古い映画みたいな、恋がしてみたいな。テーブルの上に置かれたウィスキーボンボンを口にしながら何気なしに私は言う。白黒の映像で、ちょっとだけ雑音の混ざった音声の、暖かいんだけどなんだか切ない恋愛映画。
チョコレートを噛み砕いて口の中に広がるウィスキーの風味がそのまま柔らかく鼻に抜けていく。お腹のそこが温かくなる感覚がして、ウィスキーボンボンをもうひとつ手に取った。

「いつもので飲むか?」
「…いいですか?」
「飲むのは君だからな。…もう出来る」

そう言って、しばらくするとブランデーの入ったグラスを片手に一つずつ持った照星さんがキッチンから出てくる。私が座るソファーに腰を沈め、テーブルにグラスを置くとキスをひとつくれた。不意討ちで目を見開いたままなにも出来ずにいると、満足そうな顔が少しずつ離れていく。

「いつも不意討ち」
「それはそれは」

悪びれる様子もない照星さんは、テーブルに置いた自分の分のブランデーを一口、口にする。なんだか絵になるようなその姿が悔しくて顔をテーブルに逸らす。チョコレートやカマンベールチーズ、カルパス。いろんなおつまみが並べられたテーブルから、湯気の立つブランデーを手に取る。少しだけ怪訝そうな顔をした照星さんは、私の分のブランデーを見て自分のブランデーと見比べるような仕草をした。

「なあに?飲みたいんですか?」
「いや、これでいい」
「そーですか。…でも、最初にこの飲み方を私に薦めたのは貴方ですよ」

私に照星さんが作ってくれたブランデーはホット。これはブランデーをお湯で割り、砂糖を加えて甘くしたものである。私が初めて、照星さんの部屋に訪れたときに薦められた飲み方だ。もともとあまりお酒が得意ではなかった私でも美味しく、丁度いいくらいに酔える飲み方で、あれ以来お酒を飲む時は照星さんに作ってもらっている。
まさか、あまりお酒が得意ではなかった私がこの飲み方ではあるが、ブランデーにハマるとは彼自身思っていなかったのだろう。

「…で、なんだって?」
「なにがです?」

少しだけあった二人の距離を私が埋めて、照星さんの肩に寄り添う。喉やお腹の底でブランデーがポカポカと熱を発し始めて、心地がいい。

「古い映画みたいな恋がしたいって言っただろう」
「…聞こえてないと思ってました」

今更ながら、少し恥ずかしい発言をしたなと思う。ちびりちびり飲みながら、私はチーズに手を伸ばす。

「どんな映画だ?」
「もうその話はいいですよ」
「私は聞きたいんだ」

なんてズルイ表情をするのだろう。彼はいやに整った顔をしているのだ。照星さんの腕に身を寄せて、ソファーの上で膝を抱えるように座り直す。

「…例えば、お城を抜け出してきた王子様が平民の女の子と出会って恋をするとか」
「ふっ、」

途中で笑いを堪える照星さんをジト目で見るも、話を続けるよう促され仕方なく続ける。私だって、いい歳しているのにこんなありきたりなストーリーなうえに、王子様なんて口にするとは思わなかった。

「王子様がその子との出会いをきっかけに、何気ない小さな幸せに気付いていって…」
「…それで?」
「そんな、切なくも温かいお話がいいです」

やっぱり恥ずかしくなった私は無理矢理終わらせて、テーブルのおつまみを二つ手に取り一つを照星さんの口に放る。そしてすぐに飲み込んだかと思うと、一頻り喉を鳴らして笑った照星さんは、自身が落ち着いた頃に私に言った。

「しかし私は、生憎王子様じゃない」

スッと細めた目に捕えられて動けないでいると、いつの間にか彼の手が私の頬を撫でている。そのまま髪を耳に掛けられ、照星さんの一連の動作に対しての照れが表に出てきたようだ。嫌と言うほど、自分でも分かるくらい顔が火照る。きっと、これは酔いのせいではない。

「でも、日常の中にある小さな幸せに気付かせてくれたのは名前だ」
「…照、星さん、」

手に持っていたグラスを取り上げられ、そのまま照星さんは私を見つめたままの器用にテーブルに乗せた。相変わらず私は照星さんの眼力から逃げられずにいて、ただ見つめ返す。温かい、大きな両手に頬を包まれて、お腹の底から今までとは違う温かさが込み上げてくる。

ああ、これが幸せ。

映画みたいな、なんて言ったけど、それよりもずっと素敵な恋の中に私は居たようだ。二人が出会い、唇を重ねて分け合うまで、ちっぽけだったそれは気が付くと現実味を帯びて大きく膨れ上がっていた。





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