冷たい風が吹き抜け、髪を遊ぶ。気紛れに伸ばし始めたそれは、肩よりも下になっていた。夏にはうっとうしいが、冬は首もとが暖かくて便利である。

「名前!...はあっ...遅れて、ごめっ...」

仕事帰りに待ち合わせをしていた雷蔵が慌ててやってきた。走ってきたせいか、膝に手をついて乱れた息を整える。

遅れたといっても五分程度だし、そんなに慌てなくてもいいのに。立ち上がり、雷蔵のそばに駆け寄って背中をさする。

「雷蔵?私なら大丈夫よ?」

「大丈夫じゃないよ!...ごめんね?僕から誘っておきながら待たせるなんて...」

「仕事が長引くことなんていくらでもあるじゃない。仕方ないよ」

「だからといって許されることじゃないよ!名前は僕を甘やかしすぎだ。ほら、こんなに冷えてる...」

そう言いながら私の手を自分のそれで包み、はあっと息を吐いて暖めようとする。何だか可愛くて笑ってしまった。

「雷蔵、ありがとう。それで...今日はどこに?」

「...知り合いに美味しいって勧められたらフレンチなんだけど...」

「ほんと?楽しみ」

二人で並んで歩き出す。お互いに話題は尽きず、会話が途切れることはない。ただ、間にある距離を、少し寂しいと思ってしまった。

一歩を踏み出せない私には、そんなことを思う資格がないのに。





雷蔵が連れてきてくれたお店は雰囲気も良く、お料理もとても美味しかった。お酒もすすみ、帰り道は覚束無い足取りで歩く。

「名前、危ないよ」

「らいじょーぶらいじょーぶ、酔ってないもん」

やっぱり飲み過ぎてしまったか、呂律が回らない。あ、と気付いたときにはかくん、と足がもつれていた。けれどお腹に雷蔵の腕が回り、私は転ぶことを免れる。

「...だから言ったのに」

「...あはは、ごめん、ね...」

振り返れば思いの外、雷蔵の顔が近くて吃驚してしまった。慌てて離れようとするが、びくともしない。それどころか、私はいつの間にか雷蔵の腕の中にいた。

「...らい、ぞ?」

雷蔵が送ってくれたから、私の家はもう目前。あとは、また今度、と挨拶を交わせば今日は終わるのに。

「...もう限界だよ。名前も、分かっているでしょう?」

身をよじれば、離さないといわんばかりに抱き締められ、身動きがとれない。

「名前が、僕との関係を壊したくないって思っているのは知ってるよ。でも、僕はもう我慢できない...」

雷蔵は泣きそうな声でそう言うと、私の肩に手を乗せて見つめ合う。

「絶対泣かせたりしないし、幸せにする努力は惜しまない。だから名前、僕と...」

そっと雷蔵の唇に指を押し当てる。その瞬間、強ばる身体。ああ、誤解を与えてしまったようだ。そうじゃないの。

背伸びをして雷蔵の首の後ろに腕を回す。

唇を離せば、顔を真っ赤にさせた雷蔵。それが可笑しくてまた笑ってしまった。これでわたしの想いがあなたに伝わればいい。





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