時軸は無印本編の東京編/ピエモンに関する捏造注意(ヤンデレ化、過去)/夢主はかつての選ばれし子どもかつパートナー/バッドエンド(?)

最近楽しそうだね。

疑問ではなく、断言。そんな指摘をピノッキモンから掛けられていたのをふと思い出す。言われた当時はいつか来るであろう選ばれし子ども達をどう苦しめ、息の根を止めることばかり考えていたから、その所為で頬が緩んでいたのだろう。そう決めつけてヤツの言葉と何かあったのという質問を気にも留めなかった。だが今現在、それは間違いだったのだと知る。きっと心のどこかであのときの自分は分かっていたのだ。――いつかのパートナーと再会し、追い詰め。表情を歪ませる楽しい未来がやってくることを。

ほら、もう諦めたらどうだ。上空から見守っていた逃げ回る様があまりに品の無いことであったから、降参を促すようにそう提案してみる。しかし走るには少しばかり邪魔であろうスカートと呼ばれる衣類をひらつかせながら、彼女は威勢良く言う。お断りだと。呼吸を十分乱した身体で悪あがきを、そう思ったのだが、彼女は昔からそういう人間であった。愉快なことも絶望的なことも。最大であれば後回しにする人間で子どもであった。可笑しな娘である。だがワタシはずっと前の共に過ごしたときには既にもう。彼女、名前の性格など把握していたのだ。呆れる自分に今さら何をと馬鹿にしたくなる。だがそれは後回しにしてしまおう。この瞬間はついつい嘲笑ってしまいそうになる名前の行動、言動全てに力を注ごう。トランプソード。そう決めて走るためだけに動く足の勢いを殺すために4つの剣を投げつけた。1つは彼女の前方に投げ、少しでも停止させ、その場に留まらせる時間を作るため。2つは方向転換して逃走を再開させないよう、左右へ。最後は自ら追手のいる方へ引き返すとは考えにくいが、念のため真後ろへと。幸運にも狙った通り、刺さる複数の剣。四方に散らばったことによって作られた空間は、名前がいるだけで埋まる広さであった。完全とは言えずとも正に、檻。諦めの悪いはそんなことを知る由もなく、柄頭に手を掛ける。もちろん剣身が地中に深く食い込んでいるのだから、優れた力を持っていない人間で女。それも子どもが引き抜けるはずもない。手から掛けられ、逃げ場を失った力に彼女の身体が押し出されたのはすぐのこと。背面の刃に当たる姿を見て、傷を負ってしまうのではないかと心配したが、それも杞憂で済んでくれた。
ワタシは決して名前に怪我をさせたいわけではないのだが、散々追い掛け回したというのに身の心配をしたら彼女を混乱させる要因になるだろうから。今度は刃を直接、掴もうとする名前にいつもより遥かに低い声で、そんなに死にたいかと。人というのは何とも弱く、器用な生き物であることだ。死というその一音を耳にしただけで簡単に震えることができるのだから。味を占めたワタシはようやく地に降り立つ。その足でもう捕まえたも同然の彼女に近づいた。剣越しながらも触れられる距離に近づくと卑怯者!と切れ切れの息の中で唯一と言うべきの繋がった言葉が、大声で降り掛かる。まるで負け犬の遠吠えと表すのにふさわしかったが、その一言は逆鱗に触れられ気が立っている彼女に拍車を掛けることにもなるだろう。だがら罵声を気にしていないかのように装って目の前にある障害物(尤もワタシが作り出した状況ではあるのだが)を空高く放り出した。重力に従って再び地上を目指した鋭い刃は後方でまた。自分がどんなに力を振り絞っても、できなかったことをワタシがいとも簡単にやってのけてしまったからであろう。強がりが消えた名前の表情には代わりに怯えと放心が姿を現していた。ああ、こんな顔をするということは彼女も既に分かっているのであろう。このくだらない鬼ごっこはもう終盤。それも残された時間は一握りも無いことを。能力面においてワタシより劣ってはいるが、馬鹿ではないということだ。彼女が物分かりの良い方で大いに助かった。きっとこの心境、聞かれたらふざけるな!の一言でも浴びせられそうだと予想しながらも、手を伸ばして彼女の肩を掴む。反射で大げさに震えたそこは遠い日によく触れていたものの、あの頃のように弱々しくはない。もちろん、その他のところも。名前の全ては成長していた。ワタシがもう少し屈まないと触れられなかったあの頃からそれだけ時間が経ったということだ。それでもまだこの世界を行き来できるということは、名前は子どもなのだろう。てっきりもう大人になってしまった――いや死んでしまったとばかり思っていたのだが。名前の元いた世界では数年の月日であるが、此方ではそれを上回る時間が流れていたのだからそう錯覚しても、仕方のないことだ。


「息がだいぶ切れているようだな。……だから言ったというのに"どうせ逃げられないのだから"諦めたらどうだと」
「う、る……さい」
「おや?先程までの威勢はどうしたと言うんだ?随分弱々しいじゃあないか」


人間というのはつくづく欠けた造りをしているものだなと嫌味を全面的に押し出して、体力が底尽きた身体を引き寄せる。元からだというのに力の抜けた所為か軽くなり、脆く。扱いを間違えば壊れてしまうのではないかとありもしないことを考えさせる名前。無抵抗を続けるかと思えば偶然にもワタシの腕に行きついた爪先が牙を向けた。侵入を試みるかのような感覚が服越しに皮膚へと伝わる。計り知れる程、それも通常より軽減されたものだ。当然痛みはなく、そのうち垂れ下がった上肢と共にふらりと宙に揺れた。代わりに正気に戻ったらしく、見下げると屈服の意がないことを示す研ぎ澄まされた視線に出会うのだが、硬い顔をするんじゃあないと笑って受け流す。もちろん、怖いと評されることの多い道化師の笑み。名前が和むことなどあるはずがない。それに触発され、次に吐かれたのは裏切り者!という遠回しの暴言。


「裏切り者?心外だなあ。まさかパートナーであるキミに言われるとは……」
「だってあんなに守ってきた世界を!あんたは……あんたらは!」
「守ってきた?何か勘違いしているようだな……いいだろう。教えてやろう。ワタシがあのとき名前と共に戦った理由は」


ぜーんぶ。これから先の未来に繋げるためさ。そう真実を告げたとき。名前の瞳は少し震えて、絶望の色に染まる。まるで地の果てに落ちて行ったかのような顔をするものだから、もう我慢ならなくなって抑えが利かなくなったかのように一人笑い声を上げた。名前が落とされた側ならばワタシは突き落とす側。人を笑わせることが指名の道化師だというのに、どん底へ誘うなど正反対の行為をして結果がこれとは。とんだ当たり役を得たよう。まあこれから選ばれし子ども達を始めとする全てを同じ目に合わせるのだ。予行演習にはちょうど良かった。それに名前の気が逸れたことで目的達成に辿り着きやすくなった。いやそれが可能、そして容易になったのは無防備である名前が再びこの世界に足を踏み入れたときからの話ではあったが。


「さあて名前。もう何も知らなくていいのだから、後はゆっくり休むといい」
「ど、どういうこと……?」


息切れしていたときとは違う震え方をしていた名前だったがワタシはその問いに答えることはせず。ただ、おやすみ名前と送別の辞を送る。ワタシの行動の意図に気づいて面食らった彼女に白い布が覆い被さったのは一刹那の出来事。布が青白い電流を身に纏ったかと思えば支えを失い、はらりと重力に従って地面へと。そこにあの成長した愛しい存在は無い。だがしかし。決していなくなったわけではないのだ。屈んで布越しの彼女を手にする。以前より硬いようで壊れやすく、よく知っている姿より小さくなった名前は確かにここにいる。


*
「ピエモンさあーやっぱりなにかいいことあったでしょ?」
「さあ、どうでしょう?」


ワイングラスを中身を混ぜるように揺らしながら答えると、勿体ぶっちゃって!と不服そうな声が鼓膜に響く。全く他の2体のように静かにしてくれたらいいものを。そう思いながらも心の奥底に隠している本音を口から零すことはせず、指で挟むステムに力を加えるまでに止める。割れない程度に加減はしているので、話し掛け、此方を見ているピノッキモンは疎か、メタルシードラモン、ムゲンドラモンにも感づかれてはいない。ある程度の信用を得ていることは便利なものだ。ワタシにかつて選ばれし子どもがついていたことを隠せるのには少なくとも。


「ワタシのことを探るのは勝手ですが、もう少しで選ばれし子ども達が来ます。準備は怠らないように」
「分かってるよー。あーあ!早く来ないかなあ……」


退屈そうな声色ながらも興奮を隠せない様子のピノッキモン。その傍らで水しぶきを上げながら、まだ来ないのか!と苛立った様子でメタルシードラモンが怒鳴り散らす。ムゲンドラモンのヤツはやはり、ただ静かに。皆が皆、それぞれのやり方でそのときを――選ばれし子ども達がやって来る瞬間を待っている。ワタシは少しばかり早い祝福の赤ワインを手にしながら。


「ん?」
「どうかしましたか」
「いや……ピエモン、変な飾り付けてるんだなあと思って」
「飾り?」

ほら、それ。白に包まれた指先で差されるのは腰の――。ああ、見えていたか。困ったものだと思いながらもちっとも焦っていない自身にクツクツと笑いが込み上がりそうになる。悟られぬよう、やはり相手を見ず。手元のグラスの中で踊る赤を見つめながら、これですかと切り出す。その際、水面へと打ち付けられる音も途絶えたから注目しているのは彼だけではないらしい。全員かどうかは知ったことではないが。


「可愛いでしょう?これ、やっとのことで手に入れた特注品のオモチャなんですよ」


瞬間、それぞれの声で一瞬の賑やかさを得る室内。だがその発言に誰が馬鹿にしたかのように笑っただとか。誰が溜め息を溢して呆れたなんて反応、ワタシにはどうでもよかったこと。独特の音を立て、揺れるキーホルダー。

ああ、名前。キミはワタシのパートナーであることを誇りに思いつつ、幸せなのだろうな。形はどうであれこれからこの世界の頂点に君臨する者の手の中で愛され、安全に暮らしていけるのだから。ワインの海に映るワタシは少なくともそう、信じているよ。

噛み合わぬ愛とその拒絶について/title*花畑心中(http://nanos.jp/shinjuu/)