(1)


「どうして二人と遊んじゃいけないの?」

 ただ、純粋な疑問をぶつけた。
 母は困惑顔で言葉を詰まらせた。



 母はなまえがいつも家でダラダラとゲームをしていたら「あんたたまには外で友達と遊んできなさい」となまえの尻をひっぱたいてくるような人だった。そう言われても、なまえは友達作りというものが究極に下手くそで、学校にそんなものは一人もいない。それを知らない母は、いつもなまえの心を抉るようなことを言った。
 しかし、なまえの精神は図太かった。友達がいなくたってそれなりに上手く世を渡り歩いていたし、別に不自由だと感じたこともない。それに、友達はいなくても彼氏ならいた。なまえは存外モテる女だった。クラスの誰とも喋らないしニコリとも笑わない、クールな一匹狼風なのが一部の層にウケていたらしい。今の彼氏もアッチから告白してきたのでまあ付き合ってやらんこともないかな? という上から目線で交際している。まあ交際といっても、小学五年生同士のお付き合いなんてやることはたかが知れている。
 今日も今日とてなまえは母に家から追い出されたので、その彼氏の家でおやつを食べながらゲームをすることにした。因みに母には彼氏の存在を秘密にしている。その方がなんか大人びているからだ。
 なまえは当時11歳にして既にマセにマセたクソガキだった。キスもエッチもまだ未経験だが、キスぐらいはそろそろしてもいいかななんて思っていたりする。

 そんなマセガキ道まっしぐらのなまえの前に、突如として現れた金髪の男の子二人組。彼氏の家に向かう途中にある公園にその二人はいた。なまえより大分背が高いところを見ると、おそらく年上だろうなということはわかる。そもそもなまえの通う小学校に、あんなにイケてる男の子はいない。
 ……わあ、すごい。金髪だ。三つ編みとお団子。え、ピアス空いてる。すごい。なまえが興味津々でその風体を眺めていたら、二人のうち髪の長い方が「あ?」とガンを飛ばして近寄ってきた。なまえは図太い女なのでとくに怯えることもなく、その男の子とばっちり視線を合わせた。

「お前なに。どこん家の子?」
「ん? なまえだけど。おうちあれ。あのぴょんって空に突き出てるやつ」
「…………………億ションじゃねーか」
「おくしょん? なにそれ」
「つまり金持ちってこと」
「ロッポンギに住んでるひとはみんなお金持ちだってママがいってたけど」
「っはは。間違いねえー」

 馬鹿にするみたく笑われた。
 でも、目は全く笑ってなくて、すごく感じの悪い笑みだ。

 二人は灰谷兄弟といって、この六本木を仕切っている不良なのだそうだ。言われてみれば確かにガラが悪い。そして二つ年上のお兄さんらしい。名前はランとリンドー。じゃあらんちゃんとりんちゃんって呼ぶ、と言ったら二人は特に嫌な顔もせずOKしてくれた。ノリが軽い。子どもなんてあだ名で呼び合えば皆友達だ。
 らんちゃんとりんちゃんは今このあたりを好き勝手してる不良チームの動向を探っているらしい。なまえもそういう人物に心当たりがないかを聞かれたのだが、何せ小五にして既に超インドア派のなまえであるから、この辺りの治安事情など全く存じてはいなかった。素直に「ぜんぜんわかんない」と首を振ると、らんちゃんは特に興味のなさそうな顔をして「ふーん」と呟いた。多分、一応聞いてみただけって感じだろう。

「つーかお前どこ行くの」
「うん? カレシんちでゲームしようとおもって」
「彼氏ィ? お前見かけ通りマセてんなー」

 らんちゃんがハハッと嘲笑うような表情でなまえの髪を雑に撫でてきた。なまえの髪はらんちゃんと同じくらいの長さだが、一度も染めたことなどないので、脱色を繰り返してきたであろうらんちゃんのそれとは艶感が全然違っていた。
 子ども特有のツヤツヤとした細い髪は触り心地が良いのか、らんちゃんはその後しばらくなまえの髪を弄っていた。気づけばらんちゃんと同じ三つ編みにされていて、その出来栄えと器用さになまえは少し感動した。母よりよっぽど上手だ。

「なぁ、彼氏より俺らと遊んだ方が楽しくね?」
「え、そうなの?たとえばどんな?」
「なまえの金でゲーセン行ってマック行ってカラオケ行ってプリ撮る」
「えー?なまえにたかるつもり?」
「オマエ小五のクセに集るとかいう言葉知ってんのな」
「ママがもしたかられたらソイツはクズだと思いなさいっていう」
「確かにクズには違いねーウケるー」
「らんちゃんとりんちゃんもさてはクズ?」
「クズだけどカッコいいし優しいし喧嘩強いし一緒にいて楽しいクズだよ」
「…………んーだったらいいか」
「おっしゃきまり」
「…………おい兄貴、さすがに小学生連れ回すのはヤバくねぇか?コイツなんか箱入りっぽいし」

 なまえがあれよあれよとらんちゃんのペースに乗せられていると、最後の最後でりんちゃんが口を挟んできた。「大丈夫だろ。コイツ小五に見えねーし」とらんちゃんが言い返したので、りんちゃんはそれ以上何も言わなかった。やはり兄であるらんちゃんの意見が強いらしい。
 なまえは一人っ子なので兄弟間のヒエラルキーというのがどのように形成されていくものなのかは想像出来なかったが、らんちゃんは割と強引なところがあって、りんちゃんはそれに引っ張られている、という雰囲気に見えた。ただすごく仲は良さそうだ。似たようなファッションをしているし、気怠い無表情なんかがソックリである。

「んじゃーなまえは俺のバイクの後ろ乗って」
「……へ、バイク?!」
「ん。ノーヘルだから落ちんなよ。死ぬぞ」
「ええ……」

 そもそもバイクって中学生が乗れるものだっけ? という疑問がなまえの頭の中に浮かんだが、二人の扱い慣れた様子を見るに不良の間では常識なのかもしれないと思った。
 不安とかは別にない。今まで出会ったことのない人種との邂逅に、なまえの胸はワクワクと踊るばかりだ。らんちゃんに抱っこされてバイクの後ろに乗せられると、ものすごくいい匂いがした。らんちゃんは香水を付けているのかもしれない。ママが好きで集めているのは見ているけど、アレって男の子も付けていいものなんだ。
 とにかくなまえの目にするもの耳にするもの全てが未知の領域で、心がざわざわと震えた。バイクのエンジンがかかり、百メートルほどの直線道を駆け抜けていく。風を切って走るそれは、なまえをどこまでも果てのない場所へ連れて行ってくれるような気がした。

「つーかなまえ毎月いくら小遣いもらってんの」
「三万円」
「…………こんのクソガキ」

 振り向いたらんちゃんに頭を小突かれた。なまえは聞かれたことを言っただけなのに。これがリフジンというやつだろう。


***




「あんたもうあの二人と遊ぶのやめなさい」

 灰谷兄弟と出会った年の冬のことだ。
 暖かい部屋のソファに座ってカップのアイスクリームを食べていていたら、母が突然そんなことを言ってきた。最初はハイハイと聞き流していたなまえも、二人がどれほどイかれてるだとか危険だとかあることないことを言い連ねる母に対して、ふつふつと反抗心が芽生えた。そして、先に言ったあの率直な疑問をぶつけたのだ。

 母は困り果てた顔をした。「なんでわからないの? 」と呆れているようでもあった。そもそも、なまえに友達を作れといったのは母だ。なまえが外に出かけるようになってからしばらくは機嫌良くなまえを送り出していたというのに、なまえが良く話している「らんちゃん、りんちゃん」という二人が年上の男で、しかもこの区画では悪名高い不良ということを知った途端、母の態度が急変したのである。
 まあ、確かに二人の素行が悪いのは認める。無免許でバイク乗り回すわ煙草は吸うわ喧嘩はするわ学校をサボるわで、なまえのいる小学校に二人がやってきたときは、学校中で問題になった。そのせいで母も二人の存在を知ることになったわけだが、その時だって二人は別に学校で悪さをしたわけじゃない。なまえを迎えにきただけだ。
 その日初めてなまえは母と喧嘩をした。そしてなまえは迷わず家出の決意をした。行く宛はもちろん二人のところだ。お金と携帯だけ掴んでコートのポケットに入れて、母が風呂に入って油断をしている隙にこっそりと家を出ていった。正直めちゃくちゃ楽勝だった。今までさんざんイイコにしてきたなまえがまさか家出を企むなどとは夢にも思わなかったのだろう。
 マンションのエントランスにいるコンシェルジュのお兄さんに「どこへ行くの?」と声をかけられたから「ママに頼まれてコンビニ」と一万円札をひらつかせて伝えておいた。これで暫くは怪しまれない筈だ。メールより電話が早いので、どちらにかけるか迷ってナマエは結局蘭の方に電話をかけた。それは三コールほどで繋がって、事情を話せばすぐに今居る場所を教えてくれた。やはりこういう時は蘭の方が話が早い。竜胆は割と心配性で、遅い時間まで二人と遊んだときは必ず竜胆の方から「それそろ帰れ」と声を掛けてくる。
 蘭がワガママな彼氏で竜胆が優しいお兄ちゃん、というのがしっくりきた。まあ、二人は仲の良い友達でしかないけれど。

 なまえが家から十分ほど離れた場所にある公園までいくと、いつものように蘭がバイクで迎えに来ていた。「りんちゃんは?」と聞くと「家でなまえの寝床作ってる」と言われた。なんか、何となく、ペットを預かるみたいな物言いだなと思った。
 そのあと二人の家の近くにあるスーパーで必要な日用品を買ったりおやつを買ったりしていた時に蘭が「なーオマエもう生理きてんの?」と不躾なことを聞いてきた。なまえは若干引き気味に「う、うん」と答えたが、蘭はそのあと何でもないような顔をしてアイス売り場に向かったので、なまえも特に気にせずその後ろをついていった。もしここに竜胆がいたら、蘭の今の発言を咎めていたかもしれない。蘭は一人だとどこまでも蘭だった。
 二人の家にお邪魔すると、まあ当然のように両親の姿は見当たらなかった。何をしている人なのかを聞いても「知らねー」と濁されたので、あまり聞いてはいけないことだったのかもしれないと思い、なまえはそれきり口を慎んだ。
 竜胆がなまえの寝床を案内してくれて風呂やトイレの説明をしてくれた。冷蔵庫も好きに使っていいけど中に入ってる飲み物には絶対に触るなと脅された。何が入っているのかすごく気になる。しかしお世話になる身なので大人しく言うことを聞くしかあるまい。

 そうやってぬるりと始まった蘭と竜胆との共同生活は、なんと三日目の朝に呆気なく幕を閉じた。学校をサボって母からの連絡を一生無視し続けていたのが災いしたのか、発狂した母が警察に捜索願を出した上でなまえの携帯に入っていたGPSで居場所を特定され、自宅へと強制送還されたのだ。母に腕を引きずられながら泣き喚くなまえに、蘭と竜胆はゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。その後三人とも警察にこっぴどく叱られた。警察のひとは蘭と竜胆のことを既に存じていたらしく「またお前らか」みたいな顔をしていた。なまえの母も「娘さんのことちゃんと見とかなきゃ」と叱られていた。なまえはずるずると鼻水を垂らしながらざまあみろ、と母を睨んだ。
 そんなことがあった手前、なまえは簡単に外出できなくなってしまった。常に母の目がギラギラと光っているからだ。普段は優しい父にも今回の件については延々と説教をされ、しばらく小遣い抜きという実刑判決をくらった。蘭と竜胆からお誘いのメールが来ても「お金がないし外に出れません」と返すしかなかった。「(笑)」とだけ返ってきたのがめっちゃムカついた。
 まだやり取りを続けているのが母にバレないように二人の登録名を変えたりもしたけど、母はなまえを全く信用していなかった。彼氏と電話をしていたら必ず部屋を覗きにくるし、テレビで話題になっていた不良漫画を読んでいたら何故か逆上した母に全部取り上げられて捨てられた。一応言っておくが、これは別に母を煽るためにやったわけではない。
 日を追うごとに母との関係は悪くなる一方で、なまえは次第に母の言いつけを全て無視するようになっていった。今までは毎日母に選んでもらっていた服を着ていたが、お小遣いで好きな服を買ってそれを着るようになった。お人形みたくパッツンに切られていた前髪もヘアピンで止めておでこを出した。毎日学校から教科書を持ち帰るのをやめたし、習い事のピアノも自分で勝手に電話して休んだりした。
 そうやって少しずつ、なまえは変わっていった。

 そしてある日。なまえはとうとう学校をサボって蘭と竜胆に会いに行った。言いつけは守らずとも学校にはちゃんと通って真面目に授業を受けていたので、母は少しだけ油断し始めていた。そんな隙を狙ってやってやったのだ。
 アポ無しで蘭と竜胆の家を訪れると、二人は普通に家にいた。前に本人たちが言っていた通り、中学にはほとんど行っていないらしい。そもそもこの二人が制服を着ている姿をなまえは見たことがなかった。いつもの三つ編みとお団子ヘアーをバッチリ整えた二人は、警察に注意を受けたことすら忘れて全く何事もなかったように、なまえを部屋に招き入れてくれた。

「おーなまえ。監禁生活もやっとおわり?」
「ううん。ふつーにバレたらやばい」
「オマエホント愛されてんなー。またこんなとこ来たらママとパパが泣くぜ?」
「そんなんざまあみろだよ。……なまえはパパとママのお人形じゃない!」
「ソレ昨日のドラマの台詞じゃんウケる。……つーかさー、悪りぃけど俺らこれから出かけるんだよねー」
「え? どこに?」
「ンー、お子ちゃまには言えないようなアブナイとこー」
「……兄貴、遊んでないでそろそろ行こう」

 うりうりと頭を撫でてふざけてくる蘭の手を避けていると、少し固い表情をした竜胆が蘭を咎めてなまえの横を通り過ぎた。──そういえば、今日はまだ竜胆とひとことも話しをしていない。纏う雰囲気が何だかピリピリしていて、いつもの竜胆じゃないみたいだ。胸にふと湧いた違和感になまえはうん? と首を傾げながら、竜胆の背に向かっておずおずと声を掛けた。

「……ねえりんちゃん、どこいくの?」
「……内緒。なまえは親にバレない内に早く学校行けよ」

 やや間があってから、竜胆は振り向きもせず淡々とした口調で答えた。なまえはそこで確信する。やはり竜胆の様子が変だ。それきり黙り込んだ竜胆となまえに、すかさず蘭が口を挟む。
 
「りんちゃんはねー、ちょっと気が立ってンの」
「どうして?」
「今夜タイマン張りに行くから」
「おい兄貴」

 タイマン、というのは不良同士の一騎打ちのことだ。この前母に捨てられてしまった漫画で見たので知っている。

「ケンカ?」
「そーそー。そいつら倒したら俺ら六本木で覇権取れんの」
「…………つまり?」
「俺らが一番強いってこと」
「わあ! すごい!」

 蘭の言葉に、なまえは無邪気に目を輝かせた。六本木で一番強い兄弟。そんな二人と友達のなまえは、物凄く誇らしい気持ちになるに違いない。抱く優越感は計り知れなかった。二人がいたらなまえはきっと無敵だ。中学になってまた友達が出来なくなったって虐められることはないし、面倒くさい人間関係なども築かなくて済む。母親もいよいよ口を出せなくなるかもしれない。

「ねえ、なまえもいっしょに、」
「駄目だ」

 連れて行って。と言う前に、竜胆によって遮られた。
 やっとなまえの方を振り向いた竜胆は、少し怒ったような表情で見下ろしている。なまえはその目に初めて怯えた。いつもの優しい竜胆お兄ちゃん、じゃない。蘭の言うように、気が立っているというのはどうやら本当らしかった。

「……な、なんで?」
「あ? 危ないからに決まってる」
「でも、せっかくまたあえたのに」
「イイコにしてたらまた遊んでやるから」

 竜胆は少し乱暴になまえの頭を撫でた。蘭はいつものことだが、竜胆についてはこういったスキンシップをしてくるのはかなり珍しく、なまえはきょとんとした。怖い顔をしているけど、触れてくる手は優しかった。そのギャップにくらくらとして、なまえは胸がドクドクと疼くのを感じた。

「ま、さすがに今回は竜胆の言う通りかなー」
「あたりまえだろ。こんなガキ連れて行けるか」
「……りんちゃんとふたつしか違わないのに」
「赤ちゃんとニ歳児の差はデケーの。赤ちゃんは自分で歩けねーけどニ歳児は自分の足で歩くだろ?」
「なまえ小五なんだけど!」
「俺からしたら赤ちゃんもニ歳児も小五もいっしょだわ」

 竜胆の持論はよくわからなかったが、なまえはそれ以上食い下がることが出来なかった。でも、竜胆がいつもの調子に戻ったのでなまえはちょっぴりほっとした。
 どうやら二人にとって、今日は大事な日らしい。不良の喧嘩が実際どういうもなのか興味はあったが、蘭と竜胆の二人がやられている姿というのは全く想像出来なかった。怪我をしている日も確かにあったけど、二人はいつも楽しそうに笑っていた。

「なまえが中学生になったら蘭ちゃんがもっと色んなこと付き合ってやるよ」
「えーたとえば?」
「そーだなー。髪染めたりピアス開けたり刺青入れたり制服改造したり色々?」
「兄貴はなまえを不良にしたいのか?」
「なまえは元が良いし似合いそうだろ。俺たちと遊びたいならそれくらいイイ女になってもらわなきゃさー」

 蘭の言葉に竜胆はちょっぴり呆れていた。イイ女、の定義を蘭に尋ねると、なまえが聞いたこともないような単語たちが飛び交った。竜胆は慌てて蘭の口を手で塞ぐ。「さすがにお子ちゃまにはまだ早いかー」なんて蘭は笑っていたけど、竜胆は何だか必死だった。多分蘭のことだから、教育に悪いことを言ったのだろう。シマリ? がどうとか何か良くわからないことが聞こえたような気がするが、きっとなまえが成長してイイ女になればわかることだと思って深く追求はしなかった。

「ねえ、できるだけはやく帰ってきてね」
「おう」
「イイコで待っててなー」

 それから一緒に家を出て、バイクに乗っていく二人の背中を見送った。
 こんな風に置いていかれるのは初めてて、寂しすぎて泣きそうになったが、蘭と竜胆には二人にしか行けない世界があることを、なまえはちゃんと理解している。
 駄々を捏ねても無駄だ。だから待つしかない。まだ幼いなまえには親という足枷がある。でも、きっと中学生になったって、二人みたいに自由にはなれない。元より育ってきた環境が違うし、なまえだって全てを捨てる勇気などない。
 だからこそ、二人に強く惹かれるのだろう。蘭と竜胆の二人はいつも一緒で、自分の足で行きたい方に歩いている。なまえも早くそれになりたいと、心の底から願った。


 それからややあって、蘭と竜胆の二人が少年院送りになったことを知った。
 二人と頻繁に連絡を取り合っていたなまえの親に警察から連絡があったのだ。なまえは勿論何も悪さなどしていないが、今回の件で父と母からの信用は完全に失った。
 それから間も無く六本木の家を引っ越すことになった。両親は二人と関わりすぎたなまえをどうしてもこの土地から遠ざけたいらしい。六本木のタワマンを売り自由が丘の一等地に戸建てを買った。勿論なまえは泣き喚いて嫌がったが、小学生が親の決定に逆らえるはずもない。中学は校則の厳しい私立中学に入れられて、しかもそこは中高大の一貫校だった。その時点で、なまえの自由意思は完全に剥奪された。しかも携帯を一旦解約された上高校までお預けになったし、月の小遣い制も廃止された。
 しかし、なまえにとって一番ショックで耐え難い出来事は、二人に会えなくなってしまったことだ。少年院からいつ出てくるかもわからない、しかも連絡手段も奪われたとなれば、なまえは自分の足で二人を探すしかない。でも、堂々とそんなことをしたら、また両親が何をするかわからない。金に物を言わせて住居まで変えた親だ。はっきり言ってイカれてる。

 そこでナマエは考えた。
 どうすれば、最短ルートで二人と再会できるだろう。蘭と竜胆は現在六本木でトップクラスの不良だ。年少送りになったものの、その日のことはいまだ伝説として語られている。六本木のみならず、関東中の不良の間でその名が知られているらしい。
 なまえは灰谷兄弟以外の不良と関わる機会なんてなかったが──ツテがないなら作れば良いだけのことだ。自分が探しに行けないのなら、向こうから来てもらえば良い。二人の興味を引くようなこと。ならば、なまえの目指すべきはものは一つだけだ。
 二人が言ったように、二人に釣り合う女になれば良い。


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