現在江戸の気温、38度。真夏にしても酷いだろう、これは。ヒートアイランド現象がついに江戸でも起き始めたのか。だがとりあえず暑い。熱すぎる。身体が燃え尽きて、灰にでもなりそうだ。先程まで口内にあったアイスの余韻すら、もう残っていない。さっさと屯所に帰りたいのだが、此処からは結構距離がある。土方を迎えに来させようとしたが、携帯電話は部屋だ。いつもしつこく電話をかけてくるし、GPSで俺のいる場所を探そうとするから、置きっ放しにしておいたのだが。どうやら今回、それが仇となった。だるいし、気力もないし、歩くのも面倒だし。


「そこの兄ちゃん、」
「あ?」


突如として声をかけられ顔を上げれば、何処かで見たことのある男が目の前に立っていた。こんな胸糞悪いときに、一体何の用だろう。ベンチに座らせてほしいんですー、なんて言ったら此処で斬り殺すぞコラァ。


「隊服を見たところ、真選組だよね?」
「……そうだけど何でさァ」


オイオイまさか敵さんじゃあるめぇよな。頼むからやめてくれ。剣を交える気力なんてないんだ。殺りあるってなら手加減なしだ。一発で仕留める。と、気付かぬうちに殺気立っていたのか、男はこちらの様子を窺うように苦笑を浮かべた。


「あーっと、俺、怪しい者じゃないよ!ちょっとそこで強盗があってさ、犯人捕まえたから連行してほしいだけなんだ!」
「そりゃまあご苦労なこった、アンタ強いんですねィ」
「いやいや違うんだよ!ちょっと小銭を拾おうとしたら転んで、その拍子にキン肉バスターをかけちゃっただけで!」


それはある意味強いだろ、運的な意味で。


「しゃーねぇなあ、じゃあちょいと電話貸しなせェ」
「いや悪いんだけどさ、いま料金未納で使えないんだ…」


庶民の事情とやらを瞬時に理解し、俺は所持金を確認した。百円玉しかないが、大丈夫だろう。これでサボってた時間の埋め合わせも出来る。職務をちゃんとこなせば、文句は言うまい。


「公衆電話はありやすかねィ、電話をかけてきて欲しいんでさァ」
「そりゃいいんだけど、金もな…」
「これでよろしく」


適当に札と小銭を出して、そいつに手渡す。


「……多すぎない?」
「気のせいじゃないですか」
「いやいや違いますって絶対」


男は百円玉だけを受け取って、今しがた手渡した分を返す。だが俺はそれを拒み、無理矢理ポケットの中に突っ込んだ。ギチギチの狭いポケットだった。取り出すのは大変だろう。何てことをしてくれるんだ、とでも言いたげに、男はそこから金を出そうとしている。やれやれ。人の善意は素直に受け取るべきだというのに。剣の切っ先を向けないと、動きを止めないのか。


「だからいらねぇって、こんなに」
「俺には不必要なものなんでさァ、代わりに使って下せェ」
「でもよぉ、何もしてねーのにこんな大金貰っちゃ…」
「じゃあこうしやしょう」


にっと不適に微笑んで、人差し指を男へと向けた。


「アンタは俺のサボりがバレないよう都合を作ってくれた、パシリにもなってくれた、これだったらいいだろィ?」


名案だろうと男を見遣れば、観念したように溜め息を吐いた。その表情にはどこか諦めもあったが、屈服させた者が勝ち。しかし貰う貰わないを決めるだけで、随分と意地の張り合いになってしまった。まあ面白かったからいいけど。
――長谷川、さん。コンビニで働いているのだろう、ネームプレートにはそう書いてあった。また会えたらいいな。なんて、柄にでもないことを思う。いつの間にか辺りは涼しくなって、蝉の音も止んでいた。


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長谷川さんと沖田って、ちょっとしか絡んだことないよね。

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