ワタシことグランドラクモンには数多のデジモンを“魅了”する声がある。今までワタシを討伐しに来た愚かで真摯な天使デジモンたちを、いくら堕天(フォールダウン)させたことか。
 書物に記載されている通りだ。ワタシの力はすべてを魅了する。デジモンでも、ヒトでも、すべて。そうだ、すべて。すべてのはずなのに。

『グランドラクモン、聞いて』

 ひかえめにノートを見せる少女――ナマエ。
 この子はヒトだ。ワタシとは違う、ヒトの子。

『今日プチマモンたちが一緒に遊んでくれたんだよ』

 一生懸命ペンを走らせ、ノートを見せ、またペンを走らせる。
 これが彼女の“会話”なのだ。声が出ないナマエの、思いを伝える唯一の手段。

「どんな遊びをしたんだい?」

 優しく問いかけてやれば、必死に書き込む。うむ可愛い。
 友であるバルバモンに言ったら「ついに“ふぇみにすと”から“ろりこん”に格下げしたかの」と呆れた目で見られてしまった。
 彼には女性のもつ神秘性を見分けられないのだ。金銭ばかりに目がくらむような呆々(ほけほけ)した奴だからな。
 まったく愚かしいことだ。
 対するナマエはワタシの愛を受け入れてくれる。まさに相思相愛!素晴らしい愛のセカイ!
 今までワタシの愛を受け入れた者はすべて壊れてしまったから、この子だけは丁重に扱おう。とくにヒトは脆いから。
 この子には、そっと愛を注ごう。

『はないちもんめとか、縄跳びとか、たくさんたっくさん!』
「楽しかったみたいでワタシも嬉しいよ。彼らを用意してよかった」

 ちょうどいい遊び人が見つからなかったからな。この前ナマエと遊ばせてやったデジモンは、消滅(デリート)してしまったし。
 やはり天界から来たデジモンはよくない。ワタシに魅了され堕天したからといって、たまに裏切る奴がいるのだ。
 そういう不埒な輩はナマエにとってとてもよくない。
 愛らしいナマエに醜い天使の姿など絶対に見せたくないからな。正義を振りかざし平和のために好き勝手にデジモンを殺す――おお、地上のなんと穢らわしいことか。
 ロイヤルナイツも三大天使共も、これだから嫌いなのだ。
 愛とは殺さぬこと。
 丁寧に愛でること。
 故にワタシは魅了する。魅了された奴らはワタシから逃げられないし、殺すこともない。
 永劫ダークエリア(ここ)でワタシと共に“平穏”を築けるのだ。
 死の恐怖が木々のように生い茂る地上よりも、使命(たたかうこと)を忘れ安堵の暗闇にいた方がずっといい。
 夜は安らぎを与える。ヒトもデジモンも夜に眠り、朝に起きる。
 ならば永遠に夜である地下の方が、幸せではないか。
 地上はまぶしくて疲れてしまう。

『どうしたの、グランドラクモン?ぼーっとして』
「む、これは失敬。
ナマエの前だというのに、ほかのことを考えてしまったよ」
『グランドラクモンはそうやって恥ずかしいことばっか言うから、いつも照れちゃうよ』

 ほんのりと赤みを含んだ頬に心臓が揺らぐ。
 嗚呼、いけない。
 魔獣たちよ、静まれ。口を開くな。ただでさえワタシの足に“いる”魔獣たちは凶暴で手がつけられないのだから。
 二股に分かれた舌がちらりと見える。たしかにナマエは美味しそうだが、先ほど天使を食べたばかりではないか。

「ナマエ、そんな顔をされてはワタシも堪えられないよ。
おまえは実にそそるのが上手いのだから」

 うっかり食べたくなってしまうだろう?なぁ。

『わたし食べても美味しくないよ!』
「どうかな。きっと甘いのだろう、おまえは」
『えー……しょっぱいよ。もしかしたら酸っぱいかも!』
「ふふ、どんな味だって美味いだろう」

 想像するのはやめよう。本当に食べたくて仕方なくなってしまうからね。

「ところでナマエ、プチマモンたちと遊ぶのもいいが気をつけろよ。
彼らはイタズラが過ぎるときがある」

 プチマモンに限らず、ダークエリアにいる小悪魔たちは皆イタズラ好きだ。
 そういえば昔ナマエに怪我をさせた小悪魔がいたな。無論、出過ぎた真似をした奴には“お仕置き”をしてやったが。

「おまえはここでたった一人の人間なのだから、十分注意しなくては」
『そういうの、過保護って言うんだよね。知ってるよ!』

 過保護、か。いいや冗談ではないのだ。
 卑しい天使共はワタシがナマエを愛していることを知っているから、度々彼女を狙いにやってくる。
 さっきもそうだ。自分の使命を思い出してしまった天使デジモンがナマエを狙いにいった。ワタシが許すはずもなく、左右の魔獣に喰わせてやったがね。
 殺さぬとは言ったが、ナマエを傷つけるのならば逆だ。制裁を加えなければならない。
 嗚呼、ナマエ!ナマエ!
 ワタシだけのナマエ。儚く小さなその体に、ワタシはどれだけ魅了されていることか。
 桃に染まる頬も、丸い瞳も、柔い紅の唇も、すべてがワタシを魅了する。彼女にはワタシのように魅了する力などないはずなのに。

「嗚呼、ナマエ」
『なに?』
「おまえはどうして平気なのだろうね。
ワタシの声を聴いても皆のようにはならない。そのくせおまえは何も力を持っていないのにこうもワタシを惹きつける?」
『ひきつける……?わたし、バキュームじゃないよ?』

 おまえが思っている“惹きつける”は、“引きつける”の方だろう。
 吸引力の変わらないただ一つのナマエとか書くし。ちがうちがう。
 ナマエは声が出ない。ワタシと出会った頃からそうだ。
 目の前で天使デジモンに殲滅されたのだから、無理もない。トラウマが彼女を蝕んでいるのだ。
 ぷっくりと膨らんだ紅の唇にそっと――そっと触れてみる。この巨体ではわずかに力を入れただけで彼女を壊してしまう。
 爪先でなぞるとナマエは数回体を跳ね上がらせた。
 ……ナマエの声を聴いてみたいと思う。
 きっと、もっとワタシを魅了するのだろうな。
 ふとナマエがノートを差し出した。視線を落とすと、綺麗な字でこう書かれていた。

『みりょうされてるよ』
「嘘だ、おまえはちがう。ワタシの声を聴いても、おまえは変わらない」
『だってわたし、グランドラクモンがいなきゃ生きてけないよ。グランドラクモンじゃなきゃ、わたし一緒にいられないよ。
これってグランドラクモンにみりょうされたからだね』

 まろい笑みにワタシは気づいた。
 ……そうか。この子は恐ろしいほどまっすぐな子だから、ワタシの力に溺れないのだ。

  ルミエール、 
 聴いて

『グランドラクモンの声、好きだよ。たくさん聴きたい。
もっと話そう!』

 嗚呼ナマエ、おまえはなんて愛しい娘なのだろう!

「もちろん、おまえのためなら」

 無限の言葉を紡ごう。
 愛するナマエよ、ワタシはやはりおまえには勝てないみたいだ。
 すでに虜になってしまった、ワタシには。


title まばたき

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