深夜のコインランドリーの心地よさは、家以上のものがあると思う。暖かいし、この程よい騒音があるから自分の世界に入り込める。だから本を読むには此処が最適なんだけど、職場の先輩には危ないから止めなさいと言われた。大丈夫ですよ、ちゃんと起きてるし、滅多に人も来ないから。
そう言ったにも関わらず、今日は仕事が忙しくて疲れてたせいか、本を読みながら眠ってしまい、気が付くと隣に知らない男の人が座っていた。しかも私が手に持っていた筈の本を読んでいるものだから、そのまま寝たフリをしようにも、怖くて眠気は一気に飛ぶ。脳内はパニックだし、心臓はバクバク。先輩の言うことはちゃんと聞こうとしみじみ思った。あーどうしよう、監視カメラ付いてるし、襲われたりはない…よね?


「ねぇ。」


声を掛けられ、思わずびくりとしてしまった。これは起きてる事がバレたかもしれない。うっすら目を開けると、目の前に真ん丸い大きな瞳が私を見ていた。


「起きてんじゃん。」

「ごめんなさい!」


声は上擦り、何故か謝ってしまった。バンドで髪をかきあげ、見た感じもチャラそうな人、怖いな、今すぐ逃げたい。


「こんなとこで寝るなんて、随分不用心じゃない?俺がここ通った時、怪しい男があんたの事見てたよ。」

「えっ!」

「だから俺がこうしてんの、つー訳で警戒解いてくれる?」

「あ、えーっと、ありがとうございました。」


どういたしまして。にっこりと笑って、私が読んでいた本を返してくれるかと思いきや、本から手を離してくれない。


「俺さ、そこのバーで働いてて、帰りによくここ通るんだ。知ってた?」

「いえ、全然。」

「あと、あんたが働いてる駅前のカフェもよく行ってる。」


え、こんなチャラそうな人見たことないよ、ストーカー?そんな単語が頭をよぎった時、釘を刺すようにストーカーじゃないからと。私が分からないといったような顔をするから、覚えてないのかよと少しふてくされて、彼は本から手を離した。


「まぁいいや、じゃあまたね。」


そう言って席を立ち、あっさり彼は帰って行った。
あの人は一体なんだったんだろう、やっぱり夜中出歩くのは止めようかな。乾いた洗濯物を鞄に入れて、街灯が疎らな夜道を帰った。


この時の私はまだ気付いていなかったのだ。その2日後、眼鏡を掛けたスーツ姿の常連さんが、来る度に心踊らせていた相手が、彼だという事に。









名前も知らない彼の指定席





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