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※オブザーバーズピンポン→ピンポンビギナーズに続きます。




「御苦労さま。いつもありがとうねえ」
「いーえ、こちらこそ毎度ありがとうございます。どうします、台所まで運びますか?」
「お願いしてもいいかねえ」
「了解っす」

こちらも常連さんのおばあちゃん。足が悪くてあんまり重い荷物を持って出歩けないから、こうして白ひげ宅配便で請け負ってる大手スーパーの宅配サービスを利用しているらしい。夏の暑い時に振舞ってもらった麦茶はうまかった。
いまではこうしてうちの中まで上げてもらえるくらい信用してもらえてるみたいだ。純粋に嬉しい。この仕事やってて良かったなと思うのはこんなとき。

「ありがとうねえ、助かるわあ。」
「いーえどういたしまして。じゃあこちらにサインお願いします」

ハイ確かに、と受け取って、ありがとうございましたと頭を下げる。いつものようにあったかい顔で笑っておばあちゃんも頭を下げる。ゆっくりドアを閉めてふと何気なく空を見上げると秋特有の薄雲がこまかく空を覆っていた。

(あ!エース知ってるか、あれうろこ雲っていうんだぞ!肉もいいけど魚もいーなー、腹減ったー)
(ほう。よく知ってんな。まあどうせサボ先生の入れ知恵だろうけど)

なんだよ今自分から言おうと思ったのに、とくるりと表情を入れ替えてぷんむくれたルフィ。河原沿いの道を並んでぶらぶらと歩きながら、夏に比べて全体に色あせた景色を眺めていた時の会話だった。ごめんな、の意味を込めて黒髪を撫でると、ルフィはまたくるりと表情を変えて嬉しそうに笑った。

思わず笑みがこぼれた。ルフィと出会う前だったら、きっとこの空ひとつ見上げてこんなやさしい気持ちになることはなかっただろう。

会いたいな、と思う。声が聞きたいな、と思う。昨日も電話したのにな。今何してんだろ。授業で寝てるか友達と遊んでるかだろうけど。よだれをたらして机に突っ伏す姿が手に取るように見えて思わず吹き出した。好きだールフィー、なんてうろこ雲に向かって呟く。もちろん頭の中でですが。さすがに恥ずかしいからいそいそと庭から出て車に乗り込む。伝票の記録をつけて次の配達を確認する。
今日は仕事が終わればルフィに会える。いつもならこれだけでさあもうひと踏ん張りだ、と言う感じで気合も入る。だが今日ばかりはそうはいかないのだ。はあ、とおれはひとつ、さわやかな秋の空気にそぐわない重たい溜息を吐き出した。

会えるのは嬉しい。嬉しいよ、そりゃあ。

その場所が、同僚たちとの飲み会の場じゃなければな。




「うお――!! ホントに来た―――!!!」
「あーもー寄るな寄るな!! しっしっ!!」
「センパイにむかってその態度はなんだエース!!」
「すげえおれぁまたサッチが妄想してるだけじゃねえかと」
「そらみろおれの言ったとおりだろーが!」
「かーわいー!目ーでけー!肌きれ―!!」
「!!? オイコラ何どさくさにまぎれて触ろうとしてんだ燃やすぞてめえ!!」

駅までルフィを迎えに行って、それからすでに出来上がっていた座敷に嫌々乗り込むと、あっという間にとり囲まれた。目をぱちくりさせたまま固まっていたルフィを慌てて腕の中に囲い込んで後ろに回す。まったく油断も隙もねえ!

グラララ、という独特の笑い声が豪快に響く。

「おい息子ども、それじゃあ見えねえだろうが。さっさと席に戻りやがれ」

鶴の一声ならぬオヤジの一声。ちえー、とかなんとかいいながら肉食獣どもがわらわらと散ってゆく。開けた視界の先には、奥にどっかり座る社長の姿。飲み始めからまだ一時間も経っていないはずなのに、焼酎の瓶が数個その脇に転がっているあたりはさすがだ。全く、身体には気をつけろって言ってんのに。その隣に座るマルコが、ちょいちょい、と意味深な笑顔を浮かべて手招きしている。隣のルフィの目がみるみるうちにキラキラと輝いて行くのが目の端でもすぐわかった。うん、こいつずっと会いたがってたもんな。

「おうエース。そいつか、サッチの言うところの『エリー』ってのは。」
「…アイツあとで殺す…。えーと、」

なんて言ったらいいだろう。オヤジ、おれいまこの子とお付き合いしていますってか?嫁入りかっつーの。ていうかお客様だってことはばれてんのか?あれ、やべえ、どこまで話せばいいかわかんねえ。
ここに来てぐるぐるし始めたおれを掬いあげてくれたのは、やっぱりいつもの通りルフィの明るい声だった。

「おっさんが『オヤジ』かあー!! エースからいっつも聞いてたぞ!! おれルフィ、よろしくな!」

おれずーっと会いたかったのになんかエース連れてきてくんなくてさー、なんてあっという間にオヤジの懐に飛び込んで、同じ目線で会話している。オヤジはオヤジでそんなルフィを面白がって、威勢のいい小僧だ、とかなんとか言いながら、いつもの豪快な笑いで応えている。

「…お前はいろいろ考え過ぎなんだよい、エース」
「……っせーな…。はあ、でもよかった。」

あいつやっぱすげーわ。肩の力を抜いてそう呟いたおれに、マルコがまた意味ありげに喉で笑っていたが、突っ込むと色々面倒なことになるのは目に見えていたから放っておくことにした。オヤジを見上げて、すげーでけーいーなー、と歓声を上げているルフィの横に滑り込んで座る。軽く肩を抱いてオヤジに向き直ると、ルフィがひとつぱちりと目をしばたいてこちらを見た。

「…オヤジ、サッチのヤツがどこまでしゃべってるかはわかんねえけど、一応おれから紹介するわ。……こいつがルフィ。」

おれの、今一番大事な子。オヤジの厳しくも優しい目を見て、そう告げた。
エース、とルフィが驚いたようにこっちを見上げていた。おれがここまでハッキリ言うとは思ってなかったんだろう。知り合いとか、せいぜい仲良くなったお客さんとか、その程度の説明で済ますと思ってたんだろう。ちょっと前までのおれならそうだったかもしれない。いくら気にしないっつっても、社会人だし、会社のメンツもあるし、なんて、色々ぐるぐる考えて、周りにもこいつにも気を遣わせていたかもしれない。

でも、あの日、ルフィがおれを守るためにサッチとマルコの前に真っ直ぐ立ってくれた時に、そういうのは捨てようと思った。この前初めて喧嘩したときに、そういう臆病な自分を捨てようと思った。この子には、いつだって真正面から向き合いたい。そう思った。だから。

「……おれ、この仕事やっててよかった。仕事楽しいし、…こいつと会えたから。こいつの事好きになって、こいつもおれのこと好きになってくれたから。だから、……ありがとう、オヤジ。」

途中から、照れくさくてオヤジの顔を見られなくなった。俯きがちにぼそぼそとしゃべるおれを、オヤジやルフィがどんな顔をしてみていたかはわからない。
でも、しばらくして、なにも言わずに強めに頭をがしがし撫でる大きな手とか、こころなしかおれの方に寄せられたあったかい身体とか、そういうのが、全てだと思う。そういうことなんだと、思う。





「―――で?何をまたお前はそんな仏頂面してんだよい」
「っせえな…。ほっとけよもう」

不機嫌そのままにビールの瓶を傾けてグラスに中身を注ぐ。いつもなら瓶片手に同僚の間を飛び回って酒注いで飲ませて歩いてるおれにしては、これは結構珍しいパターンだ。

「心配なのはわかるけどよい、人のもんに手ェ出すほど、ウチの奴らは落ちちゃいないよい。」

ちったあ信頼してやれよい、と途中からマルコに瓶を奪われる。飲み過ぎだというんだろう。わかってる。もう瓶何本開けたかわかんねえし、焼酎やら熱燗やら種類も結構入れたから、正直だいぶ回っている。
不機嫌の理由はおれもマルコもわかっている。オヤジに挨拶が済んだと見るや否や、サッチはじめ興味津津の同僚たちにかっさらわれたルフィの事だ。止める間もなかった。あいつらも伊達に毎日力仕事してるわけじゃない。最初はびっくりしてきょろきょろしていたルフィだけど、持ち前の人懐こさと順応力で、あっという間にその場になじんで楽しそうに笑っている。
もちろんあいつらがルフィになんかするんじゃないかとか、そういうことを心配してるわけじゃない。なんだかんだで長い付き合いだ。そこまで信頼してないわけじゃない。だけど、

コミュニケーション上のスキンシップに過ぎないだろう、ルフィの黒髪を撫でる手とか、戯れに組まれた肩とか、同じ空間にいるのに隣にいれないこととか、もう色んな事が気に食わない。
この前と同じ、黒いドロドロした感情が腹の中をぐるぐるしている。この間みたいにマイナス感情がルフィにまで向き始めて、おれがいるのに何でほかの野郎どもと楽しそうにしてんだよ、なんて我がまま丸出しのことまで考えている。多分、そういうのもマルコにはバレている。

こんなとき、どうすればいいんだっけ。
あの時、ルフィは何て言っていた?

(……おれこそごめん。ホントごめん、気をつける。でも、おれほんと頭悪くて鈍いから、またなんか嫌なことしちまったら、怒っていいから、怒鳴っていいから、すぐ言ってくれ。教えてくれ。)

(な、おれたちまだまだだな。まだまだベンキョーすることいっぱいあんな!)


「―――…エース?」

ことり、と唐突にグラスを置いたおれを不審に思ったのだろう。マルコが声を掛けてきたが、特にそれに応えることもせず、おれはそのままゆっくりと立ち上がった。

「おい、エース、」

殴り込みにでも行くと思ったか、マルコが少々焦った感じで声をかけてきたのに、背中越しにひらひらと手を振って応える。大丈夫、手荒な真似はしねえよ。

――――ただちょっと、素直になるだけだ。



「――おら、退け。」
「!? うわ、来たよコイツ!!!!」

ルフィの隣を陣取っていたサッチを蹴りつけて、無理矢理空けたスペースに有無を言わさず滑り込む。逆隣りとも距離を空けさせるために、左腕をしなやかな腹の辺りに回して引き寄せる。途端に周りがどよめいて、彼氏キタ、とかなんとか騒いでいるが知ったことか。この場にいる誰よりも、おれは今日一日ルフィに会いたくて傍にいたくて触りたくてたまらなかったんだ。これくらい、許されて当然。そうだろう?

「……エース……。」
「………んだよ。」
「またもやもやだったのか?」
「…。」

酔って少し潤んだ目で、おれを見上げて無邪気にそんなことを聞く。その問いには答えないで、ルフィの手元のグラスを少し強引に奪い取って中のビールを飲みほした。時間が経ってぬるくなったビール。お前がビールあんま好きじゃないことくらい、おれは知ってるんだよ。そういうつもりで。

それを黙って見ていたルフィは、次の瞬間嬉しそうに頬を染めて笑うと、おれの身体に身を寄せて、右腕を腰に回してくっついてきた。
ふざけんなお前ら、そういうことは家でやれ、とかなんとか周りがぎゃいぎゃい騒いでいるが、もうそんなことおれには全く関係なかった。肩に感じるいつものルフィの頭の重さとか、酔ってちょっと高い体温とか、おれのシャツの腰のあたりを軽く握る細い指の感触とか、そういうひとつひとつが、おれんなかの黒いドロドロを蒸発させていく。やっと息ができた気がした。

ごめんなエース、でもおれやっぱうれしいや。
耳元でそうささやくルフィが憎たらしいやら可愛いやらでどうしようもなくなったから、おれはその小さな頭を小脇に抱え込んでぐしゃぐしゃに髪をかき回してやった。ぎゃーだかにゃーだか、ルフィが抗議の声を上げていたし、なにじゃれてんだよバカップル、とか言いながら周りの奴らが思いっきりおしぼり投げてきたけど、まあおれのこの幸せに免じて許してくれよ。


************


「―――…ん、ん、…もー、酒くせーエース…」
「ん―――?ん―――、ごめん―――……」
「のーみーすーぎ」
「…ハイ…。あーきもちわりー…。ルフィ、ちゅーして…」

なんだそれわけわかんねえ。笑いながら、おれは上に覆いかぶさるエースに向かってそう言った。

あのあと、エースは何がそんなに楽しかったのか、するする酒を飲んでからからと始終ご機嫌に笑っていた。結局、ぐでんぐでんになるまで酔っ払って、おれが半分抱き抱えるみたいにしてエースん家まで帰ってきた。おれも初めて見たけど、「白ひげ」の人たちも少しびっくりしてそんなエースを見ていたのが印象的だった。ちょっとだけ嬉しかったのは、誰にも教えてやらない。

部屋に戻った途端、じゃれるようにして全体重をかけて布団に引きずり込まれて、そのまま何が楽しいわけでもないのに、ふたりしてけらけら笑いながらこうしてくっついてキスしている。嬉しい。あったかい。エースは、最近こんな風にちょっと子供っぽく甘えてくれるようになった。怒るから本人には言わないけど、こんなときのエースはかわいい。ぎゅーっとしてあげたくなる。
その気持ちそのままに、エースの癖のある髪ごと頭を抱え込んで引き寄せて、もういちどキスをする。

少しだけ開けたくちびるに、するりと忍び込んでくる舌。上あごを器用にくすぐったかと思うと、そのままとろりと舌を絡めて吸われる。気持ちよくなって、おれも下手くそなりに自分からエースを求めて絡め返す。しあわせ。悪戯な手のひらがいつの間にかセーターの裾から背中に潜り込んで這いまわっていたけど、もう半分エースが寝ているようなもんなのはわかっていたから、これは多分前戯ではなくて、体温を求めて甘えているだけなんだと思う。そういうのが分かるくらいには、おれもエースの事わかってきた。

「……ん、…エース、ねる…?」
「ん――、うん…。だめだ、ねみー…。」

ちょっと身体の位置を変えて、エースの頭を胸に抱え込むと、無意識なのかわかって甘えているのか、エースがからだに腕を巻きつけて、胸に顔を埋めてきた。うれしくてかわいくてしあわせで、そのあったかい気持ちに逆らわずに、でもエースが苦しくないように、できるだけやわらかく抱き締めた。
エースの部屋に来てえっちしないのは珍しくて、でもこんな風に、やさしいあったかい気持ちで寝るのも、全然悪くないなと思った。

もう聞こえていないのはわかっていたけど、おやすみな、エース、とささやいて、ふたつやわらかく髪を撫でた。
胸に静かなエースの寝息を感じながら、おれもゆっくり目を閉じた。











う わ ぁ ・・・。

はい、というわけで…(?)。
寒蛙さまのリクエストより、
「ピンポンエール+白ひげメンバーで、ルフィをかわいがる白ひげメンバーとそれを見てもやもやしてるエース」

でした!
あれー!?

のろけとかバカップルのいちゃいちゃが発生した瞬間におしぼりが飛び交うのは花村が同期と飲むときです。おしぼりの嵐です。お店の人ほんとすんません

寒蛙さまごめんなさいほんとごめんなさいこんなゲロ甘望んでませんよねほんとすみません
花村がしてみたいことルフィにしてもらいたいこと詰め込んだ感ありますね自己満足イエス!!( 最 低 。)すみませんすみません超楽しかったですひとりでめちゃくちゃ楽しかったですごめんなさい

活かしきれてない感しかありませんが、寒蛙さま、素敵な原案をどうもありがとうございました…!!!

…しろひげしゃちょーわかんねかった…。(ぽそり)