青い海、突き抜けるように青い空!この思わず目を見張るような景色を見て連想するものは何だと問われれば、多くの人間が「海水浴」と答えることだろう。海水浴。それは泳げない者にとってはなんとも憎たらしい響きに聞こえるものである。真夏の糞暑い中、市民プールや海に行こうという誘いに頷くことはできても、避暑をすべく水中に潜ることなぞできるわけがないのだから。 デジタルワールドにも海はもちろん存在する。が、そこに連なる世界の一つ、サマーゾーンなる場所で、人間界にて幾度となく経験した夏場の虚無感を身に浴びることになるだなんて、誰が想像しただろうか。 「いいなー、涼しそうだなー」 スターシリウスのジェネラル・井藤遥瑠とフリーウィンドのジェネラル・凪城カナハは二人ともカナヅチである。二人して木陰に肩を並べ、海にぷかぷか浮かび昼寝するメタルシードラモンと、マーメイモンを先頭にはしゃぎまくる仲間デジモン達(主にフリーウィンドのメンバー)をぼんやりと眺めていた。ぽつんと並ぶ二人の背中のなんと小さく見えることか。 海って場所はこんなにもむなしい気持ちになるとこだったっけな。まあ今更カナヅチ云々で悩んでても仕方ないんだけどー、とデジノワとジュースをもっさもっさ食べながら遥瑠はカナハに視線をやる。羨ましそうな視線を海原に固定したまま彼女は危なっかしい動作でゆっくりとデジノワを口に運んでいた。…と、案の定ぽろりとそこからデジノワが転がり落ちる。 「危ないっ!」見事な反射神経でそれをキャッチした遥瑠の声にカナハはびくりと肩を震わせた。急な発声に驚いたらしい。 「ごめんごめん、驚かせて。ほら、デジノワ落ちたよ」 「あ、ありがとう、井藤ちゃん。…?」 「ミチ。ミチって読んでくれなきゃデジノワ返さないからね。今度こそ呼ばせてみせるっ」 「え、ええええ…!?」 「ミチ。リピートアフターミー!はい!」 「み、みっ、ミチ…ルちゃん」 「ノー!ミチ!」 「うえっ…ミチ、……ル、ちゃ…ううっ」 「おしい!あと少し、ほら泣かない泣かない、ワンモアー」 「みっ、ミチっ…ちゃん!」 「よくできましたー!」満足そうに遥瑠がデジノワを返せばカナハはへらぁ、と笑い返した。その瞳には涙が溢れかけている。「次からもミチ、でよろしくね」「が、がんばる」泣きながらきりっとした表情でカナハが頷き、場に穏やかな沈黙が再び訪れる。日差しが強いね、とか熱中症に気を付けないとね、とか何気ない会話が後には続いた。 「ね、ねえ、ミチ…ちゃん」 「うんー?」 「海、行こうよ」 「散歩みたいな?」 「うん」カナハが砂をはたきながら立ち上がれば、つられたように遥瑠も腰を上げた。太陽は真昼よりも西に傾いていて、日光もだいぶきつくなくなっている。散歩くらいにならもってこいだ。遥瑠が賛成して、同じく座り込んでいるカイザーレオモンのいる後ろを振りかえる。目を閉じてはいるが寝てはいないはずだ。「カイ、そういうことでちょっと行ってくるね。留守番よろしく」「…あまり目の届かないところまで行くなよ」「わかってるって」行こっか、とアイコンタクトを交わして砂浜を踏みしめた。ざくざくと心地いい音がする。 「おお、何これ癖になる」 「綺麗な貝殻とか、あるかな」 「あるんじゃないかなあ。探す?」 「あとからでも、いいよ」 「そう?」 「うん」 「…考えてみればさあ、泳げなくても遊べるよね、海」 「そうだね」 「こう、ドラマみたいに波打ち際でキャッキャしたり、誰かを砂に埋めたり?懐かしいなー、砂遊びってもう何年もしてないや」 「…や、やる?あっちでララモンたちが砂のお城作ってるよ」 「…クオリティ高ッ!」 いつのまに浜に上がったのだろうか、彼らは少し向こうで砂の塊をいじくっていた。ここからでもわかるほどにやたらと手の込んでいる城に、仲間デジモンを模しているらしいものまで、さまざまな作品を制作中のようだ。その熱意に思わず遥瑠は笑顔をひきつらせたが、次にはきらりと瞳に光を帯びさせていた。楽しげにカナハの手を引いて歩き出す。 「み、ミチ、ちゃん?」 「一緒にやろうよ、砂遊び!おーい!あたしたちも混ぜてー!」 「いいよー!」元気良くピョコピョコ跳ねながらユキミボタモンとギギモンが笑う。砂を身体中にくっつけているその姿にカナハと遥瑠は思わずぷすりと声を上げた。 「あっはは!みんな砂まみれだ、おっかしー!」 「仕方ないじゃない、つい夢中になっちゃうんだもの」 「うわ、テイルモン体洗うの大変そう…ぶふっ」 「笑ったわねミチ!」 「わ、ちょ、砂投げるの反対!目に入ったらどうするの!?」 「海水ででも洗ってなさいよ!」 「よけいに染みちゃうよ!?カナハちゃんヘルプ!」 「うえっ!?」 「テイルモン…カナハを泣かすようなことしたら、錨で頭ぶち抜くわよ」 「こわっ!?マーメイモンえげつないんだけどカナハちゃん!」 「ま、まままマーメイモン、落ち着いて…!うう、シルフィーモン…あれ、シルフィーモンは?」 「あっちでカイザーレオモンとお話してるよ」 「いつのまに!?み、見捨てられた…!」 「マーメイモン止めてー、ユキたちが作ったの壊れちゃうよー!」 「ケラモン、マーメイモンがこっち来たら毒吐いていいからね」 「ケケケッ」 わーわーぎゃあぎゃあ。ひどく賑やかな声は日が暮れるまで浜辺に響き渡っていて、その光景はデジタルワールドが戦火にあるとは思えない程穏やかで、年相応なものであった。突如戦場に放り出された少女たちの、僅かな平穏は希望となりて、先の道筋を照らしてくれるに違いない。 サマーゾーンでのありふれたようでかけがえのないとあるひとときは、思い出のページにしっかりと刻まれたのである。 (つ、疲れた…) (シルフィーモン、いいのか。お前のジェネラルが涙目でこっちを見てるぞ) (……今回はパスだ、カイザーレオモン任した) (俺に振るな) (マーメイモン、暴走したら色々厄介なんだよな…) (とある夏場の一ページ) |