いつものように仕事を済ませて中継地点のビルに降り、宝石を満月に翳す。微かな希望と、後に来る絶望。一体いつになったら永遠の宝石に、パンドラに辿り着けるのだろうか。溜め息とともに幼馴染の顔が思い浮かぶ。他人を欺いてまで親父の死の真相に、そして敵を討つために別の自分を創った。なのに唯一の手掛かりは、数多くある宝石の中の一つだけ。それが日本にあるとも限らないし、だからといって諦める訳にもいかない。自然とこぼれる何度目かの溜め息。――さっさと帰るか。そう思って飛び立とうとした時だった。空気が、変わった。一瞬にして。振り返ると先程まで誰もいなかった屋上に、誰かがいた。こちらに気付かれぬよう気配を消しているつもりらしいが、殺気だけは隠せていない。ふ、と笑みを浮かべた。また命を狙いに来たのだと。


「……月光の下に来なければ、私は殺せませんよ」
「…、…やっぱりお前は一筋縄でいく相手じゃねぇよな、怪盗キッド」


聞き覚えのある声に一瞬ポーカーフェイスを忘れそうになった。彼は怪盗キッドを白日の下に晒し、監獄に入れてやると。蒼い瞳でまっすぐに自分を射抜いた男。


「名探偵…、どうして貴方が…」
「悪ぃが話す義理はねぇ、さっさと死んでもらうぜ」


無表情のまま銃を構えた彼は、何の躊躇いもなく撃ってきた。咄嗟に避けるも頬に銃弾が掠り、つうと血が流れる。一体どうしたというのだ。たとえ敵でも相手を殺すなんて、そんな馬鹿な真似を探偵はしない筈だ。混乱する頭を整理しながら、垣間見えた表情に世界が止まった。


「…何があった、名探偵」
「だからお前に話すつもりはねぇよ」
「だったらどうしてっ、どうしてそんな顔するんだよ!」


自身の異変に気がつかない程、殺したいならそれで良かった。ただ返り討ちにするだけだ。けれど両目から溢れる涙と、怯えるように震える体を見てしまえば。どうしてこんな行動を取るのか嫌でも分かる。親父を殺した奴等を、目の前にいる彼を操る奴等を、今すぐにでも消し去りたいと思った。組織に関わっている者を全て。


「人質は誰だ?」
「…っ」
「お前の彼女か、両親か、隣人か」
「関わった奴、全て、だ」


ぎりっと歯を食いしばり、名探偵はそう告げた。そしてぽつりぽつりと言葉を零す。自分がAPTX4869の副作用で幼児化した工藤新一だということ。友人の灰原哀は組織の一員シェリーだということ。実験体として生かされ、家族や友人を人質に取られ、命令に従わされ、怪盗キッドを殺しに来たのだということを。


「…もう分かっただろ、さっさと逃げろ」
「もし取り逃がせば、どうなるんだ?」
「さぁな」


任務に失敗した奴の末路なんて知っている癖に。安心させるように彼は背中を押す。さっさと行けと。どうする、どうすれば俺はお前を助けることが出来るんだ。――咄嗟に浮かんだ案が良いのかも分からぬまま、俺は新一の腕を掴み、空へと駆けた。

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