桜舞





見上げる空は薄紅桜に染まっていた。



「…見事だな」

ぽつりと溢れた音に土方は見上げていた視線を横へと降ろした。
隣に佇み、桜色の空を見つめたままの風間の横顔。
立ち並ぶ桜の木々は枝を壮大に伸ばし、その枝を染め抜く様に五枚の花弁の小さな花が咲き誇っている。
薄紅の淡色は空の碧を覆いつくし、桜の空へと変えていた。

「本当だな」

満開の桜を見に行こうと誘ったのは土方。
風間はその気性や性格の為か、こういった事と縁遠いようにみえるが、雅や風情のあるものを愛で、好む。
誘えば二つ返事で、現にその緋色の瞳は、荘厳に優美に咲き誇る桜から外される事はない。


ふと一陣の風が吹き抜けた。


「…っ!」

強めの風は枝を揺らし、ざわめきの音が辺りに響く。
思わず細めた視線を土方は隣へと向けた。
舞い散る桜吹雪の中、風間は微動だにせずその場に立っていた。
桜花弁を風が舞い踊らせる。
弱まった風に乗りはらりひらりと花びらが舞い散るその中。
淡い金糸が緩やかに風に遊び、白い頬を撫でる。
紅色の瞳は変わらず桜空へと向けられ、薄紅の中に佇むその色。
全てが淡く染まるその光景。



思わず息を飲んだ。



「春の一時、一年に一度。僅かな時に咲き誇る姿。やがて儚く散りゆくとて、それさえも…」

風に乗せて静かに緩やかに低音が流れる。

「………」
「桜は美しい…そう思わんか」
「………俺は……お前の方が綺麗だと思うぜ…」

土方へと向けられた紅色が驚いたように見開いた。
次いで呆れたようにゆっくりと細められていく。

「どうした土方。随分歯の浮く気障なことを言うではないか。気色の悪い。柄にも無いぞ」
「うるせぇよ!柄じゃねぇって事ぐらいわかってんだよ!そこは流せよっ!」

嘲笑混じりの冷やかな視線を向けられて、恥ずかしさに土方の頬に朱が走る。

「本当にお前ぇが綺麗だって思ったから、つい口から出ちまったんだよ!仕方ねぇだろが」

続いた言葉に今度は風間の頬が染まる番だった。
お互い顔を背けたまま微妙な空気が流れる。

「……と、とりあえず、花より団子といかねぇか?」
「…ああ」

沈黙に耐えきれなくなった土方が、花見客目当ての屋台が並ぶ少し先の方を示す。
お互い朝から何も食べていない為、空腹なのは確かで屋台陣へと二人は足を向けた。

「何にするか…とりあえずお前ぇ1つ決めろ」
「?」
「俺も1つ決めるからな、で、半分づつにしよう。そうすりゃ色々食えんだろ?」
「まあ、構わんが」

並ぶ屋台を物色しながら、土方の提案に、お互い選んだたこ焼きと焼きそばを持って、近くのベンチに腰を降ろした。

「お前…昼から酒かよ」
「下戸は黙っていろ。これだけ見事な桜なのだぞ。花見酒と洒落込まんでどうする」

どこで買ってきたのやら、風間はいつの間にかしっかり片手に酒を持っている。
はらりはらりと上から舞い落ちた花びらが、澄んだ酒の上に降りた。

「ほう…風流だな…」

ふっと風間の口許が緩むのと共に、先程の様に風が通る。
上を見上げれば、花弁と小さな淡桃の花がひらひらと。
緩やかな笑みを湛えて眺める、風間の金糸の上に桜花がほとりほとりと降りた。

「?」
「どうした?」
「今何か音がしなかったか?」
「さあ?風じゃねぇのか?」

桜を見上げていた風間が、ふいにこちらを向いたのに、土方は軽く小首を傾げてみせた。
何やら府に落ちないという顔の風間に、土方はずいっと持っていたたこ焼きを差し出しす。

「冷めねぇうちに食おうぜ。ほらたこ焼き半分やるから、焼きそば半分よこせ」

気のせいか。と納得したのか、一息つくと風間は持っていた焼きそばを同じように土方へと差し出した。



長閑な陽気。
心地好い暖かさに全てが包まれる。
時折頬を撫でる風は春の香りを纏っている。
とりとめもない話さえ、心に花がおちるようで。


春の桜をゆっくりと楽しんだ。









カチリと音をたてて二つ折り式の携帯が開く。
待受画面だけを暫し眺めてから、土方はまた携帯を閉じた。
待受は先程撮ったばかりの画像。

金の髪に、桜の花がはらはらと飾られた、淡く穏やかな笑みを湛えた風間の姿。


あの時風間がシャッター音を聞き取れなくて良かったと。
自分の携帯がまだ二つ折り式でよかったと。

傲慢、尊大、高圧的を地でいく恋人の、あんな姿は滅多に見られない。
ましてやその貴重なショットを待受なんかに設定してるなどと知れたら、確実に携帯が破壊される事は明白で。

土方は、一人こっそり心の中で安堵の息を漏らしたのだった。



ついでに


たこ焼きをほおばってる姿が可愛かったのも、秘密だ。















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