「それでは、私は戻りますね」


ぼんやりと宙を見ている九楽々を抱き抱えた中村は、目の前に立つ少年に声を掛けた。彼は一瞥もくれずに、好きにしろよ、とだけ言い放つ。そしてタイミングを見計らったように、バタバタと足音を立ててやって来たのは白夜党の浪士達。恐らくは中村の護衛と、沖田の援軍だろう。こちらに向き直った中村はもう一度微笑んで頭を下げた。一見、人の良い好青年に見えるから面倒なのだ。少年に負けず劣らずの腹黒さは拍手喝采ものである。


「お帰りをお待ちしております」
「…待ちやがれ!」


そう言って路地裏に消えていく中村の後を追おうとする。けれど行く手を阻む者がいることは分かっていて。


「お前の相手は俺だ」
「銀ちゃん!」


振り下ろされる凶刃を受け止めるもその力は強い。背後で神楽が叫ぶも振り向く余裕などなかった。明確な殺意を向けられるのは初めてだ。悪友を敵に回すと恐ろしいな、なんてぼんやりと思う。味方であれば頼もしいが、敵になれば厄介極まりない。ギリギリと押し迫る刀を横に振り払って距離を取った。


「神楽!こっから離れるぞ!」
「分かったアル!」


斜め後ろに見えた存在に呼び掛け、沖田に背を向けて走り出す。いくら人通りが少ないとはいえ此処は街中。一般人を巻き込むわけにはいかない。真選組の彼にとって市民は守るべき対象だが、正気を失っている今、誰彼構わず殺しかねない。それは避けるべき事態だろう。


「逃げたぞ、追え!」


白夜党の一人が叫んで後を追おうとする。けれど恐らく今の少年にとってそれは―――。走る速度は落とさずに背後を見遣ると、赤を散らせて崩れ落ちる男が見えた。そら見ろ、言わんこっちゃない。


「邪魔はするな」
「貴様っ…仲間を…」
「俺は仲間になったつもりはねぇ」


ポタリと刀から血が滴り落ちる。屍となったものを踏み付けて、沖田は浪士達に刃を向けた。


「あの野郎は俺が殺す。だがな、いつ俺がお前達を殺さないと言った?」


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