hamkemさまのリクエストより、「他人設定エール(現パロ)犬猿の仲なふたりがいつしかひかれあっていく話」です。
※年齢操作あり。スポ根です。
いつにもまして趣味に走ってます。よろしければ。
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「危機だ。」
「……。」
ぬるい昼下がりの風が体育館を通り過ぎていく。
パイプ椅子に腰掛けて神妙な顔をしたシャンクスに構うことなく、くあ、と大あくびをかましたエースに、一ミリも表情を変えずに隣のサボが軽く蹴りを入れる。
シャンクスの隣に静かにたたずんでいたベンが、軽くこめかみを揉んだ。
ハンドボール部の監督であるシャンクス。彼がこの体育館にいることは特段珍しいことでもなんでもないが、彼の本職は近くの酒屋の店主であって、教師ではないはずだ。
それがなぜ、わざわざ昼休みに顧問のベンと二人雁首を揃えて体育館まで呼び出したのか。
実のところ、サボもエースもその答えは知っていた。ベンの持病の偏頭痛をひどくしている、その手の中の紙の束の正体を。
「…エース、サボ」
「はい」
「…」
「これがなんだかわかるな」
ぴら、とベンの手によって広げられた数枚のうち一枚。そこには、つい先日までサボとエースの「センパイ」兼「キャプテン」として君臨していた一つ上の学年の生徒の名前。
その上に無機質に印刷された、「退部届」の文字。
「昨日、3年生全員がこれを提出した。7人全員だ。現時点の部員数が何人かわかるか、サボ」
「2年生がおれ達2人、4月に入ったばっかの1年生が5人です」
「そう、7人。ギリギリだ。おまけに次の大会まではあと1か月しかない」
「問題ねェよ」
吐き捨てるようなエースの声が、誰もいない体育館に響いた。
「…エース。」
「元々お遊び程度にハンドやってた奴らだ。勝つためには必要ない。おれとサボがいりゃああとは適当にパス回しできれば何とかなる。」
サボは横目でその横顔を盗み見た。
淡々と続けたエースの表情には、簡単に全てを投げ出した彼らへの嘲り以外、興味も関心も何も抱いていないようだった。
「話はそれだけ?」
「エース、」
「行こうぜサボ、昼休み終わる。」
あっさりと背を向けたエースに、シャンクスは口を開いた。それは、彼にとっては単なるささやかな疑問であり、ただそれだけの問いだった。
「エース、お前、ハンド楽しいか?」
ふと歩みを止めたエースは、怪訝な顔で振り返った。パイプ椅子に腰掛けたままのシャンクスに向かって、淡々と言い放つ。
「楽しいよ。勝てばな。」
当たり前じゃん。そういって、今度こそエースは背中を向けた。それ以上の感情も反応も、一切何も感じさせない眼をして、彼は大人達に背を向けた。
ひとつ軽い会釈をしてサボがそのあとをゆっくり追う。一瞬あげた彼の眼が、ほんの少しだけ諦めの色を載せてこちらを見たのに、ベンは気づいた。
「…え―――!!!3年生やめちったのか!?みんな!?なんで!?」
悲鳴に近い声音が体育館の高い屋根に跳ね返った。いつもなら、うるせえ、と遠慮のない言葉の一つやふたつ飛んでくるものを、今日はそれがない。
渋い顔でその事実を告げたサボだったが、それに詰め寄ったのはルフィただ一人。あとの部員たちは皆、さして驚きもせず目を逸らしただけだった。サンジが嘲笑まじりのため息をついて口を開く。
「…なんで、か。まあ、時間の問題だとは思ってたけどな」
黙々と指に巻くテープを切り、ドリンクを作っていたマネージャーのナミとビビ。努めて反応を示さないようにしていた二人が、サンジのその言葉に思わず手を止め視線を逸らした。
「……なんだよ、それ。みんな知ってたのか!?知っててほっといてたのかよ!!」
「うるせえよ。ギャンギャン騒ぐなクソガキ」
ダン、と体育館の床に無造作にシューズを投げ出して、エースが吐き捨てた。
「…エース」
「元々その程度の意識だったってことだろ。勝つためには必要ねえ。そもそも対して戦力になるような奴らじゃなかったんだし」
「…そういう問題じゃねえだろ。ハンドはなあ、7人いねえとできねえんだぞ!練習だってセット組んで6−6やれねえんだぞ!!必要ねえとかお前が決めんな!!」
「る、ルフィ、」
「お前の意見は聞いてない。あいつらはやめた。あいつらがいなくても勝てる。事実。以上。あとほかに何かあんのか?」
「仲間じゃねえか!!何とも思わねえのかよ!!」
黒地にオレンジのラインが鮮やかなインドア用ハンドボールシューズ。その靴ひもを締めていたエースの手が、止まった。
ゆっくりと床に手をついて立ち上がり、ルフィに向き直る。
明らかに怒気を纏って近づくエース。ルフィの後ろでウソップとチョッパーが震えあがるのに、ルフィは微動だにせずそれを待つ。
頭一つ分下。見下ろした先のルフィの眼が、怒りとそれ以上の何か強い感情に艶々と光るのを見て、舌を打つ。
この瞳が嫌いなのだ。自分がどんなに威圧しても揺らがない、この強い瞳が。
「…てめえのそういう甘っちょろいとこが腹立つんだよ。」
「エース、やめろ」
「勝ってナンボの世界だろうが。結果だしてから仲間だなんだと群れんのは構わねえけどな、中途半端な覚悟の奴らに仲間気取りで同じステージに立たれるのは迷惑だ。」
「中途半端?なんでお前がそれを決めんだよ。足りねえとこは補って、欠けてるとこは誰かが埋めて、そうやって勝ってけばいいじゃねえか。だから練習すんじゃねえか!」
「そういうとこが甘えって言ってんだ。そうやってどんだけの時間を無駄にするつもりでいんだよ!」
「エース」
静止しようと肩にかけられたサボの手を振り払う。そのままルフィの胸ぐらを掴んで引き寄せた。さらりと前髪が揺れても、その瞳は怯えも恐れも滲ませない。胃のあたりにまた不快な熱が溜まるのが分かる。
「……この際だから言ってやる。おれは一人でも勝つ。なんならお前らは人数合わせだけしてくれりゃいい。上まで連れてってやるからよ」
「―――お前何様のつもりだよ」
「あ?」
「何様だって言ってんだ。一人で勝てるつもりでいんのかよ。馬鹿じゃねえの!!」
「…んだと…!」
「エース!!ルフィも、いい加減にしろ!!」
今度こそ、サボはエースの肩を両腕で抑え込んだ。それでもお互い視線を逸らさず、睨みつけたまま張りつめた空気だけが残る。
ルフィの胸ぐらを掴んだままのエースの腕を、横から掴む掌があった。
「…離せ。それ以上ルフィに手荒な真似したら、おれも遠慮しねえ。」
ゾロが、眼光鋭くエースを睨みつける。その一歩後ろで、サンジもいつでも動き出せるように立ち上がっている。
「ゾロ、サンジ余計なことすんな」
「知るか。いくらお前でも黙らねえよ」
「―――ゾロ。おれはやめろって言ってんだ。」
視線も逸らさず、ただ一言。
ルフィの低いそのただ一言で、ゾロは苦々しげに舌打ちしてエースの腕から手を放した。
胸倉を掴みあげるエースの手を、自分自身の手の甲でひとつ叩き払って、ルフィは踵を返した。
むき出しの敵意でこちらを睨みつけるゾロとサンジの間を、凛とした背中が通り過ぎてゆく。
自分の手を振り払って離れていった彼の、最後の瞳の残光がいつまでも網膜に残り、エースの胸にまた波を立てた。
******
「――らしくねえなエース。どうしたんだよ、あんなムキになって」
「……嫌いなんだよ、アイツ。」
「ルフィ?」
「名前も出すな。胸糞悪ィ」
そう吐き捨てて、エースは噛んでいたアイスの芯を思いっきり草むらの向こうに投げ捨てた。
ポイ捨てするんじゃありません、とすかさずサボに一発くらうが、ボールを投げに投げて鍛えた肩での一投。河川敷を越え川にも届こうかという勢いで飛んで行ったその姿は、すでに見えはしない。
「わっかんねえなあ。素直でいい子じゃん。仲良くしてれば懐いてくれるし、可愛い後輩じゃないの」
「お前趣味悪ィな。溜まってんのか?」
「おめーと一緒にすんなバーカ」
「こっちのセリフだバーカ」
理由なんかこっちが知りたい。エースは苦々しく胸の内で呟いた。
とにかくあの瞳が気に食わないのだ。あの妙にキラキラと強く光るあの瞳。
かと思えば同学年の奴らと無邪気にじゃれていたり、サボやシャンクスやベンにころころと纏わりついては頭を撫でられて満足げにしている。
「……嫌いなんだよ。ああいういかにも、『愛されて育ってきました』みたいな奴。」
「……。」
(…おれには、嫌いになる理由を探してるように見えるけど。)
だがサボはそれを口には出さなかった。言えば余計に意地になるのが目に見えているからだ。
気に食わないと言いつつも、プレーヤーとしての彼の力を大いに認めているのは確かなのに、何とも面倒臭い男だ。我等が「エース」は。
「…まあ、合わないなら合わないでしょうがねえけどさ。真面目な話、ハンドはハンドだ。3年生が抜けた以上あいつらには頑張ってもらわなきゃなんねえんだし、ルフィのセンスは正直戦力としてデカい。」
「…んなもんなくても」
「意地になるなってばエース。あいつはホントの意味でお前と同じ次元で戦える奴だ。ずっと探してたはずだろ?ジュニア選抜の時からずっと。」
「……。」
「おれは忘れない。中学の時の選抜で、お前があの未熟なチームの中でどんだけもどかしかったか。どんだけ悔しい思いしたか。」
「……待ってたんだろ、ずっと。お前の『最高』に着いて来れる奴を。お前のとこまで飛べる奴を。」
片膝を抱えた両腕に口元を埋めて、前を見据えたままエースは動かない。
その眼はいまだ遠くを探していた。いや、見極めようと揺れていた。求めたものが、焦がれたものがそこにあるのかどうか。
サボにはわかっていた。彼がこんなにも頑なになる理由を。期待して期待して破れた時の虚しさを、嫌というほど知っていることを。
エースは紛うことなき「エース」だ。
ハンドボールにおける絶対のエースポジション。もっともシュートに有利なポジションを、「左45度」と呼ぶ。
そこに絶対的に君臨する、「エース」。
次元の違う高さでボールを掻っ攫い、圧倒的なパワーでゴールに捻じ込むシュートは、キーパーの戦意さえも削ぐ。ディフェンスなど意にも介さない、破壊的なまでに完璧な攻撃。
だが、ハンドボールの特殊な点は、他の接触スポーツにはまれにしか見られない、「ゾーンディフェンス」が主流であるということだ。これが何を意味するか。
圧倒的な「エース」は、徹底的に潰される。
ディフェンスに囲まれ、壁を作られ、たった一人マンツーマンでマークされ、オフェンスの流れから閉め出される。
「エース」に得点力を依存しきったチームは、これで潰れる。
彼を生かす、彼と同じ次元の危険性を持つプレーヤーがコート上に存在しなければ、「エース」は生きない。ハンドボールは、その特殊な守備体系を取るが故に、他の競技に比べてもはるかに残酷なスポーツだった。
苦しむエースを、サボはずっと見てきた。
自分なら彼に着いていけると思った。彼と同じレベルの危機感を持たせるプレーヤーになろうと、彼と対になるポジションである「右45度」にこだわった。右利きのプレーヤーには、ゴールに対する角度、距離からして高度なシュート技術が求められるポジションだったが、それがやりがいでもあり、性に合ってもいた。
しかし。
コートの中心に立つ、「センター」と呼ばれるポジション。
最もボールに触る頻度が高く、またオフェンスの中心に位置することからパスコースの選択肢も多く、パスの精度、判断の速さ、そして視野の広さを求められ、さらに一定以上のシュート力も求められる。両45度を両隣に控えるポジションであるが故に、彼がディフェンダーを引き付けられないこと、それはイコール両45度の選手を潰すことに直結するからだ。
これが、サボにも埋められない決定的な欠陥だった。
左45度、右45度、そしてセンター。
フローターと呼ばれるこの3ポジションのバランス。それが、エースとサボの突出した能力故に手に入らない。そしてそれが埋まらないフラストレーションが、エースのもとから仲間を遠ざけ、また彼自身が他を遠ざける原因となっていた。
だが、
(……ルフィならやれる。あいつなら最高のセンターになる。)
キャリアは浅いが、持ち前の運動能力の高さと動物的なまでのセンスで頭角を現したルフィ。
彼がこの部の門を叩いた時の、胸が躍るような気持ちをサボは今でも忘れない。
体験入部の名目で、新入部員の力量を試すために顧問のシャンクスが誂えた3対3のミニゲーム。小柄な体で、自分たちよりも一回り小さな手のひらで、彼はまるで自分の体の一部のようにボールを操った。しなやかな腕はパワー不足を補うようにボールに回転と速度を与え、その軽やかな身体はいとも簡単にディフェンスを潜り抜け、
そう、そして忘れもしない。
目の前に立ちはだかるディフェンスの壁を超えて、ルフィは翔んだ。
まるで羽でも生えたかのような軽やかさで、ルフィは高く高く翔び、壁の上、その指先から、鮮やかにシュートを放った。
俗に「流し」と呼ばれる右上のゴールゾーン。美しくすらある直線の軌跡を描いて、ボールが吸い込まれていった。ディフェンスの誰一人として不可触の、キーパーですら一歩も動けないほどの、完璧なシュート。
すと、とバランスの一つも崩さず地上に降り立ったその姿を、隣でエースが食い入るように見つめていたのにサボは気づいた。
ああ、エースと同じ次元で、同じ高みへ翔べる奴が現れた。そう思った。
だから。……なのに。
「……なんだってお前は」
「うるっせえな。しょうがねえだろ。合わねえもんは合わねえんだよ。イライラすんだよあいつの能天気なカオ見てると!」
はああ、と盛大なため息をついたサボに嫌気が差したのか、エースはさっさと立ち上がって自分の自転車に向かって土手を登り始めた。
その背中に向かって、サボは最後に声をかけた。
「……エース。お前、ルフィの裸足見たことあるか。」
「は?あるわけねえだろんなもん、」
「お前とおんなじ足してる。アイツ。」
堤防の上で、エースは足を止めた。街灯を背負っているせいで、サボにはその表情が見えなかったけれど、彼は確かに、サボの次の言葉を待っていた。
「……跳んで、走って、拇指球に何度も豆作って、潰して、ガチガチに固くなってる。親指の爪が真横に割れて、剥がれて。痛いだろうに、我慢して、伸びてくるのも待たずに負荷かけるから、どんどん短く硬くなって。」
「……、」
「似てるよ、お前ら。ハンドが好きで好きで、勝ちたくて、もっと高く、もっと強く、もっともっとって。」
風が吹いた。
サボとエースの制服の襟を、揺らしていった。
「……朝、体育館行ってみな。あいつ、毎日一人でシュート練してる。」
エースからの返事は、なかった。
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