彼に出遭ったのが予告状を出す前で良かった、と黒羽快斗は安堵の溜め息をもらした。幸いなことに毛利探偵事務所からショッピングモールまでは遠く、今回はたまたま阿笠博士が連れて来てくれただけらしい。あの中森警部が毛利探偵に依頼をする訳もないし、鈴木次郎吉代表が絡んでいる訳でもない。白馬の野郎もいないし、楽勝だな。ポーカーフェイスをすっかり忘れ、顔をにやつかせる。張り合いがないのはつまらないが、最近は邪魔をされてばかりだった。だからたまには簡単な仕事をしたい。そう思っていたのだ。


「何にやついてるのよ」
「いやぁ、ちょっとな」
「またやらしいことでも考えてたんでしょ」
「バッ、バーロ!いつも考えてるみたいなこと言うな!」
「本当のことでしょ、この間も女子更衣室の鍵を開けて…」


聞いてはいけない内容を耳に入れた、と子供達は顔を赤くする。場にふさわしくない話に気付いたのか、青子もそれ以上言うことはなかった。そもそも美術品が並ぶこのフロアは、みんな無言で鑑賞している。静まり返った周囲に、俺と青子はさらに頬を真っ赤に染めたのは言うまでもない。


「快斗お兄ちゃん、えっちなんだね」


ぽつりと呟かれた言葉には、何も言わないでおこう。


「あ、これよ快斗」
「…へぇ」


裾を引っ張って指差す先には、光り輝く宝石が硝子ケースに入れて展示してあった。見たところ赤外線センサーもないし、警備員もいないようだが、これが一週間のみの展示品なのだろうか。素人でも盗もうと思えば盗めそうだ。宝石の方は値が高いものなのに。周囲を怪しまれぬ程度に観察し、間取りを頭に入れる。フロアは前面ガラス張りになっていて、夜間は街の景色を楽しむことが出来るそうだ。デートスポットにうってつけだと誰かが言っていた。まあ、侵入するなら室内がいいか。私服警備員もいないようだし、最新のセキュリティを施すにも設置場所がない。これだけ盗みやすいと、とても不安だが。


「ねぇねぇ」
「どうした坊主?」


見上げてくる彼に内心驚きながらもポーカーフェイスを忘れず、にこやかに笑う。まずいまずい。少しでも不審な行動を取ったら、聡い名探偵のことだ。すぐに勘付いてしまう。


「この宝石って価値が高いの?」
「ショッピングモールに展示するぐらいだから、そんなに価値はないと思うぜ」
「だよねー!警備員さんがいないから、そうだと思ったんだ!」


笑顔を見せる姿にどうにか乗り切ったと安堵しながら、それでも裏を探った。探偵でもこの違和感に気付いた筈だ。けれど何処にどんな仕掛けがあるか分からない。だから安物だと言うしかなかった。予告状はまだ出さないにしろ、怪盗キッドが狙うかもしれない物があるのに。監視カメラにレーザーらしきものはない。となると夜のみ有効な仕掛けか。それともケース内にあるのか。どちらにせよ、もう一度来なければならないことは確かだった。

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