鬼戯追儺




*節分話*



「準備は万全だな」
「でも肝心なのがいねーじゃん」

まだまだ肌を突き刺すような冷たい空気の中、それでも綺麗に晴れた空には陽光が輝いていた。

「やだなぁ。うちにはちゃんといるじゃない」

升の中の豆を指先でざらざらとかき混ぜながら、沖田は相変わらずの食えない笑みを浮かべている。

「あー!……ってやばくねぇか?それ?」

ぽんと手を打ったものの、示すものが何か分かって、新八は気まずそうに頬を掻いた。

「何言ってるの?絶好の機械じゃない。こっちにはきちんと理由もあって、無条件で土方さんに渾身の力と、日頃の諸々を込めておもいっきり、掌一杯の豆を心いくまで投げつけられるんだよ?こんな美味しい機会なんて滅多にないんだから」

さも当たり前、むしろ嬉々として語る沖田にその場に居た原田、平助、新八からは苦笑が漏れた。
同時に眉をしかめたのは斎藤だった。

「副長にその様な真似は出来ん」
「はぁ…一君はお堅いなぁ。これは行事で、縁起物でしょ?」
「だがしかし…」
「鬼がいなきゃ始まんないし。そもそも土方さんは鬼の副長なんだから適役じゃない」
「しかし総司。副長を鬼にして豆をぶつけるなどと…」

土方崇拝者の斎藤は、豆をぶつけるなどという行為を土方にたいしてするのはどうにも躊躇してしまうようで賛同し難いのだろう。
言い淀む姿に沖田が呆れ気味に溜め息を吐いた。

「鬼っていやぁさ、土方さんよりももっと適役がいるんだけどな」
「本物の鬼だもんなぁ」

原田と平助が示す鬼は、良く知る者で、皆一様にその姿を思い浮かべて納得する。

「そりゃまさしく鬼だけどよう。でもそう上手い具合に来ちゃくれねぇだろ」

新八の言葉に、確かにそんな都合良く…と皆が笑った瞬間だった。
皆が集まるその屯所の庭に、一つ気配が増えたのだ。

「おい、幕府の犬どー…痛っ!?」

掛ける言葉は途中で痛みを訴える言葉に変わった。
瞬発力と判断力はさすがは新選組幹部とでも言おうか。
その場に現れた風間の姿を認識するやいなや、皆一様に豆を投げつけたのだ。

「なんていい具合に現れるんだ!」
「風間すげーよっ!俺ちょっと感動!!」
「い、ったっ!貴様らなんな、ーっ!?」

純粋に嬉々とした表情を浮かべる新八と平助は、称賛しながらも豆を投げつける手は止めない。

「風間が空気読めるなんてちょっとびっくりだなー」
「あんたならこの状況に一番相応しい」
「しっかし本当に来るとはなぁ」
「??ーっ、痛!」

にこやかに笑いながら、こちらも変わらず豆を握り投げる動作を続ける沖田に斎藤、原田。
たかが豆、されど豆。
乾燥している豆は堅く、小さい礫となって投げつけられればそれなりに痛い。

「貴様らっ!なんのつもりだ!」

いきなりの出来事に豆をくらってしまったが、何時までもそこで豆の餌食になっているわけもなく、風間はその俊敏さで再度飛んでくる小粒を避けた。

「なんのって…」
「今日節分だから」
「鬼はやんねぇのか?」
「まぁ、鬼は外ー、福はうちーって鬼追い出す行事だしね。自分達が悪役で追い出される行事なんてやらないでしょ」
「豆をぶつけて悪鬼を払い福を呼び込み、無病息災を願うものだ」
「………………人間共がっ!」

そういえばそんなような行事が人間の間にあるようなことを、風間は記憶の片隅で朧気に聞いたような気もするが、そもそも自分達を悪と決め込む節分とやらなど詳しく知ろうとも思わなかったのだ。
当然ながらのこの仕打ちに、明らかに機嫌が悪くなる。

「で、鬼役に困ってたんだよ」
「そこにあんたが現れた」
「ってことで、適役登場なんで、風間には名実ともに鬼なってもらうよ」

避けられたことも何のその、節分の豆まきに格好の獲物が登場し、皆意気揚々と豆を握り始めた。

「おい、何故俺が貴様ら人間の勝手な行事に付き合わねばならっ…!?」

風間の言葉などお構いなしに早々に飛んでくる豆、その数を叩き落とすのは相当労すると判断し、風間はさすがに踵を返した。

「逃げたぞー!!」


そしてここに、屯所内でのれっきとした鬼払いの節分が開幕したのであった。






「鬼はそとー!!」
「あっはずれた!」
「そっちいったぞっ!」
「いらっしゃーい。鬼はそとっ!!」
「あまい!こちらにもいるぞ!」



紙の上をさらさらと動く筆がぴたりと止まった。

「うるせぇな」

土方は騒々しく聞こえてくる声と、どたばたと走り回る音が遠慮なしに響く様に眉を潜めた。
今日が節分で、当然その事で騒いでいるのはわかっているものの、さすがに一言注意してやろうと廊下まで出たその瞬間、廊下の先から駆けてきていた風間と目の前で鉢合わせした。

「かざっ…」

瞬間眼前で風間がしゃがむ。

「いてぇっ!?」

背後から投げつけられた豆を風間が避けたことで、当然ながらその豆は容赦無く土方の顔面へとぶつかった。

「あ…」
「やべっ…土方さん」
「なにしてんだ…てめぇら…」

眉間の皺が更に深みを増すのに、風間の背後の廊下の先にいた原田と平助がびくりと固まった。

「あれ?鬼が増えてる」

ひょっこりと廊下の曲がり角から顔を出した沖田は、現場の雰囲気など気にも止めず飄々と言ってのけた。

「あ?鬼だと?」
「今日節分でしょ?丁度風間が来てくれたから、今皆で鬼払いしてるとこなんですよ」

沖田の言葉にはたと土方は視線を下へと下ろせば、そこにはしゃがみこんだままの風間がいた。
当然ながら、顔は至って不機嫌と怒りを同時に浮かべている。
何とはなしに状況が読めて、溜め息混じりに諫めようと沖田に向き直れば、それはそれはにこやかな笑顔を浮かべた沖田がいた。

「それでもってここにきて」
「おいてめぇ…なに振りかぶってんだ」
「鬼が増えてたわけで」
「その握り締めた手はなんだ」
「当然続行だよね!鬼の副長さん!」
「!!ーっ、来い風間!」

沖田の手には当然豆が握られていて、土方の問いなど答える気もないと思いきり振りかぶって投げつけてくるのに、土方は風間の手首を握ると脱兎のごとく走り出した。

「そ、総司…」
「ちっ、逃げられた」
「……お前」
「面白くなってきたね」

一連のやり取りをただ傍観していることしか出来なかった原田と平助が、複雑な表情で沖田を見るのに、沖田は含みのある笑みで続行の意を乗せて返してきた。

「だってこのままでいいの?」
「………」
「さっきみんなでした話忘れちゃった?」
「あー…まぁそりゃな…」

もごもごと口籠りながら二人は頬を掻く。

「ま、降りるって言うなら止めないけどね」

升の中の豆を一つ口に入れ、カリッと心地好い音をさせて噛み砕くと、沖田は逃げた鬼の後を追う為に歩き出した。
原田と平助はお互いに一度顔を見合わせると、降りるなんて冗談じゃないと意を決したように沖田の後を追った。



二匹に増えた鬼と、それを追い掛け回す幹部の面々の節分鬼ごっこは激しさを増していた。



「こっちだ!」

ばたばたと至るとこで足音が響くなか、土方は空き部屋の一つに風間を引っ張り込む。
自分の体と壁に挟むようにして風間を壁に押し付け息を殺す。

「痛っ」

咄嗟に上がった小さな痛みを訴える声に土方ははっと体を離した。

「どうした?」
「いや…その……豆が」
「?」
「…着物の中に豆がな入ってしまって…」

散々被ったせいで、着物の隙間から入り込んだ豆は異物感で気持ち悪いし、壁に押し付けられた時に体に当たって痛かったのだ。

「ちょっとまてよ…」
「お、おいっ、土方っ」

向い合わせで抱き締めるように体に腕を回され、着物の上から体を辿られる。

「ああ…結構入り込んでるな」
「ひ、土方っ」

豆を探すために掌をぴったりと付けて体をまさぐってくるのに、逃れようと体を退くが背後は壁で離れることは出来なかった。

「これじゃあ気持ち悪ぃだろ」
「!?、何をしている!」

壁に背を預けるように身を詰められ、土方の手が腰帯を外そうとしてくるのに風間が驚きと共に慌ててその手を掴んだ。

「取ってやろうかと思ってな。少し帯緩めりゃあ下に落ちんだろ」
「…ああ」

そういうことか。と納得している風間の顔に土方は小さく笑みを漏らした。
帯を外しに掛かる手は止めずに、風間の耳元に顔を寄せる。

「お前…妙なとこで隙が出来るな」
「どういう意味…っ!」

耳元で囁く土方の声は喉奥の小さな笑いを含んでいて、ぴったりと体を寄せ首筋に柔らかい感触が触れる。

「貴様!こんな時に何をしているっ」

あからさまな意図を持って体に回る腕と帯に掛かる手、肩口に埋まる顔に、風間が土方を引き剥がそうとした瞬間、勢いよく襖が開いた。

「あ―――っ!」
「……どさくさに紛れてなにしてくれちゃってんですか」

派手に声を上げたのは新八で、冷ややかな視線と声色を放ったのは沖田だった。
声を聞き付けて他の面子が集まってくる。

「土方さんずりぃー!」
「あれ?これで決着ってわけか?」
「そんなわけないでしょ。それ、大事な賞品なんですから勝手に手ださないでくれます?」

皆が目にしたのは、土方の腕の中にしっかりと抱き込まれた風間の姿。
原田がやれやれと頭を掻くのを横目に、沖田が土方の腕の中の風間を指す。

「賞品?お前ぇ賞品なのか?」

問い掛けた土方同様に当の風間自体も分かっていないらしく、首をかしげている。

「そ、賞品」
「風間を追い詰めて捕まえた奴のものに出来るって話なんだよ」
「勝者への賞品ってわけ」
「聞いとらんぞそんな話!」
「あ、いや。その…皆で風間のいないところで先程決めておいたのだ」
「貴様らあぁっ!」

口々に出てくる横暴振りと、見事なまでの本人の意向無視っぷりに風間が怒りの咆哮をあげる。
さっそう、土方は抱き締めるというより、暴れる風間を押さえ込むに近い状態になってきていた。

「とりあえず。それ触らないでくれます?土方さんに権利はないんだから」
「総司!てめぇ勝手に巻き込んどいてその言い種か!」
「巻き込む?なに言ってるんですか。賞品を手にする権利があるのは僕達鬼を払う人間の方。だから、土方さんには鬼になってもらったんですよ。そしたら、これを期に遠慮なく豆もぶつけられるし」
「総司っ!てんめぇっ!!」

いけしゃあしゃあと、臆面もなく怒りを買いまくる発言を沖田は顔色一つかえないで言い放つ。
うっかり腕の中で怒りを露に暴れる風間を、沖田に向けて解き放ってしまおうか。などと考える己の思考を落ち着かせるために、土方は何度か深く呼吸を繰り返し、幾分かの冷静さを取り戻す。

「てめぇら人間側が、風間を捕らえたらそっちのもんって話なんだよな?」
「そうですけど?」
「で、俺は鬼側、つまり風間側ってわけだよな」
「………まあ」
「なら、てめぇらから逃げおおせたなら俺の勝ちってことだな」
「は?」
「まてっ、そもそも俺は賞品ではないぞ!貴様ら勝手に俺を物扱いしおっ…」
「いいからこいっ!風間!」

言うが早いか、土方は風間を連れ再度逃亡を開始した。

「!?」
「ちょ!おいおい!?」
「ええ?あり?ありなのかよ!?」
「なに勝手に決めてくれちゃってんですか!認めるわけないでしょ」
「どちらにせよ、捕らえればいいだけだ」

目の前から早々に消え去った鬼二匹に、一瞬呆然とした人間側面子だが、そこは立ち直りも早いものまたも屯所内は騒々しい音が響き渡る。



そもそも、節分。
鬼は外、福は内と、
鬼を追い出す行事のはずが、鬼を捕らえる事に目的がすっかり変わっている奇妙な節分は、日が傾き空が茜色に染まり始めるまで続いたわけで。


はたして

勝者はいったい誰だったのか…









110202





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