気分がどうかと聞かれたら、良いのだろう。何せ、昨日は大物を捕らえたのだ。言い知れぬ気持ちに駆られて牢屋を訪れると見張りはいなかった。奴の言葉は毒だ。じわりと心身に侵食して気付かぬうちに相手を殺す。言葉巧みに騙され自殺した隊士もいた。だからだろう、頑丈な柵にいくつもの錠がある。恐らくは局長や副長しか解除出来ない、暗号を用いた電子錠もだ。音を立てず部屋に入ると途端に気持ちのいい殺気が体を刺した。


「よう、沖田総悟」


当の本人は壁に凭れ掛かり、小窓から見える月を眺めていた。呑気なものだ。飄々とした振る舞いは自分に通ずるものがあり、くすりと笑う。まるで何年とも会わずようやく再会した気の合う友人のような。


「随分と余裕があるんですねィ、死刑は免れない身だってェのに」
「俺は賭け事が好きでな、こうなることも予測済だ」
「…博打、ね。アンタに似合いまさァ」


人生とはすなわち賭け事だ。いつも選択を迫られ、一つ手を間違うと死に繋がる。死なないとは馬鹿の考えだ。常に首元で死神が刃を光らせていることに気付かなければならない。この男は極端な思想であれ、根本は同じだ。


「ま、ご愁傷様ってことで。暇なら話でも付き合いますぜ」
「おいおい、斬り込み隊長ともあろうお方が、お尋ね者とじゃれあっていいのか」
「どうせ誰も来やしねェ、アンタはここから出られねェ。アンタみたいな大物とのんびり話すのも悪くないと思いやしてね」


ふ、と穏やかな笑顔を垣間見せた攘夷浪士、高杉晋助に不思議な感情を抱きながら、他愛もない会話を続けた。なんてことはない、ただ、夜が明けるまでの、僅かな時間に。
それからも刑務所へ護送されるまでの間、毎夜此処に来ては話をしていた。何故だろう。犯罪者であるはずの男に興味を湧いてしまう程に。けれどもやはり、僅かな時間なのであって、明日には判決が下ることになった。


「残念でさァ、でも悔やむなら、アンタの犯した過ちってのを悔やみなせェ」
「……なあ沖田よ、俺の犯した過ちは一体何だ?」
「は、そりゃ国家反逆罪とかじゃねェの」


お国の狗である真選組にとって謀反を企てる者は例外なく捕まえる。自分の意思がない幕府の手足だと言われればそれまでだが、局長について来たから、局長と共にいることが出来るのなら、例え飼い慣らされた犬だと馬鹿にされようが構わない。だから、攘夷志士が何々をしたから、なんて理由は興味がなかった。自分は自分なりの正義を貫いている。彼等も彼等なりの正義を貫いている。別々の思想がぶつかり合い、勝ち残ったものが正義となる。それだけのこと。


「俺は思うんだがな、正義なんてものは所詮、建前なんだよ」
「でしょうねィ、結局は己の信念を貫き通すためさ」
「じゃあよ、…沖田ァ、お前の信念は?」
「決まってらァ、近藤さんのため…」
「違うね」


言い終わる前に高杉は否定した。


「お前は生温い感情に突き動かされて刀を持っているわけじゃねぇ。廃刀令のご時世に刀を持てるから幕府の首輪を付けているだけさ。斬り殺しても相手が犯罪者であれば許されるという特権を得ているから。局長のために刀を振り回しているだぁ?本音を言いなァ、嘘が隠しきれてないぜ?」


じわりじわりと血の色をした毒が血管に入り込み、体を蝕んでいく。これに侵されては戻れなくなるぞと頭の中で警鐘が鳴り響いた。けれど逃げられない。足が動かない。目が逸らせない。痛みがないからこそ気付かなかった。既に巣の中に放り込まれ、全身に巻き付いていたのだ。


「俺ならその願いを叶えることが出来る。曝け出せなかった獣を解き放つことが…。なあ、総悟」
「…俺、の、願い…」


全ては真選組のためにという己の願いは嘘だというのか。心の奥底で望んでいたことは違うと。自分を偽って相手を騙して、真っ当な世界を歩もうとしていた?本当に、本当に?分からない、俺は?
そこでプツン、と、沖田総悟の中の何かが切れた音がした。


「沖田隊長!」


己を呼ぶ声に一瞬にして頭が冴え渡った。顔を上げると数人の隊士達が心配そうな顔をしている。どうやら明日の護送のために見張りをしていたらしい。前日ともなれば攘夷浪士が襲撃してきてもおかしくはない。高杉晋助を敬う者も恨む者も多いから。ぼうっと隊士が手に持っていた明かりを眺めていると、一人がこちらに駆け寄ってきた。


「何をしているのですか、こんなところで!こいつは危険だと副長からあれほど…注意、を…?」


どしゃりと地面に崩れ落ちた一人を、隊士達は呆然と見ていた。無理もない。自分達の仲間であり、まして局長や副長と付き合いの長い、信頼のおける人間だったのだから。隙を突いて沖田は一人、また一人と刃を振り下ろす。あとには静寂だけが牢を支配した。沖田は笑うことも悲しむこともなく、錠を外していく。鍵が必要であれ、暗号が必要であれ、彼には関係がない。以前から興味を持ちこの手のことには精通していた。最後の錠を外すと、煙管を吹かして高杉が牢から出てくる。


「行こうぜ、総悟」
「………」


差し伸べられた手を恐る恐る取り、寄り添うように歩いて行く。息のある隊士が名を呼んだ。けれども高杉の手によって首を撥ねられた。沖田は何も言わない。その様子を獣は満足気に眺めて、二人は牢屋から消え去った。


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真選組に捕まって沖田と仲良くなって脱獄するまでが高杉の博打。

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