「「なまえちゃんおりますかー」」

 10月5日火曜日。昼休みの真っ只中。ガラガラッと教室のドアが開くとともに、君ら打ち合わせしたんかと突っ込みたくなるくらいのドでかいユニゾンが響いた。我が稲荷崎高校の生徒でこの二人を知らない者はまずいないだろう。相変わらず派手な金髪と銀髪の双子のご登場は、教室中の注目の的だ。
 
「……なまえちゃんは今お取り込み中なんでまたにして下さーい」
「「あ、おった」」

 声のした方に背を向けたままシッシと手を振る。まあ、こんなことをしたところで、あの二人は余裕で中に入ってくるだろう。彼らはまだ二年生で、ここは三年の教室だというのに。我が物顔でズンズンと足を踏み入れてくる様を横目で見ながら、良い意味でも悪い意味でもこの子らはホントに肝が据わっているなあと思った。さっき購買で買ったミルクティーをストローでちゅーちゅーと吸いながら、わたしの机のそばまでやって来た双子の顔を見上げる。

「なまえちゃん、ちゃんと約束覚えてるやんな」
「……んー……なんやっけ?」
「惚けてもムダや。昨日ラインしたあとちゃーんと既読ついたん確認したわ」
「え……あれ約束したことになるん? てか何で二人はバリバリタメ口なん。別にええけども」
「なまえちゃんはマネ辞めた日からもう先輩やのうて友達やし」
「なんと」

 侑によると、わたしは双子の部活の先輩から友達へキャリアアップ? ダウン? したらしい。まあ、彼の言うようにわたしは今年のインターハイ後に進路の関係で部活を引退させてもらった身であるから、先輩というよりも……いや、それでも先輩には変わりないと思うけど。部活辞めたら友達って何や。どういう理論や。
 ただ、そこを下手に突っつくとまたややこしいことになりそうなのでやめた。わたしが引退する時も二人とは相当揉めてしまったから、双子の面倒臭さはよく身に染みている。とくにこの侑の方。

「……なまえちゃんは情に厚い女やって、北さんも言うてはってんけどなあ」
「こら治、北くんの名前出すんは卑怯やで」
「北さん、なまえちゃんには絶大な信頼を寄せてたしなあ。いまだに名前よく出してはるし」
「治」

 治がチクチクと甚振ってくる。涼しい顔して割とやることえげつないのが治だ。だぶついたカーディガンの袖を女子みたいに弄りながら目も合わさずに告げてきた。いや、治もやっぱええ性格してると思う。さすが双子。

「……でも、辞めたのに何度も顔出すのは気ひけるやん」
「俺らが許す」
「い、いや、二人がよくても、……ほら、他のみんなはさ、良く思わんかも」
「なまえちゃんは自分の立場わかってなさすぎや」
「立場って」
「「バレー部のマドンナ」」
「…………いやいやいや」
「まあ辞めたから元、がついてまうけど」

 二人揃ってドヤ顔で言われて、照れる通り越して全身が痒くなった。もちろんそんな自覚はないし、あったらあったでキモすぎる。
 そもそも、二人がこうして詰め寄ってくるのは今日が初めてじゃない。実は先月も今回と同様、「他校との練習試合の日だけマネージャーとして手伝いに来て欲しい」と頼まれたのだ。前回は主将の北くんからどうしても人手が欲しいと言われたので、渋々ながら頷いた。「さっさと辞めたくせに」と後ろ指をさされるのに怯えながらコソコソと赴いたのだが、結局この双子に散々騒がれたので無意味だった。まあ、あれはあれで楽しかったし、北くんや顧問の先生にも感謝され、他の部員にもとくに嫌な顔はされなかったので良かったとしても、今回もまた同じようにとはいくまい。
 しかも、今回持ちかけられているのは春高前の大事な遠征試合だ。半日どころでは済まない。

「でも無理やって、流石に」
「北さんもOK出してんのに?」
「……え、嘘やん。この前北くんに「そろそろ双子は乳離れさせなあかんな」て言われたでわたし」
「いや乳離れてなんや!俺らなまえちゃんの赤ちゃんとちゃうわ!」
「なまえちゃんの……それはそれでなんか興奮するわ」
「治」

 悪ノリする治の腹をべし、と叩く。しかしノーダメージだ。治は表情を変えず、机の上にあったわたしのミルクティーを無言で攫ってちゅーちゅーと飲み出した。……あかんこの子、ほんまに自由すぎて涙出てくる。

「いや、ともかく! ごめんけど遠征は無理!」
「……俺ら今日誕生日やのに」
「……それは昨日ラインで先にお祝いしたやん。……プレゼントもあるよ、ほら」
「「え、まじ」」
「それ持ってはよ教室戻り。あと五分で予鈴鳴るで」

 机の横に掛けてあった鞄から、ゴソゴソと二つの包みを取り出す。二人のために選んだのは確かだが、別に大したものじゃない。500円くらいのヘアピンだ。侑にはポムポムプ◯ンのモチーフが付いたやつで、治にはポ◯ャッコのやつ。我ながら中々のセンスだと思う。カラーリングとか、この二人にそっくりだ。……奇しくも、赤ちゃん用のピンだけど。

「「めっちゃかわええ」」
「綺麗なユニゾンありがとう。……まあ、それをわたしやと思って、遠征試合頑張ってな」
「それとこれとは話がちゃうわ。ポムポムプ◯ンはポムポムプ◯ン以外の何者でもあらへん。なあ、ほんまにお願いお願い!可愛い後輩の頼みやん!」
「ツムの言う通りや。ポ◯ャッコおってもしゃーないねん。なまえちゃんがおらな頑張れへん」

 左右それぞれ違った分け目に、可愛いらしいヘアピンを付けて詰め寄る双子。ギャアギャアと騒ぐ姿は本当に、大っきい子どもみたいだ。……うーん、なんせ可愛い。その辺のギャルよりずっと可愛いと思うしほんのちょっとだけ心が揺れたけど、それこそ、それとこれとは話が違う、というやつだ。
 うーんと悩む素振りを見せたのが悪手だったのか、二人が手を握ってくるわ肩を揺らしてくるわ髪をいじってくるわでえらい目にあっている。流石に周りのクラスメイトも二人の奇行にはドン引きだ。誰もわたしの席に近づこうとしてこない。

 さてどうしたもんかと考えていると、突如、背後から神々しい気配が舞い降りてくる。──ああ、これは。


「騒がしいと思たら、やっぱお前らやったんか」
「「ゲッ!!!」」
「北くんや!」


 北くん、いや──北様だ。
 北様が降臨なされた。彼は二人の天敵というか、まあ、味方なんだけども、この双子が唯一逆らえない存在なのである。北様の登場に、今の今までわたしに纏わりついていた二人の身体がバッ!! っと勢いよく離れて、やけに姿勢良く起立する。さすが北様だ。

「なんやお前ら、えらい可愛らしい頭して」
「めっちゃ似合うやんな。今わたしがあげてん」
「……ああ、そういえばお前ら今日誕生日か。おめでとさん」
「「あ、あざーす!」」

 北くん、隣のクラスなのに。騒ぎを聞きつけて来てくれたのだろうか。とても有難い。わたしじゃ二人を言い負かせないし、何やかんや結局甘やかしてしまうところがあるから、北くんがハッキリ言ってくれさえすれば、この状況を乗り切れるだろう。

「あんな、二人がな、また遠征来て欲しいって駄々こねてくるんよ」
「そうなんか? 無理強いはあかんな。……まあ、なまえが来てくれたら正直俺も助かるけど」
「え"」
「お前がおってくれた方が、俺も頑張れるしな」


 北くんがわたしを見て、にこ、と微笑んだ。
 まあなんて、美しい爆弾なのだろう。


「……やば! 北さん、めっちゃナイスや!!」
「今絶対「とすっ」て音聞こえたし。ハート射抜かれた音や。なまえちゃんときめいた音や」

 双子も最初はポカンとしていたが、思わぬ援護射撃を受けたせいか、ますます調子に乗り出した。わたしはいまだ唖然としている。

「……でもお前ら、さすがにタメ口は許されへんで。なまえちゃんやのうてなまえさん、やろ」
「「なまえさん!お願いします!」」
「あとあんま上級生の教室で騒ぐな。あとは俺が話しといたるから。早よ自分の教室戻り」
「「北さん!あざす!!」」

 バッ!と綺麗に頭を下げ、双子はあっというまに教室を去っていった。予鈴まであと1分。ギリギリのところで双子からは解放されたけど、結局、問題は解決していない。それどころか、さらに悪化しているような気がしてならない。

「なまえが遠征参加してくれるように口説くのが、俺からアイツらへのプレゼントやな」
「…………乳離れは」
「ま、あと半年先までええやろ」

 それってわたしらの卒業までやん。
 思わず突っ込むと、後輩たちにはめったに見せない顔で笑う北くんがいて、結局わたしの天敵もこの人なんだよなあと打ちのめされてしまった。


10月5日

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