※sssに載せた地獄と話が繋がっています


言うなれば己の小さな世界には先生と敵だけであって、ヅラや高杉が加わったけれど、とてもとても狭い箱庭のようなものだった。だからあの人を奪われた時には世界をこの手で終わらせようとすら思って、憎しみを全てに向けた。阻む者は敵。人間も天人も関係ない、邪魔するのなら斬る。元々命に執着はなかったから、傷付くことなど厭わなかった。ただただ世界が壊したくて。


「…ちゃ、…」


誰かが名前を呼んだ気がした。聞き覚えのある声だ。戦場で耳にするなど幻聴であろうか。次々と斬り倒していく中で相手を探すも、声の主らしき姿は確認できない。と、目の前に寝転がった天人がいて顔を顰める。戦場で何をしているのだ。命を奪うか奪われるかの場で、随分と呑気なものだ。そんなにも死にたいのならば、二度と覚めない眠りに落としてやろう。すらり、と輝く刃を喉元に向けた。


「…ん…銀…」


またも雑音が耳に入るも気にしていられない。腕を振り上げて刃を振り下ろそうと力を込める。怒り狂った獣が叫ぶのだ。殺してしまえと。それは天人だ。あの人を奪った存在だ。躊躇う必要などない。一思いに殺ればいいのだと。しかし何故か体は動かなかった。勿論、殺すつもりだ。無抵抗だからどうした。構うものか。奴等は先生の命を奪った元凶なんだ。


「銀…ちゃ…、…ん」


徐々に大きくなっていく音に頭が痛む。気付けば辺りは真っ暗な闇に包まれていた。足元に寝転がっていた天人の姿もない。先程まで刃が交わる音と悲鳴しか聞こえなかったのに。ヅラ、高杉、辰馬、みんな、何処に行ったんだ。取り残された悲しみが一気に襲ってくる。あの人がいなくなって、小さく構成された己の世界の半分は消え去った。もう嫌だ。あんな思いは二度としたくない。


「銀ちゃん」


今度はハッキリと声が聞こえた。振り向くと背後には眩い光が溢れている。暗闇に示された道が真っ直ぐ続いていて、思わず涙を零した。温かい光だ。ゆっくりとそちらへ向かって歩き出す。何故だろうか、続く世界は幸せだと強く確信した。



*****



目を覚ますと子供達が今にも泣き出しそうな顔で覗き込んでいた。何事かと起き上がると、ああ、とすぐさま事情を察する。手に握られていたのは愛用する木刀ではなく、抜き身の刀だ。最悪だと体が震えた。恐らく夢だった出来事は、未だ記憶に鮮明に焼き付いている。予兆はあった。しかしこんな失態を犯すとは思いもしなかった。


「大丈夫ですか、銀さん」
「寝ぼけていたから腹にグーパンをお見舞いしたヨ。良かったネ?」
「…ああ、悪ィ。すっげー腹痛いのはお前か。手加減ねぇなー」


いつものように軽口を叩こうとするも、乾いた笑いしか出て来ない。何もなければふざけることもできた。夢見が悪かったのだと。しかし手に真剣がある以上、言い訳すらできない。言葉が浮かばなくて情けなく下を向いた。心の奥底で眠る獣はふとした切っ掛けで目覚める。こちらの都合など関係なしに暴れ出すのだ。本心ではない。違う。天人もそれぞれ異なる考えを持っている。幕府に関わる人間も。全てが全て同じではない。違う。理解しているのに。どうして体は言うことを聞かないんだ。
そんな心情に気付いたのか、神楽は刀を持つ己の手に、その小さな手を重ねた。


「銀ちゃん。銀ちゃんは何もしてないネ」
「…じゃあ持っているこいつァ何だよ、…何でこんなの持ってんだよ」
「うん。私も驚いたヨ、起きたら銀ちゃんが刀を抜いてるから。だけど刃を向けなかった。ただ持っていただけアル。でも何度呼び掛けても動かなくて、だんだん様子がおかしくなってきたから気絶させたネ」


一部始終を見ていたらしい新八も頷く。けれど夢のように刃を振り下ろしていたら。感情の赴くままに斬り殺していたら。想像すらしたくない。無意識のうちに理性で制御していたのなら不幸中の幸いだ。しかし刃を抜いた時、確かに殺意はあったはずなのだ。


「すまねェ神楽」
「うん」
「すまねェ新八」
「はい」


刀から手を放し二人を引き寄せて力強く抱き締める。この手が届く限り傷付けさせやしない。例え自分であろうと絶対に。失わせない。奪わせない。今一度、獣に語りかけた。お前は出てくるな、あの頃とは違うのだ。全てに憎しみをぶつけるのなら、共に死のう。いや、死んでやる。抵抗しても無理矢理押さえつけて、首に刃を突き刺してやる。構わないだろう、疾うの昔に殺した自分よ。お前のいる此処は既に地獄なのだから。

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