すぐに来てほしい、なんて寝起き一番で言われたら、憂鬱な気分になるに決まっている。今日は怪盗キッドとしての仕事もないし、久々にゆっくり眠れる筈だったのに。どうして運命とやらは俺を休ませてくれないのだろう。ふあぁ、と大きく欠伸をして、幼馴染である中森青子に指定された喫茶店へ、俺は足早に向かった。


「あっ、快斗!もう遅いよぉ!隈があるけど、また徹夜してたの?」
「んー…、ちょっとマジックのネタ考えててさぁ」
「キッドじゃあるまいし、やめればいいのに」


だからその怪盗キッドは俺だっての。まったく朝っぱらから元気なもんだ。昨夜も中森警部に追い回されて、ロクに睡眠を取っていない。トリックは見破れないくせに、しつこさは一流なんだよな。どうにか変装して上手く撒いたけど、その頃には日が昇り始めていて。青子に呼び出されたせいで、まともに寝ることも出来なかった。


「それで何の用なんだ、一体」
「ちょっと待って、こっちこっち!」
「だからどうしたんだって言って…、げっ」


青子が駆け寄っていく様子を目で追って、その先にいる人物を視界に入れた瞬間。一気に眠気が覚めた。そう、そいつは仕事先でよく出逢う、俺の天敵。何かにつけて邪魔をして、華麗な計画をぶち壊す。最も出逢いたくない恋人だった。


「お待たせ、蘭ちゃん!コナン君!」


今日は厄日だな、俺。


*****


店員にアイスコーヒーを頼み、とりあえず彼等に挨拶を済ませた俺は、青子から事の経緯を教えてもらった。どうやら青子がひったくりに遭い、その犯人を坊主が見つけ出し、蘭ちゃんが捕まえたそうだ。今回はそのお礼をするためで、俺を呼んだのは、マジックをする友達がいるという話に、蘭ちゃんが食い付いたかららしい。勝手な理由でせっかくの休日を台無しにしやがって。後で覚えてやがれ。


「へぇー、快斗お兄ちゃん、マジック出来るんだぁ」
「でもあまり期待しちゃ駄目よ、大したこと出来ないから」
「その大したことないマジックで驚かされてるのは何処のどいつだよ…」


ボソッと呟いた一言を聞き逃さなかったらしく、鳩尾に青子の肘が入る。いつもながら急所を突くのは青子だけだ。長年の付き合いだからなのか何なのか。餓鬼にまで笑われていることに気付けっての。まったく怒ると見境ねぇんだから。挙句モップなんて持ち出しやがって。店中を駆け回ることになりそうだ。これは逃げる準備もしておかなきゃな、と、思った矢先。流石にこれは不味いと思ったのか、蘭ちゃんがどうにか止めてくれた。青子も店中の静まり返った空気に気付いて、冷静になったようだ。まだ鼻息は荒いけど。


「……本当にごめんなさい」
「いいのよ全然、慣れているから」
「いや本当にごめんなぁ、青子は猪突猛進だ…ぐぇっ」


先程と同じところにヒットし、思わず腹を押さえる。だがそんな俺を青子は気にもせず、何かを思いついたように満面の笑みを浮かべた。


「そうだ、このあと買い物に行かない?青子いい店を知ってるんだけど」
「あたしは暇だから行けるよ、コナン君は?」
「僕はいいや、友達と遊ぶ約束があるし」
「そうなんだぁ…、じゃあ快斗、コナン君を家まで送ってあげて!青子は蘭ちゃんと一緒に行くから!」
「お前よぉ、朝っぱらから呼び出しといて…」
「いいよね」
「……はい」


*****


青子の気迫に押されて承諾したのはいいものの、相手はいけ好かない野郎だ。どう接するか悩みどころだな。顔を合わせるのはいつも舞台上だし。変装しているから役に成りきれるけど、今は黒羽快斗だ。ただの餓鬼だったらいいのに。人一倍勘が鋭いし、可愛げもないし。面倒だからさっさと送り届けた方が先決か。


「おう坊主、探偵事務所まででいいんだろ?」
「うん!でもまだ時間あるし、ちょっとお話がしたいなぁ」
「暇だからいいけどよ、マジックの話以外はお断りするぜ」
「じゃあマジックの話をしよっか、ちょっと興味あるし…、ねぇ怪盗キッドさん?」


蘭ちゃんの前で見せてた、子供らしい笑顔から一変。俺を追い詰めるときの不敵な、大人びた表情を浮かべる。本当に猫かぶりだなこいつ。探偵にも演技力は必要だっけか。なんて頭の片隅で思いながら、このまずい状況の対処方法を何十通りも考えていた。


「おいおい坊主、いくらマジックが出来るからって怪盗と決め付けられちゃ…」
「白馬探偵と同じ学校で、世界的奇術師である黒羽盗一の息子ってだけなら、俺も疑う程度だったが…、隠せてなかったぜ?テメーのあの独特な気配をな」


それは確かにこいつの言うとおりだった。一瞬だけだが、怪盗としての自分を隠し切れなかった。気付いてないと思っていたのに。敵として流石と言うべきか。まあ、バレたのなら仕方がない。怪盗キッドだと認めるつもりはないが、うまく誤魔化せそうにもないからな。


「そうだったらどうする?俺を逮捕でもするか、探偵君?」
「現行犯じゃない限り、逮捕するつもりはねぇよ」
「じゃあ目的は何だ?」
「目的ってなぁ…、お前がキッドだって分かっただけで充分だよ」
「ほぅ、名探偵にしては珍しい。正体を知って興味が失せましたか?」
「馬鹿なこと言うなよ、俺はキザな泥棒を牢獄にぶち込むまで追い続けるぜ」


瞳の奥にある輝いた何かと、挑発的な態度は出遭った時と同じだった。ぞくぞくと身体が疼く。自分でも理解していた、全てが楽しいのだと。探偵は謎を暴く瞬間、怪盗は罠から逃れた瞬間。難題ほど解いた時に快感を味わえるのと同様に。張り巡らされた糸が多いほどいいのだ。恐らくは彼も。


「にしても意外だな」
「何が?」
「普通に高校生活を送ってるんだなーってよ」
「ただの高校生なんだから当たり前だろ、その言葉そっくりそのまま返すぜ」
「俺は好きで小学生やってるんじゃねぇっつーの」


見た目が小学生なのだからしょうがないだろう、と言いたいところだが、話がややこしくなりそうだし止めておこう。時計に目を移すと、もう正午過ぎだ。なるほど腹が空くわけね。明日は遠出になりそうだし、早めに帰って仮眠を取っておくか。


「そろそろ帰るぜ」
「また仕事でもあるのか?」
「さぁてね…、ほら行くぞ坊主」
「てか餓鬼じゃねぇんだから一人で帰れる」
「見た目は子供だろーが、ほら手を繋ごっか〜」
「……今度会ったら覚えてろよ」


渋々手を握ってきた小さな名探偵とともに、俺は毛利探偵事務所へと向かった。


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出逢いを想像してみたけど、あっさりバレていいものか

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