今日はとくに寒い日だ、とナマエはつぶやいた。
 窓を開けたとたんに冷ややかな風が体の芯まで凍らせるように吹き抜けるから、参ったものである。
 きっと外では吐息も真っ白なのだろう。

「ただいま帰ったであります!」
「おかえり、チャックモン〜」

 愛用のランチャー“ロメオ”を担いで、パートナーのチャックモンが家内に入ってくる。
 規律正しくをモットーにする彼は一挙一動すべてがかった〜く、見てるこっちは少し息苦しさを感じてしまう。
 真面目そのもののチャックモンを否定しているわけではないが、疲れないのだろうか。……と質問したところで「疲れない」と返されそうな気がしたから、ナマエはぐっと飲み込んだ。

「今日も軍で活躍できた?えーっと、ポータル軍だっけ」
「ポーラー軍極地区防衛部隊であります」
「ああ、そうそう」

 そのポーラー軍とやらにチャックモンは所属しているらしいが、実際何をしているのか、どういう軍なのかはまったく教えてくれない。
 おそらく彼の空想内に存在する軍なのだろうとナマエは結論づいている。そもそもここは極地区なんて場所ではないし。
 チャックモンはロメオを床に置くと「マスター」と名前を呼ぶ。

「実にふしだらであります!
そんなふやけていては、いざというとき我が身を守れぬでありますよ!」
「え〜。そんな戦いとかに体投げ込む気ないし……」
「コタツ!そう、その悪魔のような兵器がマスターをさらにふしだらにしているのであります!」
「こらこら、さらにふしだらって何だ?!
もうっ、コタツは兵器じゃありません!そもそも戦いなんて起きないんだから、チャックモンの言ってること意味ないよ!」

 ガガンッ!というような効果音が、どこか頭に響く。
 チャックモンはまるでムンクの絵画のような顔をして、自身の体を液体化してしまった。
 ショックを受けるといつもこうして体を溶かしてしまう。アメリカ人もびっくりの、大げさな反応である。
 何でもチャックモンは周りに頼られないと自身の存在意義を見失ってしまうらしい。ようは自分の使命なくては生きられない、まさしく軍人気質のデジモンなのである。

「あー……つまり、……コホンッ。
チャックモン、あなたは私のパートナー。私を守ってくれるんでしょ?」

 だったら心配する必要ないじゃない?――と、ウィンク一つ。
 すると溶けていた体は瞬時に元通り、生き生きとした顔で「そうでありますな!!」と頷かれた。わかりやすいヤツ。

「ところでマスター、みかんに何をしているでありますか」

 片手に黒ペン、もう一方ではみかんを持って。
 ナマエは「見てて」ニヤリと笑った。

「……ん、完成。
じゃーん!チャックモンみかんバージョンでーす!」
「食べ物で遊んでいたでありますか、マスター」
「遊んでいたとは失敬な!
大切なチャックモンを、大好きなみかんで表現した私の愛とアートに気づかないの?!」

 なまじ見苦しい言い訳であったが、単純なチャックモンは険しい表情を明るい表情に変えた。本当にわかりやすいやつである。

「すごい!すごいであります!
さすがマスターであります!!」
「ンフフ、もっと誉めてちょうだいな。
ここの顔とかよく描けてるでしょ。
みかんをじっと見てたらなんかチャックモンが思い浮かんでさー、やってみたわけ。
かわいいチャックモンをちゃんと表現できました!」
「軍人にかわいいはいらないであります」
「そう?」
「そうであります!」

 とは言うが、チャックモンの見た目はまさしく生きる雪だるま。デジモンの中でも小柄で、クマのような姿をしている。
 なかなか物騒な武器を持ってはいるが、これをかわいいと言わずなんと言うのか。

「昔はこうしてみかんの上にみかん乗せてさ、みかんだるま作ってたんだよね」

 みかんを小突くと、ナマエは空を見上げる。
 雲に埋め尽くされたそこは今にも雨が降りだしそうだった。

「最近この町は雪が降らないからなー……。雪、見たいな」
「雪、でありますか」

 幼い頃はこの町もよく雪が降って、その度に友達と遊んだものだ。
 今や友達も違う町へ旅立ち――残されたのはナマエだけ。あの頃の記憶は思い出と化してしまった。

「……自分では、役に立てないであります。
雪を出すにも物を壊してしまうものばかり。
こういうときはダメでありますな。戦うだけが取り柄の生き物(デジモン)は」

 チャックモンは“氷”の技を使う。自ら氷柱(つらら)になったり、そのランチャーで雪玉を撃ったり。
 しかしそれらすべては攻撃用であって、一度放てば周囲のものを壊してしまう。
 ナマエは苦笑を浮かばせ、チャックモンの頭を一撫でする。
 再び空を見上げ――「あっ」と声を上げた。

「ンなことないよ。
ほら、見て!」

 白が、降り立つ。
 ――雪だった。
 なるほど寒いわけだ。あの雲は雪意が込められていたのだ。

「わ、わ!綺麗!
ねぇチャックモン、見て!」
「まさしく雪の花でありますな!」

 二人して夢中で窓を覗く。
 まるで小さな子どもに戻ったような気分だ。
 ナマエは急いでコートやマフラーを着込み、最後に手袋をはめる。

「行こう、チャックモン!」
「え、どこにでありますか?」
「決まってるでしょ!外だよ外!」

 爛々とした瞳を向けながらナマエはチャックモンの手をとる。

「雪だるま、一緒に作ろうよ!二人で大きな雪だるまを!
役に立ちたいんでしょ!」

 ほんの一瞬、チャックモンはぽかんとして

「……はい!了解であります!」

 その笑顔はまるで雪みたいに輝く。


zima 
― 冬 ―


 そんな悩まなくったって、一緒にいてくれるだけでいいのにね!


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匿名 !