そうして再び出会った俺は

 もうあの頃には戻れないのだと知った。


Melody-5
  闇の戦士、カイザーレオモン!

「お前――なんで」

 草木の芽吹きを取り戻したフラワーゾーンでは今、切迫とした空気が流れていた。
 キリハが去ったあと、カメレモンたちに別れを告げしばらく花畑を見に回っていた遥瑠たち。
 だがそこでは思いもよらない人物が佇んでいた。
 その名はバアルモン。バグラ軍に身を置く暗殺者である。
 カイザーレオモンはいち早く彼の存在に気づき、驚愕に目を見開いている。そして震える声で言葉を紡ぎだす。

「なんで、お前が」
「――カイザーレオモンか」

 バアルモンは唯一外に晒された目を細め、懐かしさに浸った声を上げた。

「どういうことなの……」
「いや私に言われても知らないってば」

 二人の関係を知らない遥瑠たちは怪訝な顔をして二人を見守る。

「そちらのお嬢さんは?」
「……お前には関係な」
「あたし井藤遥瑠!ミチって呼んでね」
「ミチ!!そうやって知らない奴にほいほい名前を教えるなって言っただろ!」
「カイの知り合いでしょ?なら大丈夫じゃない」
「面白いお嬢さんだ」

 くすくすとバアルモンは笑った。
 それに反してカイザーレオモンは不機嫌な顔をする。

「カイザーレオモン、彼はたしかバグラ軍のとこのデジモンよね」
「今はそのようだな。
――お前、なんでここにいるんだ。目的はなんだ?!」
「そう怖い顔をするな、カイザーレオモン。
かつては共に同じ師の下にいた仲間じゃないか」
「ッ仲間だと?!ふざけるな!」――カイザーレオモンが吠えたてる。

「その仲間を……師を殺したのはお前だろう?!
そんなお前に仲間呼ばわりされる謂われは――ないッ!!」
「カイザーレオモン?!」

 遥瑠の止める声も聞かず、カイザーレオモンはバアルモンに牙を向けた。
 バアルモンはそれをひらりと避け、「相変わらず短期な奴だな」と今度は嘲笑う。

「――なにも」
「……?」
「なにも知らないのは、お前なのにな」

 バアルモンがぽつりとこぼした言葉は
 そのとき見えた切なげな表情は……

「いい加減にしなさーーいッ!テイルモン!!」
「イエス!
ネコパンチッ!!
「――だぁっ?!」

 遥瑠はなかなか止まらないカイザーレオモンに鉄槌とばかりに拳を落とした。
実際落としたのはテイルモンだが。
 彼女の拳は強烈なもので、もろにくらったカイザーレオモンは変な悲鳴を上げて倒れた。……完璧にノックダウンだ。

「まったくもー、人の話を聞かないのはカルシウムが足りてないからだよ。カイ」
「きっとそれ、そういう問題じゃないと思うわよ」
「…………」

 ノックダウンしたカイザーレオモンを強制的にクロスローダーに戻し、一息つく。
 遥瑠は強い眼差しでバアルモンを見た。

「――あなたは“何か”を知ってるんだね?
カイザーレオモンの知らない何かを、知ってるんだね」
「……仮にそうだとしても、君のような子供に教えることではないな」
「たしかにあたしに関係はない話なんだろうけどさ。
でもあなたの言う通りあたしってば、聞き分けない子供だから」

 このままなんてあたしの中のあたしが許さない。
 バアルモンは目を見張った。
 てっきりそういった“強さ”を持たない子供だと印象を受けていたのだが、それ以上の“強い何か”を持っている。

「……君をなめていたようだ」
「やっと気づいた?」
「ここを救ったのも、ブルーフレアではなく君なんだろう。
なるほど。ならば合点がいく。
あいつは短期なくせに、こういうところは優しいんだ」

 優しい色を宿した目でバアルモンは口を言った。
 たぶんここのゾーンを傷つけず救った、彼の丁寧なところを指したのだろう。
 カイザーレオモンは彼をずいぶんと嫌っているようだが、バアルモンは彼を嫌っている様子がない。
 “仲間”だとまだ思えているから。

「……バアルモンはカイザーレオモンと仲が良かったのね。
何があったか知らないけど、あなたが秘めているそれはきっとつらいものなんだよね?
でも、何も言わずに黙ったままなのは――後悔になってしまうそれは絶対、ダメだ。本当に、絶対」

 遥瑠はしっかりとした口調で、バアルモンを見据えた。
 彼女もバアルモンと同様、秘密を持っている。
 簡単に言えるようなものではなくて、遥瑠はそれをわかっている上である種似た者同士のバアルモンに言ったのだ。

「……首を突っ込みたいならすればいい。だが、おれからでなく、あいつから聞くんだな」
「口聞いてくれたらいいんだけどなー。起きたらきっと機嫌悪いだろうから」

 苦笑いをして返す遥瑠にバアルモンは小さく笑う。
 わずかだがこうやって感情を表面に出すのはずいぶんと久しぶりで、彼はそんな自分に少し驚いた。
 カイザーレオモン――そして彼が従う井藤遥瑠という不思議な少女――

「やはりここに来て良かった……」
「え、なんか言った?」

 小声で零れたバアルモンの心に、遥瑠は聞き取ることができなかった。
だがバアルモンは「いいや」と首を振り、

「君の」
「?」
「君のチーム名は、なんと言うんだ?」

 少しの間を置き、遥瑠は空を指差した。
 うっすらと暗くなりつつある空には、いくつかの星が瞬いている。

「――あたしたちはチーム、スターシリウス!
光り輝く星――覚えといて!」
「スター……シリウス」

 バアルモンはつぶやき、踵を返す。

「覚えておこう。
――君たちの抹殺依頼が来ないことを祈る」

 それだけ告げると、バアルモンは姿を消した。
 ――彼がここに来た理由は、もしかしてカイザーレオモンに会う為だったからだろうか。
 真相はわからず終いだ。しかし遥瑠はなんとなくそう感じた。

「なんか想像してたのと違うわね」
「想像って?なに、バアルモンってそんな怖いデジモンなの?」
「そーよ。
白き死神なんて言われる暗殺者なんだから。
だけどなんか……そうね。
優しい顔、してた」

 ――なにも
 なにも知らないのは、お前なのにな

「――そだね」

 たぶん、すべてを知っている痛みがバアルモンを蝕んでいるのだろう。

 なにも知らないカイザーレオモン。
 すべてを知るバアルモン。

 二人の過去に何が起きてしまったのか、遥瑠には知る由もない。
 だけど。

「やっぱこのまんまってのは、許せないや」

 そうしてその後どうなってしまうのか、遥瑠は知っているから。

「さ、行こうかテイルモン。
ゾーン移動!」

 目の前にゲートが開く。
 遥瑠は空を見上げた。
 空は先ほどよりもずっと暗いそれに包まれているが、星は負けじと輝いている。

「――         」

 言い残して、遥瑠はゲートをくぐり抜けた。


Continua a Melody-


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