目暮警部に殺人事件の協力要請を受けて、現場に向かったのは明け方のこと。日の光が眩しくて目を覚ますと、いつも隣で寝ている姿はなく、置手紙だけがあった。休日で良かった、と黒羽快斗は溜め息を吐く。平成のホームズと呼ばれる高校生探偵、工藤新一の家に寝泊りするようになったのはごく最近。おふくろも事情を知っているし、寺井も仕事の打ち合わせでこっちへ来る時もある。俺達は友人でも、恋人でもない。同じ目的を持った、言わば共犯者だった。ある組織を壊滅させるための。


『おかけになった電話は電波の――』
「チッ」


どうせ推理に集中するために携帯電話の電源を切っているのだろうけど、せめてマナーモードにしておいてくれよ。思わず舌打をして、快斗はテーブルの上に彼同様、置手紙を残す。今日は次の標的の下見があるから、帰りが遅くなるのだ。だから作った料理を冷蔵庫に入れておいたから、ちゃんと食べてよと。自分のことに関して疎い彼は、丸一日何も食べないことがある。そのせいで栄養失調になり、阿笠博士の家に住む女史に怒られることもしばしば。ちゃんと言っておかないといけないのだ。


「行ってきまーす」


返事がある筈はないが、俺はそう言って家を出た。


*****


隣県となると時間はかかるし、ちょうど寺井が海外旅行でいないために、電車で行くことになった。近場じゃないから下見は充分に済ませないといけない。どうせ中森警部が来るのだろうけど、最近は新一も来るようになったから。まあ、暗号を解きたいがためだろうけど。その頭脳は白馬よりも厄介だし。たまに本気で俺を捕まえようとしているんじゃないかな、と思う時がある。


「あ、もしもし?今度の予定なんだけどさー、うん、」


街灯が灯リ始めた頃、ようやく米花町に着いた。電車に揺られること数時間。運動したわけではないが疲れた。そういえば今日はまだ新一の声を聞いていない。この時間帯ならもう帰ってきている筈だ。寺井ちゃんと次の仕事について電話口で相談しながら、足を速める。


「ただいま」

ドアを開けると玄関の電灯は点いているのに部屋は真っ暗だった。新一の靴はあるから、眠っているのだろうか。リビングの明かりをつけると、案の定ソファの上で彼は寝息を立てていた。明け方から調査に出掛けたのだから無理はない。すぐさま着替えてキッチンに向かい、夕食を作る。自分に無頓着な新一のことだ。丸一日、何も食べないこともある。無理矢理にでも食べさせなければ。思って、冷蔵庫の中から食材を出している時だった。


「……快斗」
「あ、新一起きたの…って、?」


背後から聞こえてきた声に反射的に振り向く。物音で起こしてしまったか、と不機嫌な彼の表情を思い浮かべた。だが立ち竦んでいるその姿は至って普通で。いや、何かがおかしいのだけれど、その何かが分からない。直感だけがそう告げていた。


「何かあった?」
「………」


いつも輝いている筈の瞳は、深海の底のように真っ暗で。初めて工藤新一という人物が分からなくなりそうだった。そんな心情を知ってか知らずか、彼はゆったりとした足取りで近寄り、ぎゅっと抱きついてきた。珍しい、を通り越して、病気だ。今すぐに女史の所へ行かなくては。彼自身から甘えるなんて滅多にない。というか無いに等しい。
人一倍子供っぽい性格である彼だが、それを表に出すことはなかなかない。推理をする時は気障だし、幼馴染の前ではかっこつけるし。他人をいつの間にか口説く男。それが彼。気障で定評のある怪盗キッドは、もちろん素ではない。被った仮面だ。それは快斗である自分自身が証明出来る。けれど新一は素がそうなのだ。素直ではないし、他人に弱みを見せまいと強がる。だからこうして、自分から抱きつくなんて滅多にないのに。


「快斗」
「なっ、何?」
「快斗は俺がどうなっても、受け入れてくれるか?」
「は?どうしたんだよ急に」
「いいから答えろ」
「…答えはyesだ」


抱きつかれたまま表情を見せずにそう答える。と、腕の中にいる新一の身体が小刻みに震えていた。


「あのさ、話してくれないと分からないだろ」
「……多分お前、引くと思う」
「引かない」


こんなにも情緒不安定な彼を始めて見た気がする。いつもは言葉を濁すことなんてないし、勿体つけるような話し方もしない。こうして一人で抱え込む癖を、どうにかしてくれないかなあと頭の片隅で考えた。幼馴染も大変だったろうに。何もかも自分だけで解決しようとするのだ。心配が尽きまい。


「殺人事件があったんだ」
「朝に目暮警部に呼ばれたヤツ?」
「ああ、現場付近は最近不審者が現れるって通報が何度もあって、警察も警戒していたんだ。なのに殺人が起きた。しかも同一犯で手口は一緒。胴体を刃物で十字に切り裂いて、神に捧げるようにわざわざ死体の手を組ませて」
「それで犯人は、捕まったんだろ?」
「…警備していた警官だった」


それから事件の全貌を新一は事細かに話した。目を閉じれば現場が想像出来る程、何もかも。理解出来ない感情を客観的に見て、分析する彼の脳内はどうなっているのだろう。ひどく興味をそそられた。そして全てを話し終わり、一息吐いた頃。新一はようやくその表情を見せてくれた。


「死体は見慣れていた」
「うん」
「でも今回は」


綺麗だって思ったんだ、
消え入るような声でそう言った彼の瞳には、涙が滲んでいた。


「初めて自分自身が怖くなった。いつか誰かを殺すんじゃないかって」
「…もしそうなっても、俺は新一とずっと一緒にいるよ」
「お前を殺そうとしても、か?」
「それでも一緒にいる」


ぎゅっと抱き締める力を強くする。彼の心が留まっていられるように。俺は新一の全てが好きだから、どうなっても構わない。狂気に飲み込まれてしまっても。壊れてしまっても。こう思っている自分は、彼以上に壊れているのかもしれないな、と自嘲した。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -