空手道選手権大会で優勝した後、私は熱を出してダウンした。というのも、前日に降った大雨で、びしょ濡れになってしまったからだ。おかげで食欲もないし、身体を動かす気にもなれない。今週は仕事の依頼がないから、ずっとお父さんに看病されている。まともに料理が出来ないから、インスタントのお粥とかだけど。けれど夕食はコナン君が作ってくれていて、それがすごく嬉しい。不器用で包丁がまるで使えてないけど、本当に美味しかった。まるで新一みたいに。あ、そうだ。新一に電話しようかな。何だかアイツの声、聞きたくなっちゃった…――。


「熱はどうだ?」
「昨日より下がったみたい」
「とりあえずは今日も大事を取って、仕事を休むって電話しとくか」
「そうだね、僕もそろそろ学校行くから、おじさんあとよろしく」
「ああ」


ぼんやりとした意識の中で、お父さんと新一の声が聞こえた。もしかして新一が見舞いに来てくれたのかな。だったら起きなきゃ。久々に会えるんだもの。ゆっくりと重たい瞼を持ち上げ、部屋を見回す。すると視界には、学生服を着た新一の姿があった。傍にいてくれたんだ、と安堵の笑みを漏らした瞬間。彼は思わぬ言葉を口にした。


「蘭姉ちゃん、起きた?」
「……え?」


優しく微笑みかける姿は、確かに自分が知る工藤新一その人だ。けれど口調はまるで、そう、彼によく似た子供が言っているかのような。


「おいコナン、朝食持ってきてやれ」
「はーい、待っててね蘭姉ちゃん」


身体が金縛りにあっているかのように動かない。私だけが世界に取り残されている。そんな奇妙な感覚があった。目の前にいるのは、寝る前とまるで変わらないお父さん。そして寝る前と明らかに変わっている人物。私は目を疑いたくなった。何の冗談を言っているのだと。


「ね、ねぇ」
「どうしたの?」
「何で新一はコナンって呼ばれてるの?」
「……僕は新一兄ちゃんじゃない、コナンだよ」
「嘘を吐かないで!どう見たって新一じゃない!」


突然の大声に驚いたのか、何事だとお父さんも駆け寄ってくる。けれど何がどうなっているのか理解出来なくて。私はただ涙を流した。そうよ、これも全部風邪のせい。だから気が動転しているだけ。夢なんだ、きっと。


「蘭姉ちゃん」
「やめてよ…、蘭って呼んで」
「出来るわけないでしょ、僕はコナンなんだから」
「コナン君はまだ小学生よ!こんなに大きくない!」
「蘭…?お前、熱のせいで記憶が混乱してるんじゃないか?」


きょとんとした表情でお父さんはカレンダーを指差す。


「コナンは17歳、お前は27歳だろ?」


心配そうに自分を見つめる二人は嘘を言っているとも思えなくて。じゃあ私は一体、10年間の記憶を何処へ落としてきたのだろう。新一は今、何をしていて、コナン君は新一と瓜二つなのに、別人で。ただただ呆然と、カレンダーの日付を眺めることしか出来なかった。

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