「タケルなんてもういいんだ!」
「へぇ」

 名前は低く答えると、人ならざる者は口を閉ざした。

 ――渋谷の夜空を走る生き物を見つけ、名前は声をかけた。
 この世界には見慣れない生き物。しかし名前にとってはひどく懐かしい生き物。
 デジモン。
 人間界の裏側に在るデジモンワールドにいる者たち。
 ハムスターによく似た姿だが子どもが抱えるほどの身の丈で、耳は大きな翼になっている。名前はすぐ彼がデジモンだとわかった。
 ならばなぜ彼がここにいるのか?名前はわきあがった疑問をぶつけたくて、彼を――パタモンを呼び止めた。
 "タケル"とケンカをして飛び出した。つっかえつっかえの言葉を何とか拾って、名前は理解した。挙げ句の果てに必要ないなどと。
 口を開く様子のないパタモンに、名前はうすら笑みを浮かべる。

「――じゃあ、このまま私のパートナーになる?」

 パタモンはぎくりと体を跳ねる。

「でも、ぼくは」
「"タケル"はいらないんでしょ?」

 うす気味悪い女だった。名前は。
 大の大人がぬいぐるみを抱え、ベンチに一人座っている光景はなかなか異常だ。だが、だれも気にとめず歩いている。
 パタモンはこの中でタケルがいないか首をあっちこっちへめぐらす。

「渋谷はこんな夜でも人が集まる場所だよ。小さな子どもを見つけるのは相当難しいと思うなァ……」

 ねっとりとした言葉にパタモンはいよいよ危機感を覚える。タケルはパタモンを抱き締めるときとても温かいのに、名前はひどく冷たい。
 真夏なのに、人間はこんなに冷たいのか。タケルより大きいから?でもヤマトや太一だって温かいのに。この人間は何かおかしい。
 パタモンのくりっとした目から、大粒の涙がボロボロこぼれる。

「た、タケル……」
「……わかったね?」

 名前は微笑んだ。

「本当は"タケル"が必要なんでしょ?一緒にいたいって、思ってるんでしょ?
変な意地を張っちゃっただけなんだよね、パタモンは」

 それまでの不気味な様は消え、優しさに満ちたやわらかな空気に包まれる。
 パタモンはわけがわからなくなった。どうして名前はあんな怖い顔をしていたのに、笑うのか。
 心がぐらぐら揺れる。でもそこの真ん中にはタケルがいたから、やっぱりタケルが必要なんだってことだけはよくわかった。

「タケリュ……タケリュ〜〜!」

 人目も気にせずわんわん泣くと周りの人間たちがいっせいに注視する。
 さすがにこれ以上ここにいるのはまずいなと判断した名前は立ち上がり、人目のつかない場所へそそくさと向かう。

「ほらほら、泣き止んで。ごめんね、いじめすぎちゃったね」
「ゔっうぅぅ……タケリュ……」
「泣いてたってタケルくんは見つからないよ」

 ハンカチで目元を拭き、頭を撫でる。名前の言葉にようやく涙は止まり、パタモンは口をきゅっと噛みしめた。

「名前はどうして怖かったり優しかったりするの?」
「怖かった?うぅん、ごめんね。
怖がらせるつもりはなかったんだけど。
でもああやった方が一番効果的かなって思って。パタモンにとってタケルくんがどれだけ大切なひとか、心からわかったでしょう」
「……うん……」
「――少し昔話をしようか。
ある世界に人間の子どもとモンスターがいました――」

 子どもとモンスターは常に傍にいた。でもお互い意地っ張りだから、ケンカがよく起きた。
 つねってひっかいて殴られ……とことん仲が悪いときもあった。でも、すぐに笑って許しあった。二人はとても仲がよかった。
 子どもはモンスターとずっと一緒にいたいと思い、モンスターは子どもとずっと一緒にいたいと思った。
 しかし二人は異なる世界の生き物。モンスターに喚ばれて異世界へ迷いこんだ子どもは、やがて帰らねばならなかった。
 別れがやってきた。子どもとモンスターは最後の最後で大ゲンカをしてしまった。
 ……お互い意地っ張りだから、ケンカがよく起きた。でもそのときだけはつねらなかったし、ひっかいたりしなかったし、殴らなかった。ただ気まずい沈黙が流れ、二人は別れてしまった……

「仲直りしなかったの?」
「しなかったよ」
「二人はもう、会えなかったの?」
「会えなかったね」

 名前は紺碧の空を見上げる。星が少ない。都会の夜空は寂しいのだ。

「もう二度と」

 パタモンは翼を垂れて「そうなの」とつぶやく。
 名前は再び微笑みを浮かべ、パタモンにそっと話しかける。

「後悔したって遅いんだよ。隣にいなきゃ。パタモンはタケルくんの隣にいて、笑ってなきゃ。
この昔話のようになってはいけない」
「名前は……後悔したことあるの?」
「……あるよ。うんとあるさ……
でもね、私の中に残っているものは後悔だけじゃないから」

 もう一度パタモンの頭を撫で、抱き締める。
 洞窟の奥底に眠る石のような冷たさはなく、タケルと同じ温もりがある。タケルは名前みたいに甘い香りはしないけど。

「ぼく、探しにいく。タケルを見つけなきゃ!」

 そして、そして。あの冷血な吸血鬼デジモンを倒し、デジモンワールドとタケルの大切な世界を守らなきゃ。
 迷いのない瞳が強く物語っている。この子もまた使命を持っているのだ。こんなところで立ち止まってはいられない。
 ――少しうらやましいと名前は思った。
 大人になると何をしたらいいのか、ますますわからなくなって、漠然とした未来に立ちすくんでしまうことがある。
 子どもならば。……いや、今さらそんなことを思ってどうするのだ。
 時は進み続けているのだから。
 二度と戻れないのだから。

「タケルどこにいるかな?!」
「人が集まるような場所というと、ハチ公前な気もするけど……」
「わかった!ありがとう、名前!」
「って、パタモン?!ちょっと!」

 名前の制止も聞かず、パタモンはさっさと飛び立ってしまった。人の目につくのはだいぶマズイのではなかろうか。
 名前はぽかんと口を開けながら、パタモンが三度夜空を見上げる。
 ……それから、ぷっと吹き出す。

「ははは。相変わらずデジモンはパートナー一筋なんだな。
……あの子もそうだったなぁ。ケンカばかりだったけど、私のこと一番に考えてくれてたなぁ。
――会いたいなぁ……」

 パタモンによく似た出で立ちの、しかし荒っぽい口調のあの子。後悔が胸を叩くから、思い出さないようになったのはいつからだっけ。
 謝りたい。それからまた会えたねって笑いたい。だが大人になった今では、それはもう叶わないのだ。
 今は新たな選ばれし子どもたちに未来を託すこととしよう。
 願わくば再びデジモンワールドが平穏に包まれるように。そしてやがて訪れる"時"が彼らを分かつとき、心も引き裂いたりはしないように。

「昔話の子どもとモンスターのようには、なりませんように」

 そう願い、渋谷の街道を歩きはじめてしばし経ったとき。
 上空を一人の天使が駆けていった。純白の翼からヒラリと羽が落ち、名前はそれを拾う。
 きっとパタモンだ。――そうか、これからタケルくんのところへ行くのか。

「がんばってね、天使さん」

 一瞬見えた表情はたくましく、気高く。



****アトガキ
お待たせしました。相互記念のタケルのパタモン夢でした!
パタモン…ゆ…め……?なんかあんまり絡んでない…?あれ…??
まままままあ解説と行きましょう!(震え声)
アニメ本編33話で起きた出来事として書かせていただきました。渋谷の街を一直線に飛び去るエンジェモンのかっこよさといったら。
で、読み取っていただけたかと思うのですが、名前さんは昔デジタルワールドを救った選ばれし子どもという設定で書いていたんですね〜。
しかしパタモンゆめ、難しい!どういうネタで書けばいいのか悩みました。その結果あまり絡まないようなものに。すみませんジニアさん。
書き直しや返品はいつでも受け付けております。ですが愛は!!愛だけは溢れるほどに詰まっておりますゆえ!!!
ごほんごほん。改めましてこの度は相互ありがとうございました、ジニアさん!
26.06.14完成 拝ほこり