その日はちょうど午前授業だったから、小学校が終わる時間に合わせて校門前で彼を待っていた。放課後は子供達と公園で遊ぶか、一人サッカーの練習をする。だから今日もそうだと思って、顔馴染みの子に話しかけた。工藤新一の家の隣に住む、あの女史に。我ながらよく彼女と話せるな、と感心する。出会った頃は何かと実験体にされそうになって、子供と言えど迂闊に近付くことが出来なかった。実年齢は自分より一つ上のせいもあるのか、どうしても頭が上がらない。それは彼女より年上である阿笠博士もだ。まあ、最近は話も合うから、こうして気軽に話しかけられるのだが。


「ねぇ、新一はまだ学校?」
「一時間目で早退したわよ」
「え?じゃあ蘭ちゃんの家に?」
「自分の家だと思うわ、誰もいないから」


一時間目の授業は音楽だったのだけれど、それから気分が悪いってね。と、彼女は表情を変えずにそう答える。だが内心は彼を心配しているようだ。僅かな変化だがこれでも観察力に長けていると自負してる。伊達に怪盗をしている訳ではない。


「そっか、ありがと」


にこりと笑いかけて足早に新一の家へと向かった。途中コンビニに寄り、彼が好きなものを適当に買って。体調を崩すことはよくあるけど、誰にも心配させまいと限界まで耐えようとするのが彼の悪い癖だ。だから風邪をひいた時は倒れるまで事件を解決させようとして、よく幼馴染に怒られていたらしい。そんな彼が早退までするなんて、余程酷かったのだろう。
ピンポーン、と呼び鈴を鳴らしてみたが返答は無い。まさか部屋で倒れているのではないだろうな。嫌な予感が頭を過ぎって、鍵のかかった玄関をすぐさま開けた。この際ピッキングをしてもしょうがないだろう。


「新一!新一!」


リビングに姿がないのを確認し、二階にある彼の部屋へと急ぐ。バンッと勢いよく扉を開けて中を見回すと、ベッドで仰向けになっている新一を見つけた。


「新い、」
「来るなっ!」


突然怒鳴られて反射的に身を震わせる。両腕で顔を覆っている彼は、姿同様に幼く見えた。どうやら具合が悪いという訳ではなく、何かあったらしい。足音を立てずに近寄り、そっと頭を撫でた。


「どうしたの?」
「うるせ、出てけよっ…」
「泣いてる新一を放って、帰れないだろ」


顔を見せまいと覆う両腕を掴み、ベッドに押し付けた。多少強引ではあるが、こうでもしないと素直に話をしてくれないだろう。目尻に溜まっている涙を唇で拭い、目線を逸らす彼をじっと見つめた。人前では弱みを見せない新一のことだ。泣き顔を見せたくないのか、顔を出来る限り横に向けている。


「ね、話しなよ」
「………」
「辛いことを一人で背負い込まないでさ、それ新一の悪い癖」
「いいから、手ぇ話せよ馬鹿」
「話してくれるまで嫌」


断固として口を割らない彼に痺れを切らしたのか、快斗は耳にそっと口を近付ける。そしてお願いだよと吐息交じりに囁いた。耳たぶを甘噛みし、舌で蹂躙する。此処が一番の弱点だと知っているから。もちろん返ってきた反応は想像通りで、面白くて首筋にまで舌を這わせた。


「可愛い反応だね、コナン」
「ふ、ぁ…っ」
「このままヤっちゃいそうだけど良い?」
「…だめ、に決まっ…、てるだろ」
「じゃあ話してくれる?」


やっぱりこいつには敵わないな、と新一は溜め息を吐いて、分かったよと頷いた。


「……月光を聞くのが、辛いんだ」


ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2、月光ソナタで有名なベートーヴェンの曲だ。そういえば、と脳裏にとある事件が蘇る。あれは新一と付き合う前、厄介な敵だという認識しかしていなかった時のこと。江戸川コナンが関わった事件を調べていて、月光の調べとともに殺人が起きるというものがあった。


「もしかして、月影島で起きた殺人事件のこと?」
「……なんでも知ってるよな、オメー」
「新一のことは全部知ってるよ」


軽々とその身体を持ち上げて、胡坐を掻く自分の上に乗せる。不服そうに顔を顰めたが、文句を言わないとは珍しい。やっぱり落ち込んでいるのだと思い、そっと頭を撫でる。彼は胸元に顔を埋め、表情を見せないまま言葉を続けた。


「推理で犯人を追い詰めて死なせちまうなんて殺人者と一緒だ…、真実を明かしてあの人を死なせちまった俺はどうしようもない奴なんだよ」
「でも殺人はやってはいけないこと、いつかは必ず解き明かさなければいけない」
「ああ、だからもう何があっても絶対に死なせない」


決意に満ちた声できっぱりと言い放つ。まるで自分の心に刻み込むように。目線を下ろすと小さな身体は震えていた。頭では理解しても、心はやはり泣きたいようだ。人間は辛い記憶を思い出さないようにする。目を背けるのではない。いつまでもそれに囚われず、自分の失敗を受け入れるのだ。二度と同じ過ちを繰り返さないように。


「新一、もっと泣きなよ」
「…もう大丈夫だっつーの」
「嘘吐きだなあ、今日は何もなかったことにするからさ」


ぽんぽんと子供をあやすように背中を叩く。それを合図として受け取ったかのように、新一の目からはぽろぽろと雫が落ちていく。今日だけだからな、ともう一度言って、小さな探偵を抱きしめた。

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