「隠れてないで出てくればいいのに」 「空は一人になりたかったの。 でも、みんなのことも放っておけなかったの。わかってあげて」 ……どこが“みんなのことなんてどうでもいい”なのだろう。空はこんなにも相手のことを思いやれる人なのに。 感情の起伏も優しさの伝え方も自分よりずっと上手だ。 倖は相手のことばかりで自分を疎かにする空に――僅かな怒りを覚えた。 タケルがうつ向く空へ、そっと寄る。 涙を浮かべて嗚咽を鳴らす空は「え?」と小さく声を上げた。 「ぼく、空さん大好きだよ。 だからもういなくならないで。 ぼくもう、やだよ。 家族が――ううん、みんながバラバラになるの」 「タケルくん……」 「武之内さんは、……もっと自分のことに割り当てていいと思う。 相手のことばかり考えて、武之内さんが“本当にやらなきゃならないこと”を見失ってはいけないから」 「篠原さん」 「私が言えたことではないかもしれない。 でも、仲間としてこれだけは言いたいな――無理しないで」 「――ッ」 倖は自身がひどく寂しい笑みを浮かべていることに気づかなかった。 「……ごめんねっ……ありがとう……」 「――お〜い!」 丈の間延びした声が聞こえる。 やっと追いついた三人に「おう、遅かったじゃんか!」と太一は手を振った。 「だって丈先輩、川に落っこちちゃうんだもん」 「なっ、ミミくんだって疲れたお腹空いたって座り込んだじゃないか!」 いつも通りだ。 やっといつも通りのみんなになれた。 残るはひとり。 深く傷つけてしまった、たったひとりの相棒を探して。 ◇ その日の夜。 子供たちは焚き火を囲って安眠に就いている。 夜に紛れて聴こえるのは、夜風と弾ける焚き火の音――そして。 「――ピヨモン、ピヨモォン!!」 空の、悲鳴。 倖は目を見開いて、慌てて体を起こす。 ぐったりと横たわるピヨモンと必死に呼びかける空の姿。 倖は「みんな起きて!!」と叫ぶ。 視線が捉えた先に、あの小悪魔がいたからだ。 「なんだ、どうした?!」 「あぁっ、ピコデビモンだ!」 ピコデビモンはあわあわと飛びはねる。 すると突然に、月が覆われ、森は真っ暗になった。 焚き火でお互いの顔が見えるくらいの、強い暗闇。 暗雲がすぎると月は真っ赤に染まり、一体の悪魔に似た竜デジモンがこちらに向かってきた。 「な、なんだ――」 誰かが渇いた声を絞り出した。 馬車だ。 扉が開くと棺桶を放り出して、馬車は過ぎ去っていく。 棺桶は下へまっ逆さまに落ちるが、途中ガタリッと音をたてて開いた。 現れたのは、一つの影。 「選ばれし子供たちよ」 暗闇に似た黒のマントに身を包んだ――たぶん、これまで倖たちが会った中で一番人に近いデジモン。 だが決定的に違うところがもある。 青ざめた顔。蝙蝠のような仮面。金髪は赤い月に照らされ、光る眼は野望にまみれている。 「こいつよ、ピコデビモンが通信していた奴は!」 「こいつではない、ヴァンデモン様だ!」 「ヴァンデモン?」 「ヴァンデモン様だ!」 ヴァンデモンと呼ばれたデジモンは低く笑う。 「お前たちの旅もここで終わりだ。 ――ナイトレイド!!」 マントが広がると、そこから無数の蝙蝠が飛びかかる。 子供たちは悲鳴を上げ、デジモンたちは進化をして蝙蝠から守り抜く。 トゲモンに続きイッカクモンが彼に向かって爆撃するが――煙りの中から無傷で彼は現れた。 余裕の笑みを浮かべ、尖った歯を見せる。 まるで吸血鬼――倖はぞっとした。 「これで勝ったつもりか? ――ブラッディストリーム!」 血のように赤い鞭はヴァンデモンの手で踊るようにしなる。 手慣れた扱いで鞭を振るい、次々とデジモンたちを薙ぎ払っていく。 ――圧倒的な強さだった。 ヴァンデモンの高笑いが闇に響き、子供たちは背筋を震わせた。 「太一、こいつ強い……」 「そんな!」 (みんなやられた――こんなとき) こんなとき、ギルモンがいてくれたら。 (ギルモン、今どこにいるの? 私、ただ見てるだけでなんて嫌だよ。 ギルモン――) 倖は胸に手を重ねて、ひたすら祈る。 まだ見ぬ相棒を求めて。 |