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「……後半開始10分。18対18、同点、か。いい試合過ぎて寿命が縮むねえ、センセ」
「無理して茶化すな。冷や汗かいてるぞ、カントク。」
ベンチでスコアを書くナミの手が震えている。
スタンドでビデオを撮るビビが、祈るように両手をきつく組み合わせているのが見える。
地区大会、決勝戦。圧倒的なオフェンスと、エースとサボとサンジ、そして鉄壁のキーパー、ゾロのディフェンスで快進撃を遂げたチームは、ここにきて壁にぶつかっていた。
ただでさえ交代のいないチームだ。選手の消耗は激しい。そこにきて、相手チームのラフプレーが目立つようになった。
もともとボディコンタクトが認められているスポーツゆえに、決定的な反則にはならない。だが、日々部員一人一人が強靭な肉体を作り上げている相手チームの執拗な圧力は、確実に選手の消耗を激しくしていた。
ここにきては、耐えろと、粘れと声を張り上げるしかできない。
ベンは、食い入るようにタイマーを見つめた。残り19分。途方もなく、長く思えた。
「…――ルフィ、大丈夫か」
「…ッ、ん、へーき。」
相手のタイムアウトの時点で、エースは思わずルフィの肩を抱いて支え、声をかけた。ほかのメンバーも、隠しきれない懸念の色を載せてルフィを見た。
体格の面でエースやサボに比べ不利を取るルフィは、ディフェンスラインの突破口として狙われていた。それを真正面から受け止め続け、彼の消耗は一段と激しい。
荒く息をつく肩は、上下に大きく揺れる。
汗が髪を伝って滴り落ちる。
身体のあちこちに、もうすでに痣が刻み込まれているのが分かる。
それでも小さく笑って見せるルフィに、周りが声もなく眉根を寄せた、その時。押し黙っていたシャンクスが、立ち上がった。
「―――ルフィ、ワントップだ。行けるか。」
「…――、5−1ディフェンス、ってことですか、監督」
「そうだ。ルフィがトップ。エースが真下だ。」
「――シャンクス、おれまだ、」
「違う。お前が限界だなんて俺も、誰も思っちゃいない、ルフィ。だがもう時間がない。現実的に見て、延長戦にもつれこんだらこっちが不利だ。わかるな?」
ベンチに座ったルフィの前に、シャンクスが片膝をつく。
ルフィの瞳をまっすぐに見るその眼は、かつて利き腕の左腕、その肘の関節を壊すまで、全国トップクラスのチームでプレーしていた時の目つきそのものだった。
「勝負に出るぞ、ルフィ。お前のスピードでパス回しのリズムを崩せ。スキがあればカットしていい。お前の眼と、反射神経、スピードは誰にも負けない。今このコートにいる中で、最速はお前だ。ルフィ。」
ルフィの瞳が定まった。強く頷く。
「行くぞ、お前ら。残り12分。ここまで来たんだ。勝つぞ。いいな!!」
「「おお!!」」
最も消耗しているルフィが前線を張る。その事実が、全員の背中に喝を入れ、奮い立たせた。
右サイドで、チョッパーが相手選手を睨みつけた。
(――小さいからってナメるなよ。ルフィがボールを取ったら、一番に飛び出して繋いでやる!)
左サイドのウソップが、両手で自らの頬を叩いて向き直る。
(…やってやる。ルフィが、タメのあいつが気張ってんだ。ここで逃げたらダチじゃねえ!!)
サンジが、ポストのポジションでディフェンスに押し出されつつも粘り強く踏みとどまる。どこまでもしたたかに、スマートにポジションを奪う。彼は自分の役割をこれ以上なく理解していた。
全ては、ルフィの選択肢を無限に広げるために。
ゾロは、キーパーの位置からコートプレーヤーたちの背中を見つめていた。
選手たちから一番遠く、だがそれゆえに、彼らの最後の砦。好きなようにやればいい。ゴールはおれが守ってやる。そう彼らの背中を押してやっているつもりでいた。
ゾロは知っていた。本物の英雄になれるのは「エース」ではない。キーパーだと。
サボが静かに目を閉じた。
エースと二人で肩を並べた、あの土手の風を思い出した。
ルフィのプレーを初めて見たときの、あの血の疼きを思い出した。
二人の笑顔を、この試合に勝った時のみんなの笑顔を、思い浮かべた。
目を開けた。
サボは、前を向いていた。
ビビが祈る。ナミが片時も目を逸らさずにスコアを書く。
ベンも、シャンクスも、もう言葉は交わさず、ただ選手たちを見守る。
苦しい息の下。走り、投げ、跳び、そしてまた走る。
本当の、ただ唯一の一瞬が、そこにはあった。
そして、後半残り3分。
彗星にも似た速度で飛び出し、躍動したルフィの指先が、相手チームのパスの軌道を捉えた。
鮮やかな、パスカット。
「速攻!!」
「ルフィ行け!!」
そのままシュートにルフィが向かった、その時。
ルフィの膝が、崩れた。
「「…―――――!!」」
全員が息を呑んだ。
永遠にも思えた、その刹那。全てを切り裂いて飛び出した閃光。
「―――エース!!」
倒れこむ寸前、ルフィが全てを託しボールを放る。
誰もついていけなかったはずのルフィのカットに、唯一反応し飛び出したエースは、手のひらにそれをしっかり収め、そのままの速度でシュートステップを踏み、
――――次元の違う高さから、撃ちこんだ。
得点が決まったことを示す審判のホイッスルに、観客が湧く。
しかしそれもつかの間、審判の指示でタイマーが止まる。残り時間、2分。同点。
フロアに倒れこんだままのルフィ。シュートの余韻に浸ることもなく、エースが全速力で駆け寄った。
「ルフィ!!ルフィ、大丈夫か!!」
血相を変えたエースがルフィの身体を抱き上げる。仲間が、ナミが、シャンクスが駆け寄る。
尋常ではない量の汗。苦しげな荒く浅い呼吸。目を閉じたまま、ルフィがエースに縋りつく。
「……ッ、…ッ、エー、ス、っはぁ、」
「ルフィ、どっかいてぇか、息できてるか、」
「なあ、エース、」
苦しい息の下。それでも小さく微笑んだルフィは、やわらかくささやいた。
勝とうな、と。
「…、」
「……勝とう、な、エース。おれ、すげえ、楽しい。この、試合が終わっても、ずっと、みんなと、このチームで、ハンドしたいから、」
「エースと、一緒にハンドしたいから。」
な、とエースの眼をまっすぐに見て、ルフィは笑った。
たまらず、頭からそれを抱きしめた。
配慮も何もかもかなぐり捨てて、強く、強く。
耳元で、ささやいた。
「…―――あと2分。…戦えるか、ルフィ。」
「……もちろんだ。」
ゆっくりと身体を離す。
見つめ合って、微笑む。
行こう。一緒に行こう。おれたちなら、きっとどこまででも行けるから。
ルフィの体を抱え上げ、立ち上がらせる。観客から、自然に拍手がこぼれ出た。
全力で戦う者たちへの、諦めない者たちへの、逃げない者たちへの、賞賛。
それを全身で受け止めて、ルフィは笑った。
審判が、手を上げる。
タイムキーパーがそれに応える。
笛が鳴る。カウントダウンが、始まる。
残り40秒。ルフィが飛び出す。サボがコースを遮る。サンジがポストを潰す。ウソップも、チョッパーも、プレーヤーを押し上げてパスコースを切る。
エースが、勝負に出た。
「撃たせろエース!!」
「ゾロ、頼む!!」
回らないパスに痺れを切らした相手シューターは、最後の勝負を懸けて、ボールを放った。
限界まで伸ばしたゾロの指先が、捉える。
「ゾロ!!」
「―――、ルフィ、行け!!」
残り10秒。
駆け上がったルフィに、即座に体制を立て直したゾロが渾身のロングパスを放つ。
相手キーパーが、そのルフィに向かって飛び出した。
一か八かの勝負に出たのだ。
瀬戸際の空中戦。二人の身体が躍動し、交錯したその時、
ルフィの指先がかすかにボールを捉え、そして、
「――――エース!」
ルフィが、笑った。
エースがそこにいることを信じて放つ、トス。空中でバランスを崩しながらも、空に向かって放たれる、軌跡。
見つめるその先で、
エースが、空を翔けた。
躍動する身体。黒髪がなびく。圧倒的な、滞空時間。
その身体の一部のようにボールはその手に収められ、流れるようなシュートフォームを彩り、そして、
その手を、離れた。
******
「…―――あれ?エースとルフィは?」
「…?あれ、マジだ、いねぇな。さっきまで死体みたいにそこに転がってたのに」
「いや、それはおれら全員、…でも確かにいねえな。得点王と立役者が揃って」
首をかしげながらキョロキョロと周りを見渡し始める後輩たちに、サボは心の中で謝った。
実のところ、サボはふたりの行方を知ってはいたけれど、到底それを教える気にはなれなかったから。
今しばらくは、このまま体育館の隅の床を借りておとなしくしていよう。
とてもじゃないが、もうしばらくは動けそうにないんだし。
サボは後輩たちと一緒に転がりながら、目を閉じた。
勝利の味を、今少し味わうために。
「――――ッ、ん、…っふ、」
「…――、」
体育館の裏。誰もいない通用口の陰。
コンクリートの壁に身体を押し付けられて、ルフィはエースのキスを受け止めていた。
ただでさえ荒くままならない呼吸がその激しさを増してゆくのに、どうしてもやめられなかった。
エースを求めて、その背中に縋りつく。
汗でぐっしょりとユニフォームが濡れているのも、身体のそこかしこが鈍い痛みを訴えているのも、どうでもよかった。
エースの唇と体温。それだけを感じていたかった。
「――――っは、はあ、…ッ、エース」
「ルフィ、」
「…あ、んぅ、」
お互いの髪をかき乱し、体をまさぐるように抱きしめあい、ただひたすらにキスをする。
見よう見まねのディープキス。このままセックスにすら雪崩れ込んでしまえそうな、激しい衝動。
お互い一言も言えなかった。
そんな暇があるなら、お互いに触れていたかった。
「――――、…お前、なんなんだよ…。もう、ほんと、最高、」
「…えーす、…っ、はっ、」
「気、狂ってるとしか思えねえ、っ、…ッは、お前、どうみたって男なのに」
「…エース、エース、」
溺れる人間のようにエースの首を引き寄せて、こんどはルフィが口づけた。
理屈なんかどうでもよかった。最初から魅かれていた。ただその感情の名前を知らなかっただけだ。
「……好きだ、ルフィ。わかってると思うけど」
「…、ん、おれも。…多分、ずっと前から。」
エースが、穏やかに笑った。
甘く甘く、少し塩辛い勝利の味を噛みしめて、ふたりはお互いをかき抱いた。
それは、確実に刻一刻と減ってゆく、彼らが共にコートを駆けることのできる時間の切なさにも似ていた。
エースの肩越しに見上げる空が、遠く高く、青くそびえる。
ふたりなら、あそこまで翔べるかも知れない。
理由もないそんな思いに身を委ねて、ルフィはエースの腕の中で目を閉じた。
夏が、来た。
s.k.y.
hamkemさまのリクエストより、
「他人設定エール(現パロ)犬猿の仲なふたりがいつしかひかれあっていく話」でした!
趣味に走りまくりました。ごめんなさい。
私は楽しくて仕方なかったんですが、こればかりは楽しんでいただけるかわかりません…。
願わくば。
hamkemさま、素敵なリクエストをありがとうございました…!
20120729 Joe H.
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