亜麻色の髪を風に靡かせて、彼女はふわりと柔らかい笑みを浮かべた。十四郎さん、と名を紡ぐ。それはまるで言霊のように力を為し、自然と手が頬をなぞった。愛しい、愛しい、自分だけの存在。作り出されたものだけれど、確かに個として居るのだ。一度は手放したのに、二度と会えぬと覚悟していたのに。歪んだ願いは、叶えられてしまったから。


「もしもーし、死んでますかィ」


目の前で左右に揺れ動く掌に気付き、うおっと情けない声を上げる。何処かに意識を飛ばしていたのか、彼がいた気配すら感じなかった。一瞬、あの世に行っていたのかと自身が疑う程だ。今日はお偉いさん方の警備で、もちろん副長たる自分が指揮を執っている。気を引き締めなければ。懐から取り出した煙草に火を点けて、ふーっと煙を吐き出した。本調子ではないことに違和感を持ったのか、斬り込み隊長は訝しげな目でこちらの様子を窺っている。何かあるのかと問い掛けたいようだ。しかしながら、彼には関係ない、否、知られてはいけないことである。話し始めない限りは無暗に踏み込まないのが彼だ。だからこそ、何も話さない自分に機嫌を悪くしたようで、露骨に表情に出して去って行く。


「…困ったもんだ」
「何がですか?」


傍にいた監察が首を傾げた様子が癪に障り、行き場のない自身の苛立ちを投げつけた。


*****


飲み屋街で梯子酒をしていると見知った隊服が目に付いた。事故か事件か見廻りか。どんな理由にせよ関わりたくはないなあと思いながらも、よくよく観察すると知り合いの少年が一人で歩いていて。おやこんなところで珍しい、と一声かけてみることにした。


「何してんの未成年くん」
「…おや」


呑気なことにイヤホンで音楽を聞いていたようだ。近付いて来たのが知り合いだと分かると、耳からイヤホンを外してぺこりと軽く頭を下げた。そんな無防備で後ろから斬りつけられたらどうするの、なんて言葉が口から出ようとしたが、考えてみれば心配は無用か。僅かな殺気も見逃さない真選組一番隊隊長様だ。


「仕事中?」
「という名のサボりでさァ」
「そんなことだと思った」


あの一件から数週間経つが相変わらずの様子で安心した。会いに行く程の仲でもないがそれなりに心配していたのだ。血の繋がった家族を失う悲しみは分からない。けれど似た感情ならば知っている。葬式に参列した際、言葉は交わさなかったが、痛々しい顔をずっと見ていたから。


「どうよ、飲みに行く?」
「…残念ですがそれは遠慮しときまさァ。流石に隊服で彷徨いていたら、いつ敵さんに襲撃されるか分かりやせんからね」


それもそうだなあ、と次はどの店に行こうか考え始める。


「んじゃ俺はこれで失礼しますぜィ」
「あー、気ィ付けろよー」


ひらひらと手を振り、去っていく沖田の背中を一度見た。何だかんだ言っても真面目に仕事をする気はあるのだろう。無理をしすぎなければいいが、と小さな背中を見つめる。するとまるで視線に気付いたかのように彼はくるりと振り返った。そうして今までに見たことのない、穏やかな笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。


「"あまり飲み過ぎないようにしてくださいね。また今度、総ちゃんを誘ってあげてください"」
「………え?」


姉弟だからかもしれないが、確かにそれは亡くなったはずの彼女であって。一瞬、見間違いかとも思った。けれどもう一度微笑んだ姿はやはり沖田総悟ではなかった。酔いが回っているから幻覚を見た、というわけでもない。己の意識がハッキリしている自信はある。では、今のは一体何だったのだ。小さくなっていく背中に声をかけられないまま、銀時は呆然とその場に立ち尽くしていた。


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ミツバの死に耐えられなかった総悟が、自分の中にミツバの人格を作ってしまった話。知っているのは土方さんだけ。総悟の視点で作られたミツバは、本物のミツバではない。だからミツバではないのにミツバに見えたり見えなかったりして戸惑う土方さん。総悟は人格について一切知らないものの、土方の様子がおかしいことに疑問を抱いていたり。山崎は口には出さないけど勘付いていて、銀さんに相談したり。

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