座敷





鼻腔を微か擽る藺草の香りはない。
既に焼け、薄淡い黄色へ変色した畳。香と、淡萌葱の色彩を失うことで流れた時間を語っていた。
筆を執ろうと簡素な文机まで移動すれば、しゅっと、畳の上へ衣擦れの音が落ちる。静寂な夜には幾分大きめに耳に響いたように感じ、ふと口端に微かな笑みが零れた。
戦場に身を置く者として、音も気配もそれなりにはなるが、やはり本職の山崎のようにはいかない。

そしてもう一人



手にしていた筆を置くと、畳の細やかな縫い目をなぞる。


「いつまでそこに居る気だ?」


緩やかに指を往復させる。畳目をなぞる重複した動きに目を落としたままに、声が消えた室内はまた夜と静けさに包まれた。

幾分だろうか、蝋燭の淡やかな灯りが届かぬ、背後の闇から緩やかに姿を現したのは異形。
鬼の頭領であり敵対する者。

気配無く背後に居た者に、土方はまた小さく笑みを零した。

目をなぞっていた指先で、とんとん、と己が横の畳を叩く。
無言で座れと指示する所作に、音も無く背後の鬼が横へと腰を降ろした。

「いつから気付いていた」

夜の闇に似つかわしい、ゆったりと響く低音は耳に心地よい。

「いや」

問いへの否定を口すれば、横に座った鬼は、腑に落ちない様で瞼を緩く瞬かせる。

「気付いてたわけじゃねえよ。俺の望み…いや願望だな」
「なんだそれは」
「お前が、今ここにいたらいい、と思っただけだ」

口元に笑みを引く己とは裏腹に、傍らで綺麗な顔を歪める様に更に笑みが深くなる。願望通りの行動となった事に、不服な有り体を隠さないその姿さえ愛しい。

「そんな恐い顔すんな…台無しだ」

腰に手を回し引き寄せ、僅か開いていた互いの隙間を埋める。
同時に唇も塞げば、瞬間微かに強張る体。
深く。と求めれば腕の中の体が身じろぐ。


しゅっ、 と

畳へ、部屋へ、落ちる音


音も気配もさせず、いつからか背後にいた者が腕の中から落とす、衣擦れの音。

相反していたせいか、やけに大きく耳につき、口付けたままに自然と笑みを引いた。
瞼を持ち上げれば、距離などと言えない程の眼前に紅玉がこちらを睨む。
唇を重ねたままに、向けられる視線を真っ向から捕らえる。
暫しの間、先に瞼の奥へと隠れたのは紅。


重みを掛ければすんなりと傾く躯。
手に触れる細やかな畳目。



静寂に音が落ちる













100712

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