命は輝きだと、父は言った。祖母の葬式のときだった。父の――幸久の母でもあった祖母の死に顔を見て、寂しそうに笑いながら倖に言ったのだ。 ――生きている者は必ず死んでしまうけれど、たくさんのものが遺るんだよ。それを人は思い出と呼ぶんだろうね。死んでしまった人はね、僕たちに託していくんだよ。思い出として、たくさん、いろんなことを託すんだ…… 「お前もいい加減認めろぉぉぉぉ!」 「……認めてなるものかぁぁぁぁ!!」 お父さん―― 「ドレッドファイア!!」 「ブレイドツイスター!!」 ――静―― 「私、わたし……」 風と炎がぶつかり、弾ける。 熱風が吹き荒れ、濁った白い空気が瞬く間に広がった。もうもうと立ち込む煙は一切の視界を遮る。 その中を一つの気配が走り抜ける。倖が左側の影に気づいたときには、キュウキモンは腕の鎌を振りかざしていた。 「お前も堕ちろぉぉぉぉぉ!!」 赤い目に射抜かれた倖は動けなかった。風が、強い風が、二人の間を疾った。 「――ギルモン進化ー!ラプタードラモン!!」 機械竜が鋼の頭で鎌鼬を突き飛ばす。 上空から降ってきたラプタードラモンは、持ち前の瞬発力と飛翔能力で難なく角度を変えて突っ込んできたのだ。 しかしここに入るのに、ただとは言えなかった。銀色の装甲が傷だらけで、剥がれている箇所がある。 ラプタードラモンは旋回すると倖の元へ降り立つ。――ひゅっ、と息をのんだ。 「ダーク……リザモン……」 わき腹を押さえ、倖の前で横たわるダークリザモンを見て声が震えた。 倖を襲わんとする凶刃にラプタードラモンは間に合わなかった。深々と刺さったらしく、荒い呼吸を繰り返している。傷口からは粒子が溢れ、舞い上がっていく。 “それ”がどういう状況を表しているのか、倖たちはよく知っている。 「ダークリザモン、ダークリザモン!!」 倖は必死で彼の名を叫んだ。もはや悲鳴に近い。舌がもつれそうになっても、繰り返して呼ぶ。 ははっ――低い声が笑った。 「どう……?わかったでしょ?アンタの大事なものは壊れる運命なのよ!」 「……運命……」 「そうよ。篠原倖。これが運命! そしてこれからも広がっていく!選ばれし子どもたちは、ダークマスターズに敗北するのよ!!」 「これが、運命……私の……」 紋章を取り出して、震える手で握りしめる。 目の前にいる者を守れない運命。大切なものを壊される運命。 大切なひとを、守れない、力ない私。 「こんな、こんな運命なら――」 倖は拳を振り上げた。 「私は、運命なんかいらないっ!!」 紋章を地面に叩きつけようとした、そのとき。 力なく垂れていたダークリザモンの手が、倖の腕を掴んだ。 「……?!」 「やめろ、篠原倖……」 彼から、こんなにもか細い声が出るとは思わなかった。 「この死に損ないめ!」 「――うるせぇ!」 ラプタードラモンは長い首をぶるんっと振るわせ、キュウキモンに向かって突撃する。両腕を交差して、ラプタードラモンの頭を受け止める。 「……お前は、いいパートナーを持ったな……」 「だめ、だめだよ!ダークリザモン、喋っちゃだめ!」 「俺はよぅ……友だちの思いを捨てちまったから、今、後悔しているんだ。お前はそんなことしちゃいけない。 大丈夫だ。お前はまだ捨てちゃいない。まだ、まだやれるよ」 「やれないよ……やれないよぉ。お父さんも静もいなくなって、レオモンたちもいなくなって―― ダークリザモンも、いなくなっちゃったら、私っ――」 「……本当か?」 腕を滑り、倖の手を握る。力は小さく、ひんやりとしていた。熱が失われていく。命の熱が。 「変だよな……俺とお前、長い時間を共にすごしたわけでもないに……。 でもさ、俺の……命……ずっとだれかといられた、お前なら……」 足先から光の泡が浮かぶ。じょじょに体が消えていき、倖はダークリザモンの手を両手で包み込んだ。 笑っているのか。泣いているのか。潤む視界でわからなかった。 「……頼む……俺たちが、輝いた分を……」 …………。 「だーく、りざもぉんっ……」 消えていく。……消えていく。 黒い炎の竜は、小さな人間にたった一つの願いを口にして、消えた。 「くそ―― ちくしょう!!」 視界の端に映る粒子に、ラプタードラモンはきつく奥歯を噛み締めた。目尻に涙が溜まって、走る度にぽろぽろと落ちていく。 キュウキモンは肩をひくつかせながらくぐもった笑い声を上げる。 「ふふふははははは!はははっ! ほらね!消えた!ねえ、どう?! ぼろぼろでしょう、アナタの心。そうよね、大事なお友だちがいなくなったんだもの。 さ、ワタシに見せてちょうだい。絶望でぐちゃぐちゃになった顔を――」 言いかけて。キュウキモンはぴたりと立ち止まる。 信じられないものを見るような目で、倖を凝視する。 しなだれる首をもたげたら、涙でひどい顔になっているかと思っていた。――しかし。 「何なのよ、それ」 立ち上がり、キュウキモンを見据える姿は、キュウキモンの予想を大きく裏切る。 透明の涙を流す倖は凛々しく、美しかった。 醜く哭(おら)ぶのではないのか。悲しくないのか。 なぜ彼女は美しく泣いているのだ。 「もう何なの、何なのよ、アンタ。ワタシを見透かしたり、ワタシの期待を裏切ったりして!思い出なんて重荷でしょう! あんなデジモンに動かされたの?!アナタは!!」 「……そうだよ。ダークリザモンが、たくさんたくさん教えてくれた……」 倖は再び紋章を握りしめた。今度は優しく。 「私、やっぱり独りになれないよ。 ラプタードラモンがいて、太一くんたちがいて、お母さんたちがいて……私の中に残る思い出があるから」 手のひらから、菫の光が溢れる。 「負けられない――負けられないんだ! 人と共に在ることが私の運命。 そして、どんなことにでも立ち向かう!それも私の運命だから!!」 デジヴァイスが紋章と呼応し激しく揺れる。 零れる菫の光は気高く、美しい。 ――聞きなさい、倖。 生き物は壊れやすい。物とは違う。 だけど生き物も物にも終わりが来る。それは当たり前だろう? ……それでも僕らの心は、“終わり”を簡単に迎えられるような作りをしていない ――倖が静くんを忘れない限り、倖が終わりを迎えない限り、彼は心の中で生きる。 いつまでもお前の中にいるんだよ。 「ラプタードラモン、超進化」 竜は一人の騎士へと進化する。 「グレイドモン!!」 ロイヤルブルーのマントをはためかせ、流星の黄金騎士が剣を抜く! |