後悔している…


彼に出会ってしまったことを。





一年前の雨の日、私は愛した彼に別れを告げられた。


仕事ばかりでつまらない…


そう告げられ、その場に立ち尽くしたことを覚えている。


私にとって一生分の恋だと思った、けれど彼にとっては違ったのだ。


恋が終わり、私は人を見て心が乱されることはなかった。


…彼が現れるまでは。







残業で残ったある日、仕事を終え窓の外を見れば雨。

今朝の天気予報は当たらず、天気予報士の晴れます宣言とは反対に土砂降りの雨だった。


傘など持ってきていなかった私は、仕方ないと暫くここで待機していた。


室内には雨音だけが響き、ぼんやりと窓を眺めていれば扉の開く音が突然して、後ろを振り返ってみれば後輩の久々知君がいた。

「忘れ物を取りに来ました」

そう言ってよく整理された彼の席に置いてあった一枚の封書を手に取った。


突然の彼の登場に私の心はどうしようもなく乱れた。


愛しかった彼といた時もこんなにも乱れたことはない。

「苗字先輩は残業ですか?」

「ええ、今終わったんだけど…雨が降ってるでしょ」

「ああ、先輩いつもお疲れ様です」

柔らかい笑みを浮かべて、真っ直ぐにこちらを見つめてくれる。

いつもクールな彼なのに、何故か私の前では彼の雰囲気は柔らかくなる。

どうしてだろう。

私が色々と面倒を見た先輩だからだろうか。

そんなことを思いながら私たちは社内でたわいもない話をしながら雨宿りをした。

乱れる心とは裏腹に和やかな時間だけが過ぎる。

「あ…」

和やかな時間は終りを告げる、雨はいつしか止んでいた。

雨が止めば必然的にここに居る必要はない、だけどもう少し彼とお話していたい気にさせられる。

「雨、止みましたね」

「…そうね」

「………」

久々知君は残念そうに顔を少しだけ歪めていた。

どうしてだろう。

彼のそんな顔を見ていると、何度でも深い深呼吸をしたくなる。

「…先輩、良かったら途中まで一緒に帰りませんか?」

「ええ、いいわよ」

「じゃあ帰りましょう」

心底嬉しそうに笑う彼を見た途端、彼に触れたい衝動に駆られた。

彼の肩、彼の腕、真っ黒な黒髪、きめ細やかな白い頬。

彼に触れたい、そう訳のわからない強烈な衝動に駆られた。






ゆっくりと水たまりが出来た道を歩く、歩幅を合わせてくれる彼の隣りで私たちは言葉少なに歩く。


隣りを歩く彼を見ながら私は、彼の社内の評判を思い出す。


新人社員なのに、凄く仕事が出来て堅物の課長に気にいられている。

おまけに端正な顔をしていて社内の女性社員に人気がある…

それが久々知君だ。


でも、普段の彼は本当にクールで滅多に笑顔なんか見せない。

なのに私の前では何故か笑顔を見せてくれる。

分からない。

彼のことが本当によく分からない。

どうして彼はこんなにも私の心を乱すのだろうか。

「あ…」

歩いていると、社内でも可愛いと評判の同僚が向こうからやって来て、二人は少しだけ気まずそうに見つめ合うと同僚は泣きそうな顔で去っていった。

「久々知君、井ノ上さんと何かあったの?」


「…先日告白されたんです」

告白…

その言葉に動揺した。

自分の動揺を気取られまいと私は必死に笑顔を貼り付けた。

「井ノ上さん可愛いから良かったね」

「…断りましたよ、俺好きな人いますから」

好きな人。

そう言われた途端、上手く息ができなくなる。

なんだか前を向いているのが苦しくて、私は俯いた。

「…そう、久々知君好きな人がいるの素敵ね」

必死にそう声を吐き出した。


「…苗字先輩はいないんですか?」


「…分からない」


自分の気持ちが分からなくてそう言えば、久々知君はピタリと歩くのやめた。


「…いないんだったら、俺のこと考えてみませんか?」


真剣な瞳が私だけを見る、久々知君の言葉にひどく動揺した。


ああ…

私は彼のことが…



一生分の恋をしてしまったと思っていたけれど違ったのだ。

私は、久々知君に会った瞬間から…


彼と出会ってしまったことを今まで後悔していた、どうしてこんなにも私の心を乱すのだろうと…

でも気付けた…


今回一緒に帰る機会を設けてくれた雨に感謝をしないと…

私は真剣な顔をしている彼に言葉を告げた。


(雨にさようならと感謝を)




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