みゃお、と黒猫が鳴く。おいでおいでと手招きをすれば、身軽に塀を飛び越え、差し伸べた手に顔を擦り付けてきた。懐に隠し持っていたソーセージをそっと踏み石の上に置くと、待っていましたと言わんばかりに食い付く。余程腹を空かしていたのだろう。一気に平らげてしまった。


「何してんでィ」
「あ、沖田さん」


今日は非番なのだろうか、寝巻き姿のまま沖田さんはこちらへとやって来た。寝癖があるのを見るところ、先程まで寝ていたらしい。もう昼間だというのに、この人はいつまでも子供らしいなあ。口にしたら半殺しにされそうだから、言わないけど。


「可愛いですよね、飼ってあげたいくらいです」
「……そういや武州にいた頃、飼ってた」
「え、沖田さんがですか?」
「あァ」


と、目線を上げた瞬間、自分はヤバい領域へと足を踏み込んでしまったことに気付いた。何があったのだろう沖田さんの表情が、みるみるうちに冷酷なものへと変わっていったのだ。それはそう、討ち入りのときに垣間見える、人斬りとしての顔。あまりにも冷たいその瞳は、まるで金縛りのように俺の体を硬直させた。一体どうしたというのだ。これほどまでに殺気立つなんて。だが彼はそんな心情を理解したのか、ふらりと何処かへ行ってしまった。


「……何したんだ、お前」


緊張の糸がほつれ、安堵の溜め息をつく。そっと頭を撫でながら、黒猫に話しかけた。その金色の瞳は何も知らないだろうけど、あの人の怒りに触れてしまったのは確かだ。余程のことがあったのだろうか。真昼間から嫌な気分にさせてしまった。


「迷信だよ」
「! …副長」


徹夜明けなのだろう、目の下に隈をつくらせて、副長は煙草の煙を吐き出した。


「黒猫を飼うと労咳が治るって話があってな、姉貴と暮らしていた頃、アイツずっと飼ってたんだ」
「でも迷信なんですよね、それ」
「あァ、むしろ酷くなった」


だからあんなにも嫌悪していたのか。病を治してくれるのだと信じ、大事に飼っていたのに、と。だがそれは所詮、根拠のない噂のようなもの。黒猫も沖田さんも、ただの被害者だ。誰かが適当に落としていった、無責任な言葉の。


「それで黒猫は、どうしたんですか?」
「斬ったよ」
「え?」
「治してくれないと気付いてすぐ、斬っちまった」


表情を見せずにそう話す副長の声からは、何も感じられなくて。猫を哀れんでいるのか、病を治せないことに苛立っているのか。どちらにせよ、黒猫に罪がないことを理解していても、二人はきっと怨むのだろう。
いつの間にかいなくなっていた黒猫が、何処かで鳴いた気がした。

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