月下逢瀬闇が落ちて幾ばくか。空に、一刀の下に両断された月が浮かぶ。 諸用を済ませての屯所への帰り。 近道を、と人気のない細い路地道を辿れば、角を曲がった道の先に見知った背を見つけた。 月明かりの下、月光に照らされ淡い金の色を放つ髪は特徴的で、間違えようがない。 気配に気付いたのか、ゆるりと振り返れば、髪と同様に鮮烈な印象を与える、紅の瞳がこちらを捉えた。 歩みを止め、その場に立つ斎藤に薄く笑みを引く。 「…柄に手ぐらい掛けたらどうだ?」 まがりなりにも互いに敵対する者同士。 殺気も無ければ、敵対心も見せず、ただ静かに、穏やかにこちらを見る斎藤の姿。 されど、投げかけた風間の声色も緩やかな音で、言葉とは裏腹に斎藤と同様、構える素振りなど微塵も無い。 「なぜだ?」 「立場上ならば当然だろう」 視線を合わせたまま斎藤は静かに歩み寄る。 「『立場上』なら刀に手を掛けないのも当然ではないのか?」 暗に含ませた意味を悟り、風間は黙した。 「…こんな所で何を?」 「月見をしながらふらりとな…」 月の満ちは半分程。 雲も無い空はその姿を隠すものは無い。 心地よくてふらりと出てきたのであろう。 「月に感謝しなければ…」 小さく零れた言葉に風間が瞳を瞬かせる。 「風間に会えた」 自分が纏う色と反する色を持つ風間。 月光の下の顔は、日の元でも白い肌を更に青白くさせ、淡い色の髪と相俟って透き通るようだ。 恋仲の者に予期せず出会えた事を、斎藤は、一度も視線を外さないまま、静かに、嬉しいと思うその心を隠すことなく声と言葉に乗せる。 途端にくるりと踵を返し風間は去ろうとする。 「待て!どこへ行く?」 「帰るのだ。貴様も帰る途中だったのだろう」 手首を掴んで歩みを止めたものの、こちらを向こうとはしないが、背けた顔の僅かに見える頬がほんのりと染まっている。 「風間」 名を呼ぶと同時に手首を強く引きこちらを向かせ、そのまま唇を重ねる。 触れ合うだけの口付け。 すぐに唇が離れれば、変わらず頬を朱に染めたまま、驚いた表情の風間の顔が眼前にある。 「愛しい者にせっかく会えたというのにもう別れるのか?」 まっすぐに、真剣に、紅の瞳を見つめながら、穏やかで柔らかな声色が月光と共に落ちる。 「…もう一度…」 零れた音は どちらの声だろうか 100721 |