さてどうしたものか。
 手のひらに乗せた小さな箱を見て、ふむと唸る。
 渡すと腹を括ったものの、いざその時となるとさすがの私でも戸惑いはある。
 大切なものだからこそ、揺れる。
 とにかく、今は帰ろう。外はひどく寒いから。

「おかえりー、アスタモン!」
「ああ、ただいま。ナマエ」
「寒かったでしょ、ストーブの前に行った行った!」

 背中を押す女性はナマエだ。私の長年のパートナーである。
 ふむ、それにしてもこの甘い香りは……。

「ケーキか」
「うぐぐ、やっぱりバレたか」

 デジモンである私を、人間の小さな力と見比べないでもらいたい。
 今日はクリスマスだ。
 ナマエのことだからきっとお手製を用意しているのだろう――その予想はきっちり合っていたみたいだ。
 甘酸っぱい香りも漂ってくる。これは苺だろう。

「サプライズしてみたかったのにな〜」
「まあ無理だな。……ナマエが鼻にクリームをつけている限りは」
「えっ?!」

 鼻先についたホワイトクリームをすくって見せてやると「恥ずかしい……!」と言って顔を赤らめる。まるで苺だ。

「まったく、気を抜きすぎだ」

 ホワイトクリームを舐めとると、苺の顔はゆでダコに変わる。そんなに真っ赤にして、どうしたんだ。

「ナマエ?」
「……も、アスタモン平気でそんなことする……」

 視線をずらして照れるナマエの、なんと愛らしいことか。
 その一挙一動に揺れる私の気持ちを彼女は知らないのだろう。ふむ、とりあえず頭を撫でることにする。

「で、でもねっ。アスタモン。
これは見せたいのよ」
「なんだ?」

 私の手をとりキッチンへ向かう。
 目の前には白に塗りたくられたケーキが置かれていた。
 鮮やかな苺や小屋を模したチョコレートが飾りつけられていて、華やかに彩られている。
 ……おや。

「ナマエ、これは」
「じゃじゃーん!クッキーでファスコモンを作ってみました!」

 ファスコモンとは私が成長期であった頃の姿だ。
 姿を例えるならばコアラなのだろう。認めたくないが。
 彼女とはそれこそ、私がデジタマであった頃からの付き合いである。
 この世に生を受け、進化し、心も体も大きく成長した。
 今や私も完全体となり、“アスタモン”としてここにいる。偏(ひとえ)にナマエのおかげだ。……だからこそ抱く想いがある。
 それを、今日、伝えるのだ。

「とくにこの顔、よくできてるでしょ。
ファスコモンの頃はしょっちゅう眠そうな顔してたよね。それがちゃんと表現でき――」
「ナマエ」
「――どしたの、そんな改まっちゃって」

 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ナマエは背筋を伸ばして見上げる。
 私も自然と背筋が伸びて、ああ、らしくない。
 貴公子と呼ばれる私が、緊張するなんて。

「ナマエは、私がタマゴの頃から世話をしてくれたな」
「うん、ずっとよ。
私が子どもの頃、あなたが来てくれたんだから」
「たくさん世話をかけた」
「……ふふ。アスタモン、私、面倒なんて思ったことは一つもないのよ。
アスタモンが大好きだから、ずっとずっとあなたの傍にいられる」

 そうやって優しい言葉をかけてくれる君が、

「なら」

 ――好きなんだ。深く、ふかく。

「私と結婚しないか」

 差し出した小箱を、ナマエはじっと見つめ「開けていい?」と問う。
 頷き返せば彼女はそっと小箱を手に取り、開ける。

「デジモンと人間が愛を語り合うのは、とても難しいことだと思う。
だが私はナマエが愛おしい。この世の誰よりも、たった一人の君が好きなんだ」

 だから、ずっと一緒にいてくれ。

「……っ、もちろん!」

 背中に回る腕に応えるため、その小さな体を強く抱き締める。
 人はこんなにも小さいけれど、与えてくれる“こころ”は偉大である。

「ね、私にはめてよ」
「ああ」

 跪いて、彼女の左手をとる。

「ありがとう、アスタモン。
私も――愛してます」

 ああ。薬指に輝く銀は、君によく似合っているよ。


title へそ


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