※獣化ダブリなんでも来いや!なお姉さまお嬢さま向け
(旧拍手文です)





彼は猫である。名前はまだない。
いや、物心ついたときには記号と数字でほかの動物たちとは区別を付けられていたから、もしかしたらそれが彼の「名前」というものなのかもしれない。

しかし、それは彼がケージを、置かれる場所を変えられるたびに再び変えられていったし、そのうち覚えるのも面倒になったので、彼は「名前」というものに対して考えることをやめた。
なにしろ必要がなかったので忘れるのも簡単であった。

彼には「弟」がいた。
彼の記憶の限り、彼と「弟」はずっと一緒だった。
頬の辺りに散った点々と白い部分以外は全身真っ黒の毛並みの彼に対し、「弟」はよく似た黒の毛並みに、手足の先だけくつしたを履いたように白かった。あとになって、彼の瞳の色を見た「にんげん」が、綺麗な黄金色、と言ったのを聞いたから、そういう名前の色なのかも知れなかったが、とにかく「弟」の瞳は綺麗だった。

そういうと、「弟」は嬉しそうににい、と鳴いて、彼に言ったものだった。
おれ、いちどだけみたことあるんだ。「ゆうやけ」ってやつ。おまえのめは、「ゆうやけ」のいろだ。おれだいすきだ。
そういって小さな額をこすり付けてくる「弟」の頼りない耳を甘噛みしてやると、彼はどうにもしあわせでみたされた気持ちになるのだった。

彼を本当に「弟」と呼んでいいかはわからない。なにしろ物心がついたころから彼らは2匹一緒に狭いケージの中で生きていて、ついでに親の顔も知らなかったものだから。

いつか隣のケージにいた年老いた犬が言った。「君たちはまるできょうだいのようだ」と。
「きょうだい」ってなんだ。彼は尋ねた。
血を分けた、同じ親から生まれた者のことを「にんげん」たちはそう呼ぶのだと、彼は言った。

時に、血を分けずともそれに等しい強いつながりを持つ者もいる。きみたちは、きっとそれに値するのだろうね、とも言った。
やさしい眼をしたその大きな年老いた犬は、あの小さな子を大事におし、といって、静かに眠ってしまった。

大事な事を教えてくれたその犬が、次の朝になっても起きなかったようだったので、彼はおかしいな、と思った。「弟」もいつもの可愛らしい声で隣に呼びかけていたが、そのうち「にんげん」が来て彼を連れて行ってしまったので、彼は彼がどうなったのか知らない。
どこかでやさしい「にんげん」に出会って、静かに暮らしていればいいな、と思っている。

彼には名前は必要なかった。
「弟」が、あの鈴の転がるような声で「にゃあ」と鳴けば、それは彼を呼ぶ合図だったし、彼が眠っている時でもお構いなしに、あの小さな手でたしたしとちょっかいをかけて来ればそれも彼と遊びたい合図だったし、眠い時にすりすりと彼の顎の下に小さな頭をこすり付けるのも、彼がそのやわらかな毛並みを舐めてやれば気持ちよさそうにくるくると喉を鳴らすのも、全部全部「弟」が彼を必要としてくれているその気持ちそのものだったから、だから彼にはそれで十分なのだった。

なにしろ、彼の世界には「弟」しかいなかったようなものだから。

「にんげん」は嫌いだった。「弟」を傷つける「にんげん」が、彼は大嫌いだった。
彼の知っている「にんげん」は、彼や「弟」をモノのように投げ圧倒的な力を持って征服する。「弟」の目の下の傷も、「にんげん」が面白半分に刃物で付けた物だった。
「弟」を守るために彼は「にんげん」に牙を剥き、そのためにこっぴどく痛めつけられたものだったが、血を流しながら、悲痛な声で自分を気遣い、横たわる自分におぼつかない足取りで寄り添い、いつまでもいつまでもぺろぺろとこの顔を、傷をなめ続けてくれた「弟」が今こうして隣にあたたかくうずくまって安らかに寝息を立てているから、彼は何一つ後悔などしていない。

そうして「にんげん」に爪を向け毛を逆立てて、彼は「弟」と2匹の世界を守り続けてきた。
ある日、同じような服を着たたくさんの「にんげん」が外から扉を開き、彼の大嫌いな「にんげん」をどこかへ連れ去ってしまうまでは。

「さあ君たち、食事の時間だよ。起きなさい」

その「にんげん」は、彼と「弟」にきちんと決まった時間に食事をくれる。殴ったり、蹴ったりもしない。最初は彼もその「にんげん」を警戒していたが、何より先に「弟」が、あの「にんげん」はだいじょうぶだ、と言ってちょろちょろと寄って行ってしまったものだから、彼は「弟」がまたひどい目に遭わされるのではないかと肝を冷やした。

でも、「レイリー」と呼ばれるその「にんげん」と、「レイリー」を「レイさん」と呼ぶ「シャクヤク」という「にんげん」は、弟をやさしく抱き上げはしても殴りはしなかった。
初めて見る「箱」の外の世界に、「弟」がはしゃいでとんでもないことをしでかしても、おやおや元気のいいことだ、と大口を開けて笑って、少しだけ食事を減らして叱って、それでおしまいだった。

「弟」がいたずらをしないように彼が首根っこを咥えて押さえた時は、お前はいい兄だね、と言ってこっそりにぼしをくれた。もちろん彼はそれを「弟」に半分以上くれてやったのだが、褒められたことなんて、ましてや褒美をもらったことなんて生まれて初めてだったので、彼はその出来事をとても大事に覚えている。

そして、「レイリー」のもとにはたくさんの動物たちがいた。
みながからだのどこかに傷をもっていたり、歩けなかったり、目が見えなかったり、それから「にんげん」を恐れているようだったが、「レイリー」も「シャクヤク」もそれをそのまま受け入れ、無理に踏み込まずただあるようにあるのを許していた。

そういう動物たちが1匹(もしくは1羽)でひっそりと暮らしているのを見ていると、彼は「弟」がいてほんとうによかったと思うのだった。

そして、そんなある日のことだった。「レイリー」のところへ、その「にんげん」がやってきたのは。

「レイリー!ひっさしぶりだなあー!!」
「おお、ルフィ。元気だったかい」
「見てのとーり!」
「いらっしゃいルフィちゃん。お兄ちゃんは?」
「おうシャッキー!おじゃまします!ってあれ?エース…」
「ルフィこのやろ!お土産持ってけって言っただろうが!」
「ありゃ」

どたばたがしゃん、と一気に騒がしくなった玄関のほうを、「弟」が興味深そうに小首を傾げてうかがっていた。うずうずと今にも飛び出して行きそうなその小さな頭を首根っこを軽く咬んで捕まえていると、音の主の方がばたん、とドアを開けてやってきた。

入ってきたその「にんげん」を見て、彼は思わずあ、と口を開け、「弟」の柔らかい首裏を離してしまった。

「あ、…あー!こいつらかレイリー!?最近来たっていうの!?」

荷物をそこらに無造作になげ出すと、たたた、と軽やかな足取りであっという間にその「にんげん」は彼と弟のすぐ前にしゃがみこんだ。
さらりと揺れる黒い髪の毛。つやつやしたまん丸い瞳。満面の笑顔。眼の下の切り傷のあと。
「弟」に似てる、と思った。

「あっはっは!ほんとだ、エース見ろよ!おれたちにソックリ!!ほら、傷もあるし、おっきいほうはソバカスみたいな点々あんぞ!!」

そう言ったかと思うと、その「にんげん」は彼が身を強張らせて警戒する間もなくひょいと彼と「弟」をその腕の中に抱き上げて、その後ろにいたもうひとりに見せた。

少し癖のある黒い髪。頬に散ったそばかす。今彼と「弟」を抱くその腕より、強くがっしりと大きな身体つき。すこし尖った眼尻。
となりで同じようにあたたかい腕に抱かれた「弟」が、みるみるうちにきらきらと瞳を輝かせたのがわかった。

「……マジだ…。レイさんがやったんじゃねーのこれ…」
「こらこら、人聞きの悪いことを言うんじゃないエース。」
「この子たち、来た時からこうだったわよ。不思議なこともあるものよねえ」

ぐん、と隣の「弟」が小さなからだを目一杯伸ばして、その男の方へ身を乗り出してその顔をじっとのぞきこんだ。それに気付いた男の方も、ふと表情を和らげると、その大きな手で「弟」のちいさなあごをくいくいと撫でた。

「弟」があまりに心地よさそうに目を細めてその指に頬を摺り寄せるので、いつものように警戒する間もなかった。彼は戸惑いながら、自分を抱く「ルフィ」とやらを見上げた。
見上げる彼に目を合わせると、その「弟」によく似た「にんげん」は、何がそんなにと思うほど嬉しそうにしし、と声を零して笑い、自分の顔に彼を近付けたかと思うと彼の鼻面に自分の鼻をちょんとくっつけて、やさしく彼の頭から背中を撫でてくれた。

「かーわい!な、来てよかっただろエース!」
「……うーん…。負けた気分…。」
「ここに連れてこられた時点で負けなのよエースちゃん。お仕事忙しくてルフィちゃん構ってあげなかったんですって?」
「そー。出張とかいっておれ2週間ほっとかれたんだ。ちょー暇だったからさー」
「出張空け早々に浮気してやるって泣かれたおれの身にもなってくれよ…。」
「ジゴージトクってヤツだねー!」
「浮気防止のためのペット許可か。動機が不純だなあ」
「苦肉の策だっつーの」
「絶対大事にするって!ホントだぞレイリー!!」

はは、と声をあげて笑った「レイリー」は、その大きな身体を屈めて腕の中におさまったままの彼と「弟」を覗き込んだ。その眼が少しだけ寂しそうなのに、彼は気付いた。

「……ほんとは、2匹とも連れてってやりてえんだけど」
「……駄目だぞルフィ。猫飼ったことなんかねえんだから、いきなり2匹なんて飼われる方が可哀想だ」
「…わかってるよ」

その会話をきいて、彼は全てを悟った。
それでも、彼は「彼ら」なら大丈夫だと思った。きっと「弟」を大事にしてくれると思った。だから、隣でわけもわからずに「ルフィ」の顔を見上げている「弟」を、「ルフィ」の胸の方へ額で押し出してやった。

不思議そうに「弟」がこちらを振り向いた。
そのまんまるな眼を、黄金色の綺麗な澄んだ瞳を眼に焼き付けて、小さな顔をぺろりと舐めてやると、彼はあたたかい腕の中からするりと抜け出した。
にあ、と呼び止める「弟」の可愛らしい声に、彼は生まれて初めて振り向かなかった。

した、と床に降り立つと、そのまま逃げるようにキャットタワーの一番上まで登った。

「ルフィ」の腕に抱かれた「弟」と、黒々とした瞳で彼を見つめる「ルフィ」。そしてその「ルフィ」に寄り添うようにして立つ自分に似た男をじっと見つめて、彼はすっと背筋を伸ばしてそこに腰を降ろした。
大事な大事な「弟」。彼の世界そのものだった小さな「弟」。あまりに唐突な別れは身を切るように彼の胸を痛めつけたけれど、この別れが、これ以上ないしあわせなことであるのも彼は知っていた。

「弟」はきっと、「彼ら」に愛され大事にされて暮らしていく。きっと「彼ら」なら、たまに「弟」を連れて会いに来てくれるだろう。彼がここにいる限りの話ではあるだろうけれど。
「彼ら」以外なら、彼は絶対に「弟」を渡しはしなかった。今までそうして来たみたいに、牙を剥いて爪を立てて毛を逆立てて。
でも、もういいのだ。

「…――ルフィ」
「…ん」

じゃあ、ありがとうレイリー。またいろいろ教えてくれ、と言って、「彼ら」はゆっくりと背を向けた。
そこで初めて、「弟」は彼が一緒でないことに気が付いたのだろう。弾かれたように、にいにいと鳴き始めた。
自分を抱く「ルフィ」の胸に小さな手を押し当てて、その顔を見上げて必死に鳴いた。

一緒に連れてって。おねがい。おねがい。一緒がいい。一緒じゃなきゃ嫌だ。おねがいだ。

「にんげん」にはけしてわからないことばで、それでも「弟」は必死に鳴いて訴えた。彼を呼んで、呼んで呼んで泣きながら呼ぶ「弟」の必死な鳴き声を耳に焼き付けて、彼はその背を見送った。
しあわせになれ。いままでありがとう。穏やかですらある気持ちに身を委ねて、彼は身動きすらせずに彼らを見送った。

すると、にいにいと鳴き叫ぶ弟の声はそのままに、「ルフィ」がぴたりと足を止めた。

「…―――エース…!!」

思い詰めたように振り向き、傍らの男を見上げたその眼が水を含んだように揺れていたのを、彼は見た。
片腕に「弟」を抱いたまま、「ルフィ」は男の袖を強く強く掴んだ。
何も言わず、ただただそうしてその眼をまっすぐに見上げていた。
その間にも、にあにあと彼を呼ぶ「弟」の声が響く。「レイリー」と「シャクヤク」は、何も言わずそれを眺めて立っていた。

じ、と「ルフィ」の瞳を見つめ返してひたすらに黙っていた男が、ふ、と小さく息を吐いた。

「……―――いきものなんだぞ」
「うん」
「責任もって世話しなきゃなんねえんだぞ」
「うん」
「……肉は1週間に4日まで」
「うん」
「え、マジ?」
「うん!」

そのまま、じい、とお互いの目の奥を見つめ合っていたふたりは、はあ、とため息をついた「エース」とやらが額に手を当てて脱力したことでその無言の攻防戦を終わらせたようだった。

「……わかったよ」
「やったエース!!」

あいしてる、と彼があまり聞いたことのない言葉を高らかに叫び、「ルフィ」は「エース」の首に片腕で思いっきり抱きついた。「エース」が、はいはい、と慣れたようにその背中をぽんぽんと手のひらで叩く。
その腕の中で「弟」がぽかん、と小さな口を開けているのが見えた。やったなお前、一緒に帰ろうな、と「弟」に話しかけている「ルフィ」を訳も分からずに眺めていると、ふと振り向いた「エース」が彼の方へゆっくりと近づき、大きな手を差し伸べた。

「……ホラ。お前も行くぞ。」

全く、あいつにゃ敵わねえ。お前もそうだろ?
そう言って苦笑いを浮かべたその後ろで、「ルフィ」が思いっきり笑う。
「弟」が、にあ、と鳴いて彼を呼んだ。

「―――うお!」
「わ!…あっはっは!!」

差し伸べられた手をつたって、その高いところにある頭を思いっきり踏みつけて、彼は「ルフィ」の腕の中へ飛び込んだ。
小さな白い両手で空を掻くようにして、「弟」がほんの一瞬も待ち切れないように彼に縋りついた。にいにいにい、とひっきりなしに鳴く「弟」を両腕に包むように抱き寄せて、彼は何度も何度も何度もその小さな顔を舐めた。

「……この野郎…」
「ムキになるなよエース、まだチビなんだから」

な!と誰よりも嬉しそうな顔をして覗き込んできた「ルフィ」に、にゃあ、と一声鳴いてみせて、彼は躍起になって額を擦りつけてくる「弟」を宥めるべく、再びぺろぺろとその額や目元を舐めた。

「いやあよかったよかった。このキャリーバッグも少し大きいかと思ったけれど、2匹ならちょうどよさそうだ」
「……オイ」
「あら偶然!猫砂もエサもおもちゃも2匹分あるわ〜〜」
「…ッ、あんたら…!」

確信犯か!と何やら「エース」が喚いていたが、「弟」は相も変わらず愛おしいし、「ルフィ」はけらけらと朗らかに声を立てて笑っているし、彼は全てがしあわせに収まったことを確信して、「弟」を抱きしめた。

「…そういやレイリー、こいつら名前なんていうんだ?」
「名前はまだないよ。彼らの親になってくれる人が付けた方がいいと思ってね。君たちが付けてあげたらいい。…まあ、もう決まっているようだが。」

うふふ、と「シャクヤク」が猫じゃらしを片手に笑う。
キャリーバッグを持たされた「エース」が、やられた、とまだ恨めし気に呟いた。それを見上げて、「ルフィ」が言った。

「…な、いいよなエース?」
「……あー、もうお前の好きにしろ」

はあ、とため息をつきながら、しかしお前可愛いな、などど言って「弟」の頭を指先で「エース」が撫でた。
何がそんなに嬉しいのか、また「ルフィ」が声を零して笑い、腕の中にいる彼と「弟」を覗き込んだ。

「―――これからよろしくな!…『エース』、『ルフィ』!」

は、と彼は顔を上げた。隣で「弟」が、いや、ルフィが、にゃあ、と高らかに鳴いた。
「レイリー」と「シャクヤク」が、嬉しそうに笑って手を振った。

彼は猫である。名前はエース。
大事な弟のルフィと、それから、今日から「家族」が2人いる。


brother×brother



超有名な某名作に敬礼。
何番煎じかわからないネタですみませんいつか書いてみたかったんです

20130317 Joe H.