月烙夜日差しの強さは成りを弱め、頬を撫でる風は幾分か涼しく心地よい。 過ごしやすい季節になったものだと、秋晴れの、瞳の蒼と同系色に広がる高い空を見上げた。 屯所の一角。空から庭へと視線を降ろしたところで斎藤は固まった。 暫しの沈黙と間の後、無言のまま素晴らしい早さで、近くにあった塀と建物の隙間。 死角となるその場所に、空から視線を降ろした途端に庭先に居た、自分以外の人物を引きずり込んだ。 「どうした、斎…」 「何をしているっ」 「何を慌ててお…」 「何故あんたがここにいる!」 「…ともかく。まずは落ち着いたらどうだ?らしくないぞ?斎藤」 何時も静かで冷静な斎藤が、言葉を遮って珍しく捲し立てるのに、目の前の人物は小さく小首を傾げる。 それでもしっかり声の音量は押さえこんでいたが、誰のせいだ。と言ってやりたいのをぐっと堪えて斎藤は大きく深呼吸をした。 沈着冷静な斎藤が動揺を露にしたのは当然の出来事で。 まだ日も高い、綺麗な秋空から視線を降ろしたその先に、あってはならない金色を見たからだ。 ここは屯所の庭先。金の色を持つその人物にとってここは敵陣真っ只中。 乗り込んで来たならいざ知らず、微塵の殺気も無く、当たり前のようにそこに居たのだから、動揺するなと言う方が無理な話だ。 沖田にでも見つかっていたのなら、即その場で斬り合いの大事になっていただろう。 しかも、自分とは立場上敵でありながら、今は特別な関係にある人物、風間。他の誰にも見つからなかった事に、動揺しながらもほっと胸を撫で下ろしていた。 「ここを何処だと思っているんだ」 「貴様ら飼い犬の畜舎だろう?」 落ち着きを取り戻して再度問いただせば、返る返事の言い方は相変わらず尊大で、嫌味も混じるのに斎藤は眉を寄せる。 「他の誰かに見つかったら…」 「そんなへまはせん」 馬鹿にしてるのか?と今度は風間が眉を寄せるのに斎藤は溜息を一つ付いた。 この先押し問答をしても得る物は無く、機嫌を損ねるだけだと理解しているから、これ以上のこの件に関しての注意は止めた。 「こんな日の高い中、どうしたのだ?」 音量は相変わらず押さえたまま、声色をいつも通りに戻して問い掛ければ、風間は空を見上げた。 雲一つ無い、快晴の秋空を眺めてから、緋色の瞳が斎藤の元に戻ってくる。 「今宵は満月、雲無い今日の空は格別…」 少しは配慮してくれているのだろう。低音のその声は幾分か潜められている。 先程寄せられた眉はもう影も形もなく、風間の機嫌がいいことは読み取れる程の仲だ。 「中秋の名月いう言葉もあるだろう。秋の月は美しいからな夜にまた来る。斎藤、寝るなよ」 告げられた言葉に、斎藤は改めて目の前の綺麗な顔をじっと見つめた。 満月の秋の宵、一緒に月見をしようというのだ。 「…わざわざそれを言いに来たのか?」 自分以外に見つかれば只では済まない。いくらへまをするような事は無かろうと、危険な事には変わり無いのだ。それでも、共に月見を、と思うその心のままに、ただその一言を伝えに此処までやって来たのだ。 こくりと目の前で頷く姿に愛しさが込み上げてくる。 「わかった」 自然に零れる笑みと一緒に、短い返答を返しただけだが、満足したのか風間はその場から姿を消した。 夜も随分と深くなった頃。 天高く輝くは、遮るもの一切無い丸い月。 縁側にでも座って、夜風にあたりながら愛でられれば格別なのだろうが、お互いの間柄そうもいかない。 それでも、遠慮がちに開いた障子の隙間から見上げる満月は充分に美しい。 幾分の配慮をしたのか、風間は周りが寝静まった頃、音もなく斎藤の元へとやって来た。 旨い酒だと、風間が手土産に持って来たその酒は、口にも喉にも滑らかで、盃に月を落として呑むは格別の月見酒だ。 どれ程の静かなる時が流れただろう。 斎藤は、すっと障子を閉めた。 宵闇の中でも淡く緋を灯す瞳が斎藤へと流れる。 その緋の視線を蒼が捉える。 「どうした?」 何故閉めた。と存外に問う意味を含めた声。 「…不安か?」 答えが返らないのに、その内を読むように再度問う。 屯所の一室。個人の部屋でもあるこの場所に、自分が悠長に居ていい訳ではないことぐらい風間も理解している。 誰かに見つかるのでは、とういう不安要素は常にあり、夜も深いとはいえ障子を開けてその側に居れば、誰かに外から見つかる可能性はあるのだ。 「…それもあるが…」 何時もしかりと言葉を紡ぐのに、今は言い淀むような返答に風間は小さく首を傾げた。 心の内に湧く思いに斎藤は視線を落とした。 共に月見を、とこの時を、確かに心地好く感じるのだが。 風間は言葉一つ無く、静かに月を見上げ続けていて、その姿に焦れたのも事実。 今、その緋に映る月を閉ざしたことで、やっと紅が此方を向いたのだ。 静かな夜と闇に似つかわしい、耳に心地よい低音も久方に聞いた気がした。 斎藤にとっては、愛でる金色は宵空だけでなく目の前にもあるのだ。 「まあいい。後は酒を楽しむとしよう」 黙してしまった内心を読み取ったのかは定かではないが、風間は体事斎藤に向き直ると空になっていた盃に酒を注いだ。 「貴様の口には合わんか?」 問われた言葉にはたと、手に持つ盃の酒があまり進んでないことに気付いた。 酒は格別に旨い。ただ、己が内の思いに手が止まってしまっていただけで、否定しようと口を開けば目の前で盃を煽る風間の姿と、伸びた手が斎藤の顎を捕らえた。 「…いや、そん……っん!」 視界いっぱいに白と金の色が広がり、柔らかな感触が唇に触れる。 口内に流れる滑らかな酒の味。 「…こうすれば、少しは勧むか?」 喉奥に流れると同時に見えたのは、離れた風間のしたり顔。 「せっかく土産にと持参したのだ、もう少し呑んで貰わねばかな…んっ」 無言のままに斎藤は盃に口を付けると、風間が含んだ量より多目に酒を含み、衿元を掴むと風間が言い終える前にその口を塞いだ。 流し込まれる酒と同時に斎藤の舌に捕らわれ、上手く呑み込めない酒が重ねた唇の隙間から零れ、口端から顎へと伝っていく。 互いの口内の中、絡める舌と唇の合間に喉へと流れ落ちていくのは、酷く甘味を帯びていて、普通にでも格別なその酒は更にその味を妖艶に変化させ、蕩けるように艶やかな極上の美酒に感じた。 舌に残る美酒の味を、全て惜しいと舐めとる様に深い口づけを離した頃には、息が上がり始めていた。 「…っ……は、ぁ…」 熱を帯びた吐息を吐く風間の唇は濡れ、口端から零れた酒は顎を辿り、白い喉から胸元へと伝い落ちていた。 掴んだ衿元を開き、落ちた酒を胸元から逆に舌で辿りながら舐めとっていくのに、風間の肩が微かに震える。 唇まで辿り着けば、緋と蒼がぶつかる。 重みを掛ければゆっくりと風間の体が後ろへと傾いでいった。 緋を捕らえたまま、開けた胸元に手を滑り込ませ胸の突起を摘まむと、緋の瞳がその刺激に細まり小さく唇を噛んだ。 「…―っ……ん…ぅ」 露に成るほどに衿を割り開き、指で愛撫する反対側を口に含んで啄めば、反った喉が鳴る。 指の腹で押し潰したり、口に含んだ方は舐め上げ、丁寧にゆっくりと刺激を与えていくと呼応するように勃ちあがる。 「ん…ぁ…」 すっかり熟れた粒を、歯で甘く噛めばひくりと体が跳ねた。 熱を持つ体を下へと撫で腰帯を解く。既に反応をみせている中心を下帯も外して露にすれば、さすがに羞恥の為か、足を閉じようとするのを体を割り込ませて阻止する。 熱の中心を手中に納めて、下から上へと扱き上げれば、あからさまな声が風間の口から落ちた。 「あっ…あぁ………っう」 咄嗟に手で口を覆い、声を殺そうとするその手首を斎藤が掴む。 派手に声を上げられて誰かが起き出したら事なのだが、それでも愛しい者が己を感じてくれる声は聞きたいと思うのだ。 無理に剥がすような真似はせず、情欲に潤む緋色の瞳を見つめ柔らかに名を呼ぶ。 「……風間」 手中に納めた、蜜を溢し濡れる芯を留まることなく更に愛撫してやる。 何度も名を囁き、くぐもった声が漏れる手の甲に口付けを落としてやれば、紅が揺らめいた。 「あ……斎…と、……ぁあ」 ゆっくりと覆っていた手が離れれば、途端に甘い声が零れる。 「はっ…ん、ぅ…」 耳奥に流込む蜜の音にゆったりと蒼の瞳を細め、白く長い細い指を絡めとるように己の指を絡めて風間の手を取ると、引寄せ指先に唇を落とす。 互いに外されることの無い蒼紅。 片手を絡めたまま、芯に触れていた濡れた指を密まった奥へと滑らせる。 「―――っ」 内へと埋めれば同時に白い喉が息を飲む。 捕らえた手に唇を寄せたまま、熱い内側を解かしていけば震える白い躰と蜜の声。 「…………風間……」 愛でる体に身を寄せ首筋に顔を埋めると、朱に染まる耳へ熱の吐息を吹き込むように名を囁く。 ただそれだけで、意図することが伝わるのか風間の躰が僅かに強張った。 溶けた蕾から指を引き抜き、宥めるように太股を撫でてから抱えると己の欲を宛がった。 「…っあ……あぁ、ぅ………っく…」 焦れる気持ちはあるものの、受け入れる為に幾許かの苦痛に歪む顔に、ゆっくりと埋めていく。 風間の内は酷く熱く、絡みついてくるその熱欲に直ぐにでも動き出したいのを堪えると、全て納めたところで、緋を隠しきつく閉じた瞼と、短く不規則な呼吸が少しばかり落ち着くのを額に口付けながら待つ。 我ながら、この尊大で高圧的な態度を取る男に随分と甘いものだ、と思うのだが、その自尊心の塊のような彼が、己の腕の中で躰を預けてくれるのに、胸が、いや、体全体がえも云われぬ堪らない想いでいっぱいになるのだ。 額に掛かる金の糸を指先で鋤けば触れる軟らかな感触。 長い睫毛に縁取られた瞼が微かに震えている。 頬に口付けを落とし、斎藤は緩やかに動き出した。 「ぁ、あ……ふ、…あ」 熱い内に誘われるままに擦り上げれば、甘い声が耳を擽る。 与えられる情欲に染まる躰は熱く魅惑的で、触れ合う肌も、内側から感じる欲の熱も、もうどちらのものかもわからない。 「あっ、……ぁ、う………んぁっ、あ」 煽られるままに動きを増して求めれば、応えるような嬌声があがる。 身の下で乱れる金糸に指を埋め絡める。柔らかく透き通るような黄金の髪は心地好くてその感触を楽しみながら何度も撫でれば紅がうっすらと姿を現した。 「…はっ…ぁ、……さい、…とっ」 追い上げ、追い詰めていけば、切羽詰まった声で名を呼び、腕を伸ばし身を寄せて来る風間の頭を掻き抱く。 腕の中に落ちる金の色。 先程まで酒を傾けていた。 夜の闇に輝く月、その流麗たる金の姿も降り注ぐ淡成る月光も確かに美しい。 しかし、高い空の内では無く、今己が身の下に、眼前に、その腕の内に落ち、捉え閉じ込める金色。 求め愛しいと思うのは輝く宵闇の月よりも、己が手で慈しみ愛でる金の色。 重ねられる唇が望むように、情欲の声を塞いでやる。 艶やかに欲に染まりきる声を聞けないのは残念に思うも、風間がそれを望むなら、と深く重ねたままに高みへと昇り詰める。 「―っ…んぅ……ん、んんっ!」 限界を迎え上がる声を全て飲み込み、同時に風間の中へと欲を放つ。 内に放たれる熱と解放の余韻に震える躰を、斎藤は強く抱き締めた。 呼吸が儘ならない程に重ね合わせた唇を離せば、熱い吐息と互いの間に細い糸を引く。 脱力していく躰を抱き締めながら、まだ荒く上下する胸に顔を埋めた。 戯れるように情事後も身を寄せ合って寝転んでいた。 互いに黙したまま寄り添い、傍らに温もりを感じるだけで、体に、心に、と満たされる。 ふと半身を起こした風間が障子の向こうを眺める。 すり抜けるように身を起こすと、白い着物がその身を覆っていく。 引き留めたい。 そう思う心を現実が許さない事をよく理解しているから、斎藤は黒の羽織に包まれる背を、蒼の瞳に映すだけに留める。 そのまま行ってしまうのか。と思った先、障子に手を掛けたとこで風間が振り返った。 月光がまだ差し込む障子の前では、振り返った風間の顔は影になりよくわからなかったが、その口許に微かな笑みを引いた気がした。 開く障子の隙間から、音無く金の色は夜の空に消えていった。 人一人分 開いた隙間から満月が見える 室内に伸びる月光に、寝転び伸ばしていた手が照らされる 月明かりを掴むようにゆるりと空を握る ああ…… この手に握れる あの 金がいいのだ 己が心に笑みを引き 静かに瞳に闇をおとした 101106 斬番1800 ごまみそ様、リクありがとうございました! 斎風。斎藤がもうなんだか色々難しく…妙なことになってる気がします。すいません。 糖度高め?でイチャつかせてみましたが、ご希望に沿えていたらいいのですが… てか、斎藤氏が、口数少ない割りに、やたら風間と名を呼びまくっているような… なんか色々すみません。 ほんの少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。 ごまみそ様のみお持ち帰り可 |