(稲妻)
「月、綺麗だなー」
いきなり聞こえた声に驚いてビクッと肩を揺らした。こんな時間に、なんで、と。振り向かずとも声だけで分かった後ろにいるであろう相手。ゆっくりと顔だけ向ければ、あんぐりと口を開けて、それはもうアホ面という言葉が似合うアホ面で暗い夜空を見上げている円堂がいた。
「……何してんの」
「トイレ行ったらさ、人影見えてさー!本当ビビった!」
その人影とはまさか俺のことだろうか。ビビったって、ビビったとはつまり、あれか。所謂視える人には視えて、視えない人でも極稀に視れるかもしれないっていう。
そんなことを考える俺を余所に円堂は階段へ座った俺の横へとやって来て腰を下ろした。
「何してたんだ?」
「んー?幽霊ごっこ?」
「なんだそれ!」
「円堂が見間違えるからだよ」
笑いながら、悪かったという気持ちの込もっていない謝罪がきた。別に怒っているわけでもないからいいのだけれど。
「はあー…まあ、で、結局何してんの?」
「寝れないからなんとなーくボーッとしてただけ」
何がそんなに面白かったのかは分からないけど、あらかた笑い終わった円堂は目尻に溜まった涙を拭いながらもう一度聞いてきた。本当、ただ寝れないだけ。何なのかな、あの、寝たいのに寝れないあれ。寝よう寝ようと思えば思うほど目が醒めるあれは。
「……」
「なに、円堂」
「んー」
じっ、とこちらを見てくる円堂。問い掛けても返事にならない声を漏らして首を傾げるから俺も首を傾げる。
すると突然立ち上がった円堂が、階段を数段かけ上がった。な、なにごと、と驚く俺を余所にそのまま、そこから視界に入るもの全てを見渡して、最後にばちっと俺と円堂の目があった。
「月が、綺麗だ!」
「あ、うん、さっきも聞いたけど」
「緑川と月一緒に見るともっと綺麗だ」
「円堂眠いんだろ?俺に付き合ってなくていいから早く寝なよ」
俺も部屋に戻るから、と立ち上がり円堂へと近寄る。というか、さっきから円堂大声で喋りすぎててそろそろ監督とか見回りに来そう。出歩いちゃダメなんて言われるわけではないけど、なんかこう、会いたくはないな。
「なんだ、緑川なら知ってると思ったんだけどな」
「なにを?」
「月が綺麗、ってやつ」
ああ、それ。っていうか円堂はそれ言ってたのかと小さく溢れた声は聞こえたらしくバカにするなよ!なんてまた大声。
「じゃあ誰がどういう意味で言ったか分かる?」
「もちろん!えーっと、確かお札の人、……千円札の人が、あいらぶゆーをそうやって訳した!」
「それは二の次三の次でまず千円札が誰かを覚えようよ……しかも前のだし」
どちらが大切かと言われたら考えずとも分かるだろうに。どうでもいい、というかあまり使わないであろう雑学のほうが覚えやすいのは否定しないけど。
「だから、月が綺麗だな!」
にっ、と笑った円堂。ああ、そう。その意味をあっちもこっちも理解したあとに言われると少し、どころか結構恥ずかしい。というか少し違うけど、意味的には一緒だからそういうことになるんだろうか。
そっと目を反らして、1つ思い出す。確か、こういうのもあったはず。
「俺、死んでもいいわ」