何十、何万、何百……。どんどん重なり増えていく空を想像すると「っあたしは一人!」という空のツッコミに倖は笑みを抑えられなかった。

「あ、イッちゃーん!」

 するとミミはパルモンを押して列へ向かう。
 どうやら友達らしい。何人か固まった女の子グループに笑顔で駆け寄る。

「会いたかったー!」
「え?さっきからずっと会ってるじゃん」
「どうしたの?」
「さあ」
「ター子ー!元気してたー?!」
「ちょっと、ミミぃ……」

 友達は呆れたような、困ったような声を上げる。
 対してミミは笑顔を咲き誇らせ、友達の微妙な視線に気づいていないようだ。
「たく、ミミったら」というパルモンの声も存在もすっかり忘れているようだった。

「こっちじゃあれほど時間が経ってないって言ったのに」
「気持ちはわかりますよ。
でも、早く光が丘に行かないと」
「よし。
先生、藤山先生!途中下車していいかな?」

 太一は運転手と藤山先生の間に入る。
 通路の確認をしているのか、運転手は片手に持つボードを見ている。

「途中下車?!
だめだめ、先生にはみんなを連れて帰る義務があるんだ」
「そんなこと言わないで、頼むよ!
光が丘団地の近くでいいからさ」
「光が丘?何でそんなところに」
「そ、その……、昔住んでたんだ。ちょっと懐かしくなったもんで」
『お願いします!』

 倖たちもそろって願い込む。……ミミは相変わらず友達と話しているが。

「お前らもか!」
「光が丘だったら近くに通るな。
えー、関越自動車道から外環道路に入るときに大泉を通りますから、そこからだと光が丘まで歩いていける距離ですね」
「じゃあ運転手さん!そこで降ろして!」
「こら!まだ許可したわけじゃないぞ!!」
「先生、お願いします!
どうしても見ておきたいんです!両親が離婚する前、家族仲良く暮らしていた場所を!」

 と、ヤマトが言って「お兄ちゃん!」タケルがヤマトにしがみつく。
 ヤマトは「タケル!」と応えながら顔をうつ向かせた。

「先生、私からもお願いします」
「篠原もか?!」
「亡くなったお父さんと親友の、思い出の場所なんです。
……また、あの場所に行って、思い出を確かめたいんです」
「篠原……」

 しんみりとした雰囲気の中、丈が先生の前へ駆け寄る。

「先生、お願いします!光が丘で降ろしてください!
僕が責任をとって送り迎えますから!!」
「六年の城戸がついているならいいか……。
ちゃんと親には連絡しとくんだぞ」

 丈の必死な形相と、倖たちの空気に気圧され、藤山先生は折れるのであった。

「ありがとうございます!」
「ありがとーございます!
――おい、いつまでやってんだよ」

 太一の一声に、倖たちはくすりと笑みを漏らす。
 状況がわかっていない丈は「ど、どーゆーこと?」と目をぱちくりさせた。

「ああでもしなきゃ許可してくれそうにもなかったからな」
「効果はてきめんだったね」
「じゃあお芝居だったのか?!
僕はてっきり本当かと先生に必死に訴えたのに……!」
「まあまあ、上手くいったからいいだろ」

 丈をなだめ、子供たちはバスに乗車する。
 久々の友達。あどけない会話に、今までの時間が嘘のように思う。
 倖は窓側の席に座って、団らんを聞いていた。
 平和的な時間に微笑みを浮かべ――はた、と気づく。
 私はこんなにも笑うことが多かったか、と。キャンプ場に向かう前は、あんなにも無愛想な――冷たい表情を浮かべていたのに。
 心が浮かれているのだろうか。……いや。

「倖、楽しいなっ。ここ」
「……うん。本当に」

 膝の上でこっそり笑うギギモンを、こうして撫でられるのも。

(みんながいるからなんだね。
きっと)




 光が丘に到着した一行は、陸橋の上で景色を眺めていた。
 たくさんに並び立つビルの数々、行き交う人に過ぎ去る車――
 “三年前”と変わらない景色だ。

「あれが光が丘団地」
「すっご〜い!空、あんな大きなお城に住んでたの?」
「お城じゃないわよ。
中は細かく区切られていて、たくさんの人が住んでるの」
「空も光が丘に住んでたの?」
「うん」
「俺と空は同じクラスだったんだよな。
第三小学校一年二組!」
「オレは第四小学校だった」
「私は第六小学校」
「じゃあ先生をだますために嘘吐いてたわけじゃないんだ!」

 続けざまにヤマト、倖が言うと、丈は驚きの言葉を放つ。

「光が丘に住んでいたのは本当だよ」
「うん、ぼくもちょっぴり覚えてる!」
「僕は第五小学校だった」
「アタシも幼稚園の頃に!」
「ボクもですよ!ほんの少しの間でしたけど」
「じゃあ、全員が光が丘に住んでいたってことか?!」

 偶然というには、出来すぎているように思えた。
 “何か”が選ばれし子供たちを惹きつけている――運命的な“何か”が。



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