泣き叫ぶような彼の叫号は、空しく部屋に響いていった。 ぐったりとした身体を起こし上げて抱き上げると、彼の目尻には微かに涙が溜まっている。今になって泣くなんて、卑怯だ。肩を支える手が、僅かに震える。自分のことだから泣くのか、コイツは。それとも別の理由か。どちらでも良い。どちらにしろ、ユフィに涙を注がなかったのだから。 「連れて行け」 「…イエス、ユア・マジェスティ」 コツン、と足音を鳴らして歩き出す。背後に底知れぬ威圧感を感じながら。これが、皇帝陛下の威厳というやつか。彼が壊そうとした世界の、王。なるほど難しそうだ。世界を変えるのも。そんなことを考えながら、ようやく自室へと着く。足が重い。彼をベッドへと寝かせて椅子に座り、ふぅと息を吐いた。 「ん…」 視線を向けると、彼のピクリと眉が動く。長い前髪の合い間から、閉じていた漆黒の瞳が見開かれた。その瞳が、しっかりと俺の姿を捉える。声が出ない。どうすれば良い。先程まで向けられていた憎悪の顔が、脳裏に浮かぶ。 「…だ、れ?」 紡がれた言葉に、喉まで出かかったものが消えた。 「あなた、は」 「枢木スザク、って言うんだ。よろしく」 「…、…よろしく」 そっと差し出した手に、一瞬躊躇いながらも、彼はぎゅっと握る。まるで別人だ。感情らしい感情すらない、生まれたての赤ん坊のような無知な笑顔。胸がズキリと痛んだ。違う。これはアイツじゃない。目的の為なら犠牲すら厭わない、あのルルーシュじゃないんだ。皇帝によって造られた別の存在。記憶も何もかも、違う。 「あの」 「ん?どうしたの?」 戸惑いの表情を見せながら、オロオロとした瞳でこちらを見てくる。 「……その、俺はどうして、此処は一体…?」 「ああ、覚えてないんだ。君はね、『黒の騎士団』との戦乱に巻き込まれたんだよ。ちなみに此処はブリタニア本国の、皇帝直属の管理下にある病院」 「え、皇帝の?」 何故そんな人の下に。返された答えが信じられないのか、そう何度も呟いて、彼は暫し考え込んでいた。俯いている彼から、表情は読み取れない。それに僅かながら不安を感じた。皇帝のギアスにも絶対的な力はあるだろう。けれど彼もギアス保持者だ。今は使えないだろうが、もしかしたら何かのきっかけで目覚めるかもしれない。 「ルルーシュ」 不安を拭いきれず、声を掛ける。 「あっ、はい、どうしたんですか?」 「いや…」 良かった、普通の表情だ。今までの彼なら考え事をする時、必ず険しい表情になる。それがどんな些細なことでも。どこか心に暗闇を持っていたからだろう。けれど目の前にいる彼は違う。何も背負ってない。 「何か飲み物持ってこようか。ずっと眠っていたんだし」 「そんな…、いいですよ、見ず知らずの人にそこまでさせられません」 心臓が強く脈打った。そうか、彼は知らないんだ。俺のことを。そして、ナナリーのことを。あの夏の日も、今までの思い出すらも。上手く笑えない。この後に俺はどう答えるべきなのだろう。何か言わなければ。ルルーシュが心配そうに俺を見ている。大丈夫だよ、って返さなきゃ。言っちゃいけないんだ。どうして忘れているのって。 「あ、の、すみません。俺、気に障るようなこと言っちゃって」 「……違うんだ」 「え?」 これで良いんだよ。君が忘れてしまったこと、俺は全部覚えている。これはきっと罰なんだ。君が決意したあの日、何も言えなかった俺への。大丈夫、ナナリーは必ず見つけ出す。君が望んだことは、俺が引き継ぐから。それが変わってしまった君を、止められなかった自分の責任。ユフィのためにも、犠牲になったみんなのためにも。 「大丈夫、ルルーシュ」 「……?」 「頑張ってみせるよ」 それまで、どうか幸せでいて。 - - - - - 2期前を脳内保管 |