(2/3)




『……―――間もなく、一番線に電車が到着いたします。……』
 駅員さんの妙に抑揚のないアナウンスが、構内に響く。携帯に落としていた眼を上げて時計を見ると、到着時刻まであと何分もなかった。携帯をポケットにしまって、背中を預けていた壁から離れる。
 携帯をいじっていたせいで冷たくなった指先を、頬っぺたにあてて体温をうつす。待ち切れない足元がひとりでにそわそわと足踏みをする。寒いのもあるけど、それ以外の理由があるのももちろんおれはわかっている。
  ごお、と大きな音が頭上で鳴り響いた。新幹線が2階のホームに滑り込んだ音。着いた、と思った瞬間、心臓がぎゅわ、と縮み上がって熱くなった。
 今度こそそわそわが我慢できなくて、おれは改札の前まで駆け寄った。年末のこの時期だから、降りてくる乗客も出迎える方も普段に比べて数が多い。それぞれがそれぞれの目当ての人物を見つけて手を上げたり、声をかけたりするのを意識の端っこでとらえながら、おれも階段やエスカレーターを降りてくる人の波に目を凝らす。なかなか見つからない見慣れた影。寝過ごしたかな、と不安が差した、その時だった。
「―――、あ」
 ゆっくりゆっくり階段を降りる、二人分の人影。手すりにつかまって、一段ずつ注意深く階段を降りるおじいちゃん。傍らで、その足元を見守りながら寄り添って歩く背の高い姿。ここらへんではついぞ見かけないようなモデルみたいな体型に、気取らない無造作な服装。見慣れた少し大きめのメッセンジャーバッグは背中に。いつもはポケットに突っ込まれている大きな手には、見慣れないキャリーバッグ。
(―――エース)
 火傷しそうだった心臓の熱が、ふにゃりと溶けてやさしく胸の中に広がった。
 結局改札を出るまで持ちっぱなしだった荷物を、迎えに出ていた息子さんらしきおじさんに手渡して、いつものあの笑顔で笑う。何度も何度も頭を下げるおじいちゃんに軽く頭を下げて、その背中を見送る。そうしてやっとこっちを振り返ったところで、エースは少し照れくさい様にして笑った。
 その照れてる顔に思わずおれも声を出して笑いながら、今度こそ待ち切れない足を踏み出して、エースの腕の中に飛び込んだ。
 思いっきり体当たりしてもびくともしない厚い身体は、しっかりおれを受け止めて、控えめにやさしく抱きしめてくれた。
「……お疲れさん、エース。」
「おう。迎えありがとな、ルフィ」
「んーん」
 お客さんもだいぶいなくなったとはいえ、まだ人目もある田舎の駅であんまり長々と抱き合っているわけにもいかないから、おれは一瞬だけエースの鎖骨の辺りに顔を押し当ててあったかい腕の中から離れた。
「荷物そんだけ?」
「おう。三泊だけだし、足りねえもんはお前らの借りるつもりで来た。」
「しし、そっか」
 何でもない事をつらつらと話しながら、おれとエースは外へ向かって歩き出した。見慣れた地元の駅にエースがいる。そんな非日常が、何だかちょっとくすぐったかった。
「うお!さっむ!!何コレやばくね!!」
「あ、エース装備軽いなそういえば。なめてたろこっちの冬」
「いやいやこれでも頑張った方…、ああまあうん、舐めてたのは認めるけど、……何だこれ……。」
 うっすら震えながら、呆然と外の景色を眺めるエースに笑いながら、おれはその手を取って歩き出した。まずもって手袋してないのが致命的だということをあとで教えてあげようと思いながら、その大きな手を握り締める。おれの、エースに比べたら小さい、ほんのちょっとだけ頼りない手だって、手袋の代わりくらいにはなれると思ったから。
 白い息を吐き吐き、のぼっていくそのゆくえを追うみたいにエースがふと空を見上げた。凍るように透き通った夜空に、ガラスのかけらをちりばめたような星。それが今にも降ってきそうにこちらを見降ろしている。一瞬寒さも忘れたようにそれに見入っていたエースが、綺麗だなあ、と呟いた。
 真っ暗で何も見えないけれど、街灯のない田舎の夜もいいもんだな、なんて思いながら、おれとエースは手を繋いだまま、駐車場までのみちのりをゆっくりと歩いた。
「……あれ、サボは?」
「ん?うちにいるぞ?」
「……は、え?んじゃこの軽トラ誰が運転すんの」
「おれ」
「…………お前、今日以前最後に運転したの、いつ…?」
「ん〜〜夏に帰省したとき以来かな?さっきここまで来たけど大丈夫だったから大丈夫だぞ!」
「いやいやいやなにこのドリフト走行みたいなタイヤの跡おかしい絶対おかしいって」
「エースはシンパイショーだなー!大丈夫だってタイヤも冬用だし!たぶん!」
「たぶんて!嫌だ!まだしにたくない!おれが運転する!」
「やだおれが迎えに来たんだ!もーはやく乗れよさみーじゃん!」
 妙に警戒してるエースを半ば無理矢理に軽トラの助手席に押し込んで、おれは気合を入れて運転席に乗り込んだ。ガッチリシートベルトを締めて身体の前でバッグを抱きしめて、エースは何か念仏みたいなのをぶつぶつ唱えている。
 これはひとついいとこ見せないと、と気合も新たに、おれはブレーキを踏んでエンジンキーを回した。
「……ルフィさん…まずライトを点けませんか…。」
「お?おー何か見えにくいと思った!」
 何かを諦めたかのように、エースが深くため息をついてシートに沈み込んだ。

***

「おー、エース来たか。三途の川一回渡って帰ってきたみたいな顔してんな?」
「……お前が着いて来なかった理由が今わかったぞこの野郎……。」
 大きな農家住宅の玄関先で出迎えてくれたサボは、最後に会った時から寸分と変わらない貴公子然とした笑顔で、爽やかに憎まれ口を叩いてみせた。
「お前らの邪魔しないようにと思って気遣ってやったんだろ。それはそうと、お前ジジイに会う前にその顔どうにかしろよ。腑抜けっつってまたぶっ飛ばされるぞ。」
 飄々と言ってのけたあと、サボはくるりと表情を入れ替えておかえりルフィ、ごくろうさん、などと甘い声でいい兄の台詞を吐く。相変わらずで何よりだ。久しぶりの再会だというのに、感慨も何もあったもんじゃない。まあ、おれたちらしいと言えばおれたちらしいが。
「お邪魔しま……、」
 何か楽しげに会話を交わしながら中へ上がる兄弟に続き、靴を脱いで上り框に片足をかけたその時。首の後ろをひやりと撫でた危機感に、おれは即座に身構えた。
 振り返りざまがつ、と音を立てて、支えた手のひらに重い衝撃がのしかかる。
「――――!っぶねェな!」
「おお!?わしの拳を受けるとは小生意気な!こんな時間までどこで道草くっとったんじゃエース!」
「仕事だっつってんだろ暴力ジジイ!そう何回も同じ手食らうかよ!お邪魔します!」
 一体どこから現れたかと思ったら、どうやら玄関わきの納屋にいたらしい。
 もはやトレードマークと化しつつある、マフラー代わりの農協のタオル。それから茶色く土の色がついた軍手。不動明王さながらの仁王立ち。相変わらずの硬い拳がおれに向いたことでルフィはちょっと余裕があるらしく、中でけたけたと声を立てて笑っている。
 ルフィがあんな風に楽しそうに笑ってくれるなら、まあこの手荒な歓迎も悪くはないか、なんて。
「……フン、若造め。甘いわァ!」
「――――ッ!?い、……ッてぇェエエエ!」
ニヤ、と悪いこと思いついたときのルフィとそっくりな顔で笑ったかと思った次の瞬間、拳を掴んだ右腕をそのまま掴み返され、世界がぐるりと反転した。
 派手な音を立てて床に叩きつけられると同時、全身を襲う衝撃と痛みがもはや懐かしい。
「―――!? エース!!!」
「おお、ジジイに背負い投げ使わせるとは。やるなエース」
「エース、エース大丈夫か!?も―――じーちゃん!床抜けたらどうすんだ!!」
「……そっち…?」
 ぺたぺたおれの身体を触りながらも、さりげなくおれそっちのけで床の心配をするルフィ。
 太い柱に優雅に寄り掛かって、呑気な感想を述べるサボ。
 がはは、と大口を開けて得意げに笑う不動明王。もといじいさん。
 こうしてしんしんと雪の降る静かな夜に、おれは騒がしくモンキー家に迎えられたのだった。

「風呂お借りしましたーっと」
「! おかえり!」
 風呂から上がって、昔はルフィの部屋だったという2階の一室に入ると、布団に潜り込んでいたルフィがぱ、と顔を上げてこちらを見た。
「寒くなかったか?」
「やっぱ廊下は冷えるなー。でもいいお湯だった。あったまった」
「そか、よかった!」
「しっかしいつ見てもすげーなあの檜風呂」
「じいちゃんがどうしても欲しいつって自分で作ったやつだからなー」
 何でもない事をしゃべりながら、ルフィの隣の布団に腰を下ろす。遅い時間に着いたこともあって、珍しく酒もほどほどに、おれはサボの作ったメシを食って寝支度を整えている。さっき廊下ですれ違ったサボはおれと入れ替わりに風呂に入り、明日も早いから寝る、とじーさんはさっさと自室に引っ込んだ。
「あ―――、背中いてえ……。」
「だいじょぶかあエース。キレーに背中から落ちてたもんなあ」
 腰を下ろした時の動きに思わずおれが愚痴を漏らすと、もぞもぞと布団から起き上がったルフィが慣れない手つきでさすってくれた。
 バカやってたころの賜物か、とっさにちゃんと受け身は取れたので実は言うほどの痛みでもないのだが、おれより床の心配をしていたルフィへのちょっとした意趣返しのつもりだ。
 何より、背中をさするその薄い手のひらの感触が嬉しくてたまらない。なんでもいいから、数日ぶりのルフィとくっついていられる理由がほしかった。
「ルフィ」
「ん?」
 ゆっくりと体の向きを変えて、ルフィの方に向き直る。両手を伸ばしてしなやかな身体を引き寄せると、心得たように小さく笑ったルフィが自分からおれの腕の中にもたれかかってくれる。
「……はー、生き返るー」
「ししし、オッサンくせー」
「なんだと」
 可愛くないことをいうやつにはお仕置きが必要だ。おれは丁度顎の下にある小さな頭のてっぺんに、ゴリゴリと顎の骨を押し付けた。
 いてーとか何とか言いながらけらけら笑っているルフィは、全然堪えていない。背中に回った手のひらが、ゆっくりゆっくりそこを撫でては通り過ぎ、また戻る。ぎゅう、と胸に押し付けるように小さな頭を抱え込めば、またルフィの笑い声が胸の辺りでくすぐったく響く。
「えーすー」
「ん?」
「あいたかったー」
「……うん。おれも。」
「ごめんな急に。せっかくの休みなのに」
「いいっての。おれこそせっかくの家族だんらん邪魔して悪いな」
「んなことねえよ」
 エースが来てくれてうれしい。そう噛み締めるように言うと、ルフィはぎゅう、とおれに抱きついた腕の力を強めた。もう無いはずの距離がさらに縮まったようで、そのちょっとした束縛がどうしようもなく愛おしい。ありがとうのかわりに、腕の中のまるい頭を優しく撫でてそのつむじにキスを落とした。
「……ルフィ、こっち向いて」
「ん、」
 耳元でささやくと、素直にこちらを見上げてくれる。ふにゃりとふやけるみたいにして笑うルフィの、そのやわらかなほっぺたを指先で撫でた。目の下の傷をやさしくなぞって、額をくっつける。
 くすぐられたみたいに、鼻にやわらかくこもるような吐息でルフィが笑う。鼻先を擦りつけてじゃれ合って、ゆっくりと唇を触れ合わせた。背中に這わせた手のひらで、肌を探る。
「―――ルフィ、いいか」
「……ん、んー。おれもしたい、けど、んー」
 そりゃそうだ。実家だし。おれもそこまで無理強いする気はさらさらない。
「がっつり最後まではしないから。手でいいよ。触らして」
「……ん、わかった。な、おれ口でする」
「! まじかよ」
 ルフィからの申し出なんて今までに何度あったか。こんな豪華オプションがついてくるならちょっとしたお預け期間も悪くない。
「……おれも、エースに触ってほしかったし。声出ないように気ィつける、な」
 照れくさそうにはにかむルフィを、衝動のままに押し倒さなかったおれを誰か褒めてほしい。
 背中に回していた腕が持ち主の方に戻されて、そのままおれの首にゆるく巻きついた。引き寄せられるままにやわらかな唇に吸い付いて、布団にゆっくりと横たわらせようと体重をかけた、その時だった。
「――――言い忘れとった!ルフィ!エース!」
「んんんおおおおおおお!」
 スパーン、といい音を立てて突如ふすまが開いたかと思ったその瞬間、乗せかけていた体重にそのまま反動をつけられ、おれはルフィの身体の上を越えて空を飛んだ。
 スローモーションで世界が反転する感覚。走馬灯のように目の前を駆け抜けていく上下逆さまの景色。ふすまを開け放った姿勢のままのじいさん。全身を襲うであろう本日二回目の衝撃に諦めて身構えながら、おれはきっと仏の様な悟りきった顔をしていたことだろう。
「明日は朝から客が来るから早く起きて雪かきを……、なんじゃお前ら。何してた」
「―――!しゅ、修行!投げ技の練習してた!」
「おお?熱心じゃのう!じゃが稽古とはいえルフィにそうやすやすと投げられるとは何事じゃエース!わしが鍛え直してやる!!」
 畳の上に伸びたまま、おれは穏やかな気持ちで目を閉じた。もう好きにしてくれ、と。

***

「―――まじ、ごめん、エース……。」
「……いいよ。防衛本能だ、仕方ない。……サボてめーは笑いすぎだ」
「あっはっはっは!ひー腹いてェ笑いじぬ……!」
 夜の間にも降り続けた雪は、夜が明けると足元を深く覆うほどに積もってしまっていた。やけにだだっ広い庭一面に降り積もる雪を隅の一か所にかき集めながら、おれは腹とスコップを抱えて大笑いしているサボにひとつ軽い蹴りを入れた。
 ずっとぼたぼた降り続いていた雪も今は止み、清々しいほどの青空がきんと冷え切った空気にさらされている。太陽の光が真っ白な雪に反射して、朝外に出たときは目が眩しさに慣れるまで時間がかかった。
「まあバレなくてよかったじゃねえか。ジジイのルフィ並の鈍さに救われたな、エース」
「ハァ、どうもおかげさんで…。二回もふっ飛ばされて夜中にもしごかれて、朝から雪おろしに雪かきでもうおれはボロボロですよ……。」
「ほんとごめんなエース……終わったらマッサージするか?」
「まじで?お前が?……どこを?」
「ふざけんなバーカ言わせねえよ!」
 パアン、と後頭部で雪玉が弾けた。ルフィがどこかから引っ張り出してきたニット帽で包まれていたおかげで大して冷たくはないが、痛いことに変わりはない。
「サボてめえ!やる気かコラ!」
 後頭部を押さえて振り返ったおれに、サボはフン、と鼻を慣らしてふんぞり返った。
「おお、ジモティーのおれに勝負を挑むとはいい度胸じゃねえか。受けて立ってやる!」
「言ってろ肉体労働者ナメんな!泣かす!」
「うおー!雪合戦か!?おれも混ぜろー!!」
 意気揚々と宣戦布告したおれは、手にしていた真っ黄色のスノーダンプをふかふかの雪の上に投げ捨てた。これもサボに借りた手袋があるので、雪玉を手のひらに握りしめてもあの肌を焼くような冷たさは感じない。脳内BGMはロッキー。これで勝てる。
 おれのマジ顔を見たサボが、ざく、と音を立てて黄緑色の雪用スコップを傍らに突き立てる。積み上がった雪山の上にすらりと立って太陽を背にしたその姿は、フランスの革命軍もかくやと思わせるほどの迫力だ。眼が完全に据わっている。
 キラキラとあのきれいな眼を更に輝かせたルフィは、この寒さだというのに腕まくりをして、スノーダンプのかわりに使っていた真っ赤なプラスチック製の子供用ソリに雪玉を積み上げている。弾を作る手つきの意外なほどの素早さ。弾の装填を十二分にして戦いに臨むその経験値。見るからに百戦錬磨の戦略だ。こいつ、慣れていやがる。
 敵は強大。三つ巴の乱戦。厳しい戦いになりそうだ。
「――――行くぞおめェら!」
「来い!容赦しねェ!!」
「勝つのはおれだ――!!」
 カーン、と冷たく澄み切った青空に高らかに鳴り響くゴングの音を、おれたち三人は確かに聞いた。
 実はあれだけ自信満々な啖呵を切っておいて、おれは雪合戦というものをこの日初めて体験した。グレていた学生時代はもちろんのこと、小学校でも施設でも、ひねくれた社交性に難アリのクソガキだったおれは、相手に痛い目を見せる為に雪玉を投げつけること、またその逆はあっても、こんな風に思いっきり笑いながら遊ぶことなんか全くなかったのだ。
 社会人になってからだって、雪なんかそうそう降らない都会暮らし。いい大人がわざわざ雪合戦をするために遠出するなんて、基本的にはあり得ない。
 だからこんな風に、子供帰りしたみたいに思いっきりはしゃいで雪遊びなんか、実は初めてのことだったのだ。
「うわ、いってーまともに当たった!誰だ今の!」
「エース!」
「はァ!?ルフィおま、」
「補充中の背中を狙うとは卑怯な!潰す!」
「いってー!ちっくしょルフィ!このやろ!」
「ぎゃー!つめてー!!あ、」
「「あ」」
 雪の冷たさに身を捩った瞬間、つるりと足を滑らせて、ルフィがあまりにもあっけなく雪に倒れた。コロリと白い雪に転がった軽い身体に、慌ててサボと二人で駆け寄る。
「ルフィ!大丈夫か!?」
「……―――っ、」
「ルフィ!ひねったか?どっか打った?」
「……ふ、くく」
 倒れた時にニット帽が外れたらしい。真っ白な雪の上に黒い黒髪が散る様に、思わず目を奪われる。
 雪の上で肩を震わせて、ルフィは、笑っていた。
「――――おりゃー!!」
「え、うわ!」
「うお!」
 思わず見惚れたその一瞬をついて、ルフィが上半身だけ起こして腕を伸ばした。
 おれとサボの首を引っ捕まえると、ぼす、とまた雪の上に逆戻り。粉雪がぱあっと舞いあがって、絡まって倒れ込んだおれたち三人を包み込んだ。
「たのしいな!エース!サボ!すげー楽しいな!!」
 そのまま声を上げて笑い出したルフィを間に挟んで、おれとサボはぽかん、と顔を見合わせた。ただ、それもつかの間。けらけらと鈴が転がる様に笑うルフィにつられて、おれとサボはお互いの顔がじわじわと弛んでいくのを見た。
「……―――あはは、」
「……はは!バッカおま、ルフィ、……つめてェ――――!!」
「あっはっは!」
 おれはこの日初めて知った。
 雪合戦をすると、暑いほどに身体が火照ること。それでも指先は、手袋にしみ込んだ雪のせいで冷たく赤くなってしまうこと。
 降り積もったばかりの雪が、こんなにもふかふかでやわらかくて、そして痛いほどに冷たいこと。
サボは、寒さにさらされるとすぐに鼻の頭が赤くなって、少し幼い顔になること。
 粉雪を黒髪に乗せたルフィが、こんなにも愛おしく、きれいだということを。
 冷たさに耐えながら、おれはどさくさに紛れて少しだけルフィのふるえる黒髪に唇を寄せた。こんなにも大事なことをたくさん教えてくれるのは、いつだってルフィだったから。
「―――こりゃーお前らァ!!好き放題遊びおって、雪かきは終わったのか!!というか!!じいちゃんも混ぜろ!!」
「!!やべえ!!」
 意外と寂しがり屋らしいじいさんが、バン、と戸を開けて吠えた。弾かれたように、三人そろって飛び起きる。
「勝負は一時中断だ!協定を結ぶ!総員戦闘配備!!目標、ジジイ!!」
「ラジャー!!」
「うおー!!サボかっけー!!」
 こうしておれたちは、三人力を合わせて強大な敵に立ち向かうこととなった。年寄り相手に三対一なんて卑怯だと言われるかもしれないが、それは心配ご無用だ。
 雪合戦とは名ばかり、三人まとめて雪山に頭から投げ込まれるまで、あと五分。