやわらかく触れた、しっとりしたくちびるの感触。


「………おれだってガマンしてんだ、ほんと」


はやく元気になれよな、エース。
そんなふうにはにかんで言われちゃあ、下がる熱も下がるどころか急上昇だ。

布団に仰向けになって倒れ込み、拷問だ、と呟いたおれを、少し赤らんだ頬でルフィが笑いながら見ていた。
換気の為かいつの間にか開けられていた窓から、秋の心地好い風が入り込み、おれの熱い体温を浚っていく。さらさらとルフィの髪を揺らしていく。

仰向けで見る空は圧倒的な青。
傍らに転がるペットボトルは鮮烈な青。
ルフィは笑っている。
おれは、満たされた気持ちで目を閉じた。



きっと、これがすべてだ。












あいこさまのリクエストより、「ピンポンでルフィの風邪がうつって案の定風邪引いたエース」でした!

箸で人に麺類食べさせるなどという高等スキルをルフィが持っているわけがないという前提のもとに笑
すべては白衣の悪魔サボの勝利ということでひとつ・∀・

これ以上いちゃいちゃさせると無限ループに陥りそうだったので、ぎゅっぎゅするばかりで全くちゅっちゅしてませんごめんなさいw
これはこれで幸せなはずなので、どうか、あいこさま、これでひとつ…!ぐふっ

お待たせいたしまして申し訳ございません。
あいこさま、素敵な原案をどうもありがとうございました!

2011.10.13.花村ジョー