「ドゥフトモン」
「――む、マグナモンか。
どうした?私に何か訊きたいことでもあるのか」

「……愛とは、なにか」

「難しいことを訊くな。
さあ、いくら私にも知識があるとはいえそれに関してはわからぬ。
答えはひと様々。己が信じるもの、大切に想うもの――いくらでも存在する」

「…………」
「己の道を歩めば、愛がどんな形であるかわかるだろう」

  “道を歩んだから”わからなくなった場合は、どうしたらよいのだ。
 歩み足りないのか、俺は。

「上手くいかないのか? 名前とは」
「いや、そうじゃないさ」
「ならいいが……。
まぁ、人間とデジモン、種族の違う恋愛だ。悩むこともたくさんあるだろう。
相談ならいつでも受けようぞ」

「――ありがとう」

 ドゥフトモンはいいやつだ。
 ロイヤルナイツの悩み事をいつも聞いてくれるし、いつだって答えを導いてくれる。
 でも、これはどうしたらいい?俺は正しいか?俺の正義は通じるのか?
 ドゥフトモンと別れ、彼女の元へ行く。
 陽の明かりも月の光りも射し込まない、暗闇の塔。
 そこに彼女は住んでいる。……住ませた、の間違いか。

「名前」
「マグナモン?おかえりなさい」

 おかえりなさいの一言が、じんわりと胸に染み込む。誰かがいてくれることは、嬉しいことであった。
 たった一つの火が灯る暗闇の部屋。夜目のきかない人間だったら、彼女の表情は見えないのではないだろうか。
 俺はデジモンだし、少しぐらいの暗闇なら相手をはっきり見ることができる。
 名前は笑顔を咲かせて俺を迎えてくれた。

「ほら、おかえりなさいの次は?」
「ただいま」
「よくできました」

 些細なやり取りにふと笑みがこぼれる。マスクをしているから表情など読み取りづらいと自負しているのだが、名前はいとも容易く俺の表情を読み取る。

「マグナモン、笑ってくれた」

 ほら、今日もそうだ。

「……名前には勝てん」
「勝ち負けなんてないよ?」

 まぁ、そうだが。

「ねぇマグナモン、今日も話してちょうだい!
今日は一体どんなことがあったの?」
「今日は、そうだな――」

 他愛のない話にも名前は笑う。笑ってくれる。
 俺は彼女がこうして隣にいるのが今でも信じられないし、話し合えるのも、こうして笑いあえるのも、すべて夢ではないかと思う。
 名前。俺の、俺だけのひと。
 何より笑顔が一番かわいくて、かけがえのないひと。だからこのひとの笑顔だけは絶対に守ろうと誓った。絶対に幸せになろうと決めた。
 初めてのひとだから、大切にしたいのだ。……でも、これでいいのか?

「マグナモン、まだ迷ってる?」

 びくりと肩が跳ねた。
 話の途中でも名前は俺の心情を読み取れるみたいだ。鋭い。鋭すぎる。

「わたしをここに閉じ込めたことに、まだ迷ってる」

 気にしなくていいのに、と 名前はつぶやく。

「わたしが望んだことを叶えてくれたのよ、あなたは。
ただ、それだけじゃない」

 それだけ。
 それだけか?

「こんな暗い場所に監禁されることが“それだけ”のことなのか」

 “普通なら”、こんなことは異常であった。好きな人をたった一人にして、明かりも入らない場所に閉じ込めるなんて。
 だが彼女は望んだ。
 監禁されることを、望んだ。

「……嬉しいの。嬉しいんだよ、わたし。
こんなにも誰かに大切にされることはなかったから」
「俺は名前をもっと大切にしたい」
「大切にされてるよ。だってわたし、幸せだもの。
マグナモンは幸せじゃない?」
「俺は……」
「だってわたし、こうでもされなきゃいってしまうわ。遠い場所に」

 嫌だ。名前が遠い場所にいってしまうのは、絶対に嫌だ。
 せっかく繋がった絆なんだ。今までお前を想ってどれほどの時間が経つ?
 幸せか。そう問えば名前はとびきりの笑顔で頷いてくれる。
 幸せだよ。そう言ってくれるのがとても嬉しいのに、この胸騒ぎは何だろう。訊かなければ、笑ってくれなければ、愛を確かめられない俺は。
 名前が幸せなら俺だって幸せさ。この繋がりは奇跡であり、幸福の証なのだ。


 幸せか。そう問うマグナモンに頷く。
 ちゃんと笑えているだろうか。彼の大好きなわたしで、まだいられてるだろうか。
 わたしが死んでから幾年も経つ。死人が現世をうろつくな、と言われようがどうされようが、わたしは離れたくなかった。マグナモンとまだいたかった。
 たくさん喋って、たくさん一緒にいて、たくさん手を繋いで、それからキスもしたい。
 恥ずかしがりやのマグナモンはしてくれなかったの。
 まったく初ね。そういうところもかわいくって大好き。
 ……大好き。だいすき。そうね。もっと愛を伝えたかった。
 だからすがるの。死んでもまだ逝きたくないから、マグナモンの傍にいたいから。
 彼の鎧は明かりが乏しいこの部屋でも、金色の輝きを放っている。きれいね。でも、最近この美しさも霞んで見えるようになっている。
 終わりが近いのかもしれない――。
 こころの奥底から誰かが囁く。
 マグナモン。あなたは何を想っている?わたしよりもいい人を見つけた?
 わたしのこと、信じられなくなった?
 わたしがここにいられるのはマグナモンの奇跡の力があるからなの。その力を引き出す彼が、或いは信じないようになってしまったら。わたしを嫌いになったら、消える。
 しあわせよ。大丈夫。こんな暗闇へっちゃらよ。あなたがいる世界ならば、乗り越えられる。
 ……だから、信じて。奇跡が紡ぐ絆を見失わないで。
 それとも、マグナモンは不幸なのだろうか。
 触れても冷気しか纏わない体。デートだってキスだってなにもできない。
 外の世界はさぞ美しいことでしょう。それでもね、出たらきっと逝ってしまう。
 生きていた頃の思い出がたくさん溢れて、消えちゃうよ。
 マグナモンは幸せ?再び問えば、マグナモンはおだやかな目で見つめ返す。
 細められた瞳の奥が読みとれなくてこわいわ。
 幸せだ。答えてくれたマグナモンがたまらなく愛しくて、腕を伸ばす。
 ああ、触れられない。
 幸せなのね、それならよかった。たくさんのワガママを秘めているけれど、やっぱり一番はあなたが幸せであることなの。
 このままでいい。このままがいい。
 誰に何を言われても、わたしはマグナモンと一緒にいたい。
 小さな灯火と金色がわたしの世界。空はない。
 祝福の色は決して灯らないけれど、それでも十分美しい世界。

「マグナモン、だいすき」

 マグナモンは触れられない体を抱き締める。感覚も暖かさもわからない。
 それでもこの行為が答えなのだ。
 ええ、幸せね。








「未だ現世に想いを遺す亡霊と恋におちる……か。
なかなか興味深い話だよ。
しかしマグナモン、お前たちは不幸だ。
愛に疑問を抱いた瞬間、それは幸せとはいわないのだから。
かわいそうに。こうして他人に哀れみを抱かされることすら気づかない」

 ドゥフトモンは資料を眺めながらつぶやく。
 その紙には、イグドラシルからの記憶削除命令が記載されていた。

「恋は盲目――か。
そしてひとは溺れ、不幸の道を歩むのだ」



***** アトガキ
はい、相互感謝!で書き上げました。草涙さんリクエスト「マグナモンゆめ」でした!
二人だけが幸せで周りから見たら不幸な話ということでしたが、いやはや難しい!しかし書き甲斐のあるお題で、勝手に熱くなりながら書きました(笑)
ご希望に添えてるか不安ではあるのですが。
草涙さんの心理描写がすごく好きです…!重厚なる文体の中、キャラの深い思いなどもきっちり描かれていて!そういう文章のセンス、欲しいものですなぁ…。いやいや、欲しいと願うのではなく自ら身につけなくてはね。
なんだかぐちゃぐちゃになった感満載の小説でごめんなさい!書き直し、返品、いつだって受け付けております!
改めまして、この度は相互ありがとうございました!これから仲良くお願いしますー!

25.03.26完成 拝ほこり





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