「君の瞳は綺麗だね」


杯の中に映し出されている満月を眺めて、伊東鴨太郎はそう言った。俺は眉を顰めながらも酒を飲み干し、新たに瓶子から杯へと酒を注ぐ。口の中に広がった味はいつもと同じはずなのに、美味しいと感じられなかった。屯所の外れにある男の自室に誘われ、二人きりで酒を飲む。気になる酒の銘柄もあったのだが、雰囲気に飲まれ楽しむことはできない。つまらないなと溜め息を吐いた。


「お世辞はいいですぜ」
「そんなつもりではない、本当のことさ」
「気味悪ィじゃないですかィ、紅い瞳なんて」


こんな目の色、人間じゃない。近所にいたケツの青い餓鬼共に、何度言われたことだろう。髪の色も相俟って馬鹿にされ続けた。思い出しただけでも腹立たしい。忌々しい過去を想起させた目の前の奴もだ。眼鏡越しに莞爾として笑っているのが、途轍もなく癇に障る。そう思いながら睥睨すると、顔をこちらへと向けて何やら話し出した。


「沖田くん、僕は綺麗なものを集めるのが趣味でね」
「ふーん、まあ伊東さんらしいでさァ」
「異質こそが、美だと思っている」
「………」


しばし部屋に沈黙が流れる。意味が解せなかった。この男は何を言いたい。異質こそが美学だと言うのか。馬鹿げている。そんなこと、あるはずがない。異質は不浄物として廃棄する。それがこの世界の理のはずだ。


「斉一なものに、美などない。誰かと同じものを持っているだけで嫌気が差す」
「…だから、どうしたんでさァ」
「君は、違う。異質故の輝きがある。彼と同じように」


伊東の言う“彼”が誰かは気になったが、それよりももっと腑に落ちないことがあった。


「俺が異質だって言いたいんですかィ」
「否定、するのかな?」
「いいえ」


否定などしない、いや、できない。そんなこと、最初から気付いていた。皆と自分とでは何かが決定的に違うのだと。溝なんて浅いものではない。クレバスのような深い深い亀裂があるのだと。近藤さんに言われた時は、何処か救われたような気がした。けれど人を斬る度に、化け物だと敵に、仲間に畏怖の念を抱かれる度に。人間なのかと問いかけている自分がいたことに気付いた。


「僕はね、君が欲しいんだ」
「……へェ」
「僕のものに、なる気は?」
「アンタだけは絶対に嫌です」
「ふふ、そうか、それは残念」
「もう話はいいですかィ?眠てェんで、俺ァ失礼させてもらいやす」


区切りはついたし伊東の言いたいことは分かった。もう充分だろう。腹の見えない奴とこれ以上話をしていたら情操が崩れそうだ。そう思って立ち上がろうとした時。くるりと視界が回転した。


「……、…え?」


一瞬、何が起こったのか理解できなかった。視界が歪んで見えて、いつの間にか仰向けになっていて。さらに最悪なことに、自分の上に伊東が跨がっているときた。


「何した、伊東」
「ちょっと薬を盛らせてもらっただけさ。君のことだから何かを探っていたのだろう?」


大当たり、とはいっても誰に命令されたわけではなく、ただ単に抜け目のないコイツの弱点を知りたかっただけだが。


「言っただろう?僕は君が欲しい、と」
「アンタが何をしようが、俺は堕ちやせんぜ」
「そうかな」


その空笑いの下には一体どんな化けの皮があるのだろうか。気になってしょうがない。


「…もう一度聞こう、僕のものになるかい?」
「はは、冗談だろ」


それよりも退いてくれ。幸い空いている両手を使って、ぐい、と伊東の肩を押す。だが、ピクリとも動かない。仮にも真選組一番隊隊長だというのに、こんなに力の差があるとは。


「無駄だよ、普段の君ならもうちょっと押せただろうけど、薬の効果もあるしね」
「こ…のっ…んん!?」


渾身の力を振り絞って抵抗していたのも束の間、伊東は容易に総悟の手を退かせて、荒々しく唇を重ねてきた。訳が分からずに宙を扇いでいた手すらも、床へと押し付けられる。息ができない、苦しい。酸素を求めて開いた僅かな隙間を、伊東が見逃す訳はなかった。くちゅりと厭らしい音をたてて進入してきた舌はゆっくりと口内を舐め回し、総悟を快楽へと誘う。


「ふっ…あ、…っ」


苦しさのあまり目尻にじわりと涙が溜まり始めた。意識が朦朧としているなかで、総悟は必死に思索をめぐらせる。もう限界だ、と、そう思った矢先、まるで総悟の意思が通じたかのように、伊東は唇を離した。つう、とどちらのものとも知れない唾液が、糸となって伝う。


「はっ、…何…す…」
「こうでもしなければ大人しくならないだろう」


総悟はやっと解放された身体をそろりと起き上がらせる。と、異変に気づいた。何かに腕が縛られている。急いで腕を自分の前へと持ってくると、その両腕は少し錆びている手錠が掛けられていた。吃驚のあまり、声すら出ない。


「近藤さんには、有休をとったとでも言っておくよ」
「てめえ…」


ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら睨み付けると、伊東はあからさまに嘲笑して、その眼鏡越しに俺を見た。


「理解したほうが良い。君は屯所内にいるとはいえ、僕に軟禁されているようなものなんだよ。さて…おや、まだ二時か。抵抗の意思すら見せないように、君に教え込んであげるよ。沖田くん」


まだ、夜は長い。


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伊東による沖田調教計画。原作だと赤い瞳ではないけども。

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