「じゃあ仕事、頼むよ」
「オーケー」


当たり前のように他人の唇を受け入れる自分に吐き気がする。それでも平穏のためと、ポーカーフェイスを忘れずに、笑顔を作り続けた。乱れた服装を直し、懐から封筒を渡される。いつものように受け取って、フロントの鍵を渡した。このフランス人の男は、裏社会で名のある殺し屋だ。自分を付け狙う連中がいるたび、彼に始末して貰っている。見返りに身体を要求されるが、他人の心配ばかりする愛しい人のためだ。苦痛も快楽も感じない。相手は関係を表ざたにする気はないし、金を払うより簡単な方法だから。


「…ごめん、新一」


幾度となく心の中で呟いた、彼への謝罪の言葉。本人の前で言うといつも怒られるけど、言わない訳にはいかない。そうでなければ罪悪の念に押しつぶされそうで。こんな関係、さっさと断ち切ればいいと思う。けれど彼以上に優秀な殺し屋は知らないし、新一と約束したのだ。絶対に死なない、と。組織の力がどれほど強大か、彼はよく知っている。だからこそ何度も命を狙われ、そのたびに彼を心配させたのだ。


「泣かせない、絶対に」



*****



快斗に名前を呼ばれた気がして、ふと目が覚めた。時計に視線を移すとまだ深夜だ。今日は家に来れないと電話で話していたが、何かあったのだろうか。どれほど危険が迫っていても、彼は大丈夫だとしか言わない。自分を心配させまいとするのは分かる。勿論そうさせている自覚もある。こんなのはただの我が儘だ。傷付いてほしくない、組織に近づけさせたくない、と。自分とて同じなのに。


「新一」
「あ、悪ぃ、起こした?」
「別に構わないよ、おいで」


言われるまま男に抱きつき、そっと背に腕を回す。快斗以外の男と関係をもつなんて最悪だな、と自嘲した。ただ快楽を受け入れるだけの体は、しばらく彼に触れていない。いや、そうしないようにした。快斗は強引に事に進まないから。
その優しさに、甘えて。


「…汚いな」
「え?」
「何でもない、それより依頼したものは?」
「メモリーカードに入れてあるから、後で渡すよ」


落ちてくる唇を拒むことは出来なかった。男は大切な取引相手だ。もし機嫌を損ねて取引が中止に、なんてことは許されない。危険な道に足を突っ込んではいけないと理解している。嘘を吐くことも、言い訳をすることも。それでも奴等を倒したい一心だった。周囲の人間を危険に晒し、怪盗キッドの命を狙う組織を。どんな方法でも情報を手に入れたかった。


「…ごめん、快斗」


だから今だけは、騙されていて。


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組織を倒すために身体を売って情報を手に入れてる。
けれど相手が自分と同じことをしているのは知らないっていう話。

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