bitter sweet S.T.V.D




*現パロ 土風Valentine*

*注意*ちー様が乙女です・ほんのりR15






赤にピンクに染まる世界と甘い空気。
2月の恋のイベントに、そこらじゅうから可愛らしいものが目に飛び込んでくる。
世の男達は気もそぞろ。
意中の相手からチョコレートを貰いたいと思うのは、やはり男として当然な感覚だろう。


自分と同性の男の恋人を持つ身としても。


貰いたい。
それは純粋に男としての感覚だ。
しかしながら、相手も男。

いい歳した男二人でなにがバレンタインのチョコだ。と思う気持ちが無いわけでもなし。
女性達が所狭しと集まっているチョコ売り場を、風間は少し離れたところから抑揚無く眺めていた。





2月14日は平日
変わらない毎日。
定時に仕事に行き、定時に帰る。

いつもと違ったことと言えば…

「ただいま」

玄関扉が閉まる音と共に土方は毎日の言葉を放つ。
そのまま靴を脱ぎリビングへと向かうと、ソファーの上へガサリと手を塞いでいた荷物を置いた。

「俺のは?」
「欲しければ自分で淹れろ」
「……お前な…ちょっとぐれぇ…」

キッチンから出てきた風間の手にはいい香りを放つコーヒーがあり、当然ながら一人分なわけで。
自分の分を要求すれば素っ気ない返事が返ってくるのに小さく息をついた。

「じゃあ一口でいいからそれ寄越せ」

ソファーに座って手を伸ばせば、それには異論はないようで、風間は飲み掛けのカップを渡してくる。
コーヒーで喉を潤し一息ついたとこで、風間がじっと隣に置いてある紙袋見ているのに気がついた。

「どうした?」
「随分と貰ってきたのだな」
「ん?ああ、チョコか」

土方の手を塞いでいた紙袋、今はソファーの上にあるそれには、会社の女子社員から本日のイベントで渡されたチョコレートが入っていた。

「そういうお前だって、かなり貰って帰ってきたんだろう?」
「………別に」

素っ気ない返事は相変わらずで、土方は苦笑混じりにダイニングテーブルの上にある、風間が持ち帰ったチョコの入った紙袋を横目に眺めた。

「あの袋はお前が貰ってきたやつだろ?」
「いらんと言うのに押し付けてくるのだ」
「…お前、断るにしても少しは言葉選んでんだろうな?可哀想だろうが」
「貴様はへらへら笑いながら貰ってきたというのか?」
「そういうわけじゃねぇが…」

土方の持ち帰ったチョコ入りの紙袋を眺める風間の眉が、僅かに潜まった事に土方は気付かなかった。

「にしてもどうするか…」

お互い甘いものが格別に好きと言うわけではないから、当然ながら困惑する量だ。

「『可哀想』なのだろう?責任持って全て食べてやれ」

緋色の瞳を細めて放つ風間の声は、冷ややかな皮肉混じりで、そのまま踵を返すと自室に戻ってしまった。
後にはリビングにポツンと土方が取り残された。



芸人達が騒いでいるバラエティー番組がテレビに映るリビングで、土方はぼんやりとその画面を眺めていた。
いつもなら傍らには風間が居て、お互い急ぎの仕事を持ち帰った時以外はこのリビングで一緒に過ごしているのだ。
風間が部屋から出てくる気配は一切無い。
機嫌が悪い事はなんとなしに察したが、それが何故なのかが分からない。

風間は自分よりも、会社の規模も、地位も権力も財力も持つ立場にある。
加えてあの容姿だ。
性格や言動に難はあるものの、そんなところもまた別の魅力とでもいうのか、持ち帰った数を見ればモテることは一目瞭然。
数で負けているわけではないし、そもそもそんなことをいちいち気にするような性格でもない。

「……なんなんだよあいつ」

心中で思った事がつい口をついて出てきて、自分の耳で聞いた声に不機嫌になっていることを自覚した。
隣の紙袋を覗けば、そこには愛らしいものから、お洒落にまとまったものまで、色取りどりの綺麗なラッピングの箱やら袋やらが入っている。
目に鮮やかなその光景は、土方の目には酷く色褪せて見えていた。


この中に欲しいものは一つもない


はあ。と一つ溜息を吐いた。
上司や部下から冷やかされる程には、毎年のようにチョコを貰う。
その数に有頂天になるような事などないし、正直バレンタインなんて別にどうでもいい…と思っていた。
そう思っていたはずなのに、今年は何故かそわそわして落ち着かなかった。
実を言えば、当日まで随分と悩んだのも事実だった。

こんなことなら……

脳裏に浮かんだ後悔に近い考えに苦笑を漏らして、土方はソファーを立ち上がった。





「千景。入るぞ?」

閉ざされた扉をノックして声を掛けるも、返事は返らない。
そのまま扉を開ければ、ソファーに腰掛けて本を読んでいる姿が目に入った。

「千景」

呼び掛けても返事はないし、此方を見ようともしない。
側まで寄れば、やっと緋色の目が土方を煩わしそうに見上げてきた。

「なあ、俺何かしたか?」
「別に」

思い当たる節がなくて、機嫌を更に損ねることを覚悟で問えば紅色は本へと戻り、冷ややかで簡素な声が返ってくるだけだった。

「じゃあなんでお前は機嫌悪ぃんだよ」
「別に悪くなどない」

取り付くしまがないとはこう言う事を言うのだろうか。
これ以上口を開けば、風間の機嫌が更に悪化することが分かって黙るしか出来ない。
重い空気と沈黙が流れるばかりで、土方は風間に気付かれないように何度目かになる溜息を吐いた。
現状打破は無理だと悟り、部屋を出ていこうとすれば不注意で足元のゴミ箱を引っ掻けてしまった。

「! あ、悪ぃ…」

派手に倒れたゴミ箱にはたいしたゴミは入っていなく、鈍めの音をさせて飛び出したのはおおよそゴミとは思えないものだった。

「…………」

無言で拾い上げた土方の手から、直ぐ様奪い取ったのは先程まで本を片手に座っていた風間だった。
風間の後ろに隠されてしまったそれは、僅かな間しか目にしていなかったが、しっかりと記憶に残る、漆黒のシックな包み紙に、上品な光沢と深味のある綺麗な濃紫のリボンが掛けられた箱だった。

「千景…」
「………」
「それ…」
「黙れ」

箱を後ろ手に俯いてしまった風間の顔は見えない。

「なあ、それ…」
「うるさい」
「それなんだよ?」
「関係なかろう」
「俺には関係ねぇってことか?」
「うるさいと言っている」

此方を見ず、まともに返答しない風間に声が次第に荒くなる。

「誰かにやるつもりだったのか?」
「出てけ」
「誰にやるつもりだったんだよ?」

風間の態度というよりも、もっと別の何かに気持ちがざわつき、イライラとしてくるその感情のままに土方は風間に詰め寄る。

「返答次第じゃ許さねぇぞっ!」
「―っ!」

腕と顎を掴み無理矢理顔を上げさせたとこで、土方は言葉を続けることが出来なかった。
風間の頬は朱に染まっていて、紅色の瞳は動揺と戸惑いにさ迷っていた。
その場にまた沈黙が降りる。
掴んでいた手を離せば、風間はまた俯いてしまった。

「……怒鳴って悪かった」

金色の髪を優しく撫でてからゆっくりと抱き込めば、おとなしく腕の中に収まる。
肩口に顔を埋め隠す風間の頭を、何度か撫でてから名を問い掛けるように呼べば、腕の中の体が小さく身動いだ。
後ろ手に持っていた箱が、そろりそろりと静かにゆっくりと姿を現して、土方の胸元に置かれる。
箱に手を掛ければ、風間の手がすっと引いて、漆黒の箱は土方の手へと渡った。

「……俺が貰っていいのか?」
「………………もとから貴様のだ」

耳元に囁くように問えば、聞き取るのがやっとの小さな声が返ってきた。

「そうか…やっと手に入った。どうしても欲しかったもんだ。ありがとうな」

沸き上がる喜びのままに、回した腕でぎゅうっと風間を抱き締めれば腕の中の体が驚いたように強張った。
腕を緩めて顔を上げさせると、戸惑いを色濃く纏った緋色が伺うように見つめてくる。

「……今年はな…お前から貰えねぇかとちょっと期待しててな…」

菫色の瞳が迷うようにさ迷った後、土方は口を開いた。

「けどな、お互い…その…男同士だし、お前もそんな柄じゃねぇしな。俺が買ってもいいか、とも考えたんだけどな……」

発される言葉は言い淀むように歯切れが悪くなり、苦笑が混じり始める。

「………その……俺としては、どうしてもお前から欲しくて…。賭けにでたんだよ。正直、勝算は薄ぃと思ってたんだがな」

吐息を吐くように一つ苦笑を漏らした後に、土方は風間を見つめた。

傲慢で、高圧的、自尊心も酷く高い恋人が、こんな甘ったるいイベント事に心を動かしてくれるとは思っていなかった。
愛されていないわけではないが、自分にチョコレートなどを用意するような可愛らしさを期待すること自体、かなり無茶なのかもしれない。と何度も思った。


けれど
いや、だからこそ

自分からではなく
彼から欲しかったのだ


風間から貰う。ということが
土方の中で重要だったのだ


「ありがとな。どうしても欲しかった物だ」

箱を風間に見せるように掲げると、土方は満たされる幸福感を全面に微笑んだ。

「食べてもいいか?」
「貴様の物だ。好きにしろ」

相変わらずとも言える素っ気ない返事は照れ隠しだと、そっぽを向く頬が染まっていることで分かる。
包みを開ければ上品な艶を纏った一口サイズのチョコレートが綺麗に並んでいる。
一つ摘まんで口に入れれば、濃厚なカカオの薫りと、僅かな苦味に程よく優しい甘さ。
ちゃんと好みを考えて選んでくれていたことにくすりと笑みが零れた。

「美味いな」
「…そうか」

先程から顔を逸らしたまま、此方を向こうともしない風間。
いったいどんな気持ちで、どんな顔をして、このプライドの高い尊大な男が、自分へのバレンタイン用にとこれを買いに行ったのだろう。
文字通りに心を擽られるというのか、もぞもぞとそれでいてふわふわと暖かくて擽ったいなんとも言えない感覚が胸を満たす。

「お前も食べてみろ」
「別にいっ…っん!」

もう一つ口に含むと、風間を抱き寄せ唇を重ねる。

「ん…んぅ……んんっ」

口内にあるチョコレートを唇越しに風間の口へと移す。
そのまま飲み込んでしまわないように、舌を差し込み風間の口内のチョコレートと舌を同時に絡め取った。

「…っ…ぅん……ん、んくっ」

舌を絡め合い、合間に挟まれたとろりと溶けたチョコレートが、互いの口内を行き来する酷く甘いキス。
とろとろとした溶けた感触と、熱く甘い口内と舌を思う存分に堪能する。

「ん…っふ、……んぅ……はっ…ぁ」

形が無くなっても、風間の口内や舌に残るその甘さを全て舐め取ってから、ようやく解放してやれば甘い熱の吐息を漏らし、閉じた瞼が持ち上がりとろけた紅が土方を映した。
抱く腕に力を込めて更に体を密着させると、応えるように風間の腕が土方の背に回る。
離したばかりの唇を舌先で舐め、唇で食めば迎えるように薄く開くのにもう一度深く重ね合わせ、互いに体の奥まで溶け合った。





情事に耽り、未だ熱の余韻を残す、背を向ける白い体をベッドの中で腕に抱きながら、首筋に鼻を寄せればうざったそうに喉が唸る。

「なあ、千景…」
「なんだ」
「焼きもちを妬いたのか?」
「は?」

帰宅してからの風間の機嫌の悪さや、行動やらを思い返してふと思ったことを口にしてみた。

「お前の機嫌が悪かったのは、あれ焼きもちだろ?」
「……そういう、わけでは…」
「なら、なんだよ?」
「……別にいいだろう」
「なんで俺用のチョコが捨ててあったんだよ」
「……それは」
「くれるつもりじゃなかったのか?」
「貴様にやったのだから、もうよいではないかっ」

歯切れの悪い返答しか返さな風間に、土方は自分が思い至ったことが図星であると確証を持った。
部が悪いと判断したのか、腕の中から逃げ出そうとする風間をしっかりと抱き込む。

「焼きもちか…」
「煩い」
「そうかぁ、妬いてくれるとはなぁ」
「黙れ」
「可愛いとこあるじゃねぇか」
「離せっ!」
「断る」

逃れようとばたばたと暴れ出すのも、照れているのだと分かれば愛しくて仕方ない。
風間の動きを封じるように強く抱き締めて耳元へと顔を寄せる。

「言っとくけどな。義理しか貰ってきてねぇからな」
「別にその様なことは聞いとらんっ」
「そうかそうか」

腕の中の恋人の一挙一動、言葉の端々までが愛しくて堪らなくて、土方の頬は自然に綻び、声には優しい笑みが混じる。
満足気に幸せに浸る土方に毒気を抜かれて、風間は抵抗をやめた。
体に回る腕の強さに、肩口に擦り寄せてくる顔に、直接肌から伝わる熱に、満たされるのはお互い同様で、心地好さに瞼を閉じればゆっくりと意識が落ちた。


腕の中で眠りに落ちた恋人は、普段からは考えられないような至極珍しく可愛らしい事をしてくれた。
まだ心がほこほことしていて、どうしても顔が緩んでしまうのにどれだけ自分が嬉しかったのか、と土方は小さな声で笑った。



一ヶ月後は今日のお返しとしての日が待っている。

何をあげようか。
何をしてやろうか。
何が喜ぶだろうか…

つらつらと考えながら、幸福の温もりを腕に抱き、溶けていく感覚と共に瞼を閉じた。













110213










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