音トキ 201401 お年賀 「………余所見してると転びますよ」 「ねーねー!お好み焼きとたこ焼き両方よりどっちかにした方がいいかな?」 「前進んでます。動きますよ」 「あ、うん。焼そばもいいよね!でも串焼きも捨てがたいんだよねー。あ、あんず飴も食べたいな!」 「…音也。何でもいいですから、参拝を終わらせてからになさい」 「……トキヤ…怒ってる?」 「これ以上続けるなら怒ります」 「…う……はーい」 長く続く参拝の人混みの列に並びながら、忙しなくきょろきょろと並ぶ屋台に目移りしている音也の横で、真っ直ぐ境内を見据えるトキヤの眉間に僅か皺が寄る。トキヤの心情の機微に敏感な音也は、直ぐに口を噤んだ。 お互いこれでも芸能人。アイドルを自負する二人は、眼鏡に帽子は当然の事、トキヤに至ってはマスクまでしている。 「…ねぇトキヤ、逆に其処までいくと怪しいよ?」 「何を言っているんです。私達は芸能人ですよ?あなたは自覚が足りないのではないですか?それに、この時期でしたらマスクはしていてもおかしくなどありません。顔を隠し変装の一環でありながら、風邪の予防や喉を保護する為にも正に一石二鳥。これらを踏まえた上で……」 「あーっ!もういいっ!わかった、わかったからトキヤ!もう行こう?ね?」 そんなやり取りをしたのが数時間前。年末年始の過密スケジュールの中、少しだけ取れた合間の僅かな時間に初詣に行くのだから、とにかく時間が惜しいと音也はトキヤを早々に引っ張り出したのだった。 幸い誰にも気付かれず無事に参拝を終わらせて、お揃いの御守りを買い、照れくささに小さく笑いながらお互いに相手に渡した。その後は…と言えば… 「まーってましたぁっ!」 この時とばかりに、勢いよく両手を上げていざ戦場へ赴かんと並ぶ屋台の列に音也の目が輝く。 「なにからいこうかなぁー。ねえトキヤ、トキヤは何がいい?」 「私はいりません」 間髪入れずに返ってくる素っ気ない返事は想定内。何も口にしないトキヤとは裏腹に、音也はあちこちの屋台へと梯子を始める。 「………よく食べますね」 「ほう?ほひやがはへなはふぎるんはよ」 「………口の中の物を飲み込んでから喋りなさい」 結局、お好み焼きに焼そば、串焼きを経て今はたこ焼きと宣言した全ての物を胃に納めている。次々と平らげていく有様に、必然と音也を見るトキヤの眉間には又も皺が寄り始めていた。 「さてと…次はー…」 「まだ食べる気ですか!?」 たこ焼きの最後の一個を飲み込んだところで、次の標的を探し始める姿に隣から呆れと驚愕が入り混じった声が上がった。 「え?だってまだスイーツ食べてないもん。ス・イ・ー・ツ。」 にっこりと笑って見せれば、信じられないものを見るような眼差しとかち合って、僅か口角が引きつった。 「だいたいトキヤは食べなさすぎなんだよ。せっかく初詣に来て、こーんなに屋台がたくさんあってさ、こういう所で何食べる?とかさ、分けっこしながら食べ歩きするのが楽しいのに…」 「そんな楽しみ私は必要としていません」 「つれないのー。まあ、トキヤが狂の付くダイエッターなのは知ってるけどね」 「自己管理と言って頂きたいですね」 「でもさ、俺としてはトキヤにあんず飴とか、綿菓子とかさチョコバナナとか…あ!りんご飴もいいね!そういうの食べてもらいたいなって」 「なんですかそれ!?甘い物ばかりじゃないですか」 「えーだって可愛いじゃん!」 「……………頭痛がします」 一度たりともマスクをずらす事さえしないトキヤの鉄壁の拒否と、眉間を押さえて深く溜息を吐き出す姿に、むーっと頬を膨らませて不満満載でぶう垂れてみても、ツンと澄ました顔が一瞥をくれてくるだけ。音也はムッスリとしたまま、足早に斜め向かいにあるりんご飴の屋台へと歩いていった。真っ赤に彩られた可愛いらしいりんごは、飴に囲まれてツヤツヤと輝いている。ぺろりと舐めればふわりと甘みが口内に広がった。見目にも可愛いらしいこの食べ物を、トキヤが手に持って舐めてる姿を拝みたいという願望は叶うわけないと充分過ぎる程わかってはいたけれど、ほんの少し、僅かで微かな望みが心の奥底でくすぶっていた事実に、そしてそれが打ち砕かれた現実に音也は肩を落とした。 (いいんだけどね…別に。トキヤがカロリーに死ぬほど煩いのはよく知ってるし…) 自分を慰め宥める言葉を何度も胸中で繰り返し、こんな些細な事で意気消沈してしまう自分に苦笑が漏れた。誰よりも彼の理解者であり、有りの儘の彼の全てを受け止め包み込んであげたいと思っているのに、彼の様々な顔を、姿を少しでも多く見たいと思ってしまう心も同時に存在するのだ。気を取り直そうと俯きがちの顔を上げ、目の前のりんご飴に唇を寄せた瞬間、ふと影が掛かった。 「―ッ!!!」 りんご飴一個分。その向こう側に片手でマスクをずらしたトキヤの顔があった。飴を支える割り箸に掛かる微かな力で、トキヤがりんご飴を舐めているのがわかる。僅か伏せ気味の瞼を長い睫が縁取り、細まった夜色の瞳が見つめてくる。音也の呼吸は完全に止まっていた。スローモーションで顔が離れていく。飴でベタついた唇を、ちろり現れた舌先が舐める仕草から目が離せない。 「満足ですか?」 ふっと笑みを象りながら問い掛けられて、音也はやっと呼吸を思い出し大きく息を吐いた。心臓が跳ねている。 「なっ、に!?なんなのっ!?トキヤッ!」 「あなたが食べろと言ったから…」 「言った、けどっ!」 「さすがに一つはいりません。カロリーオーバーなので。ですから、あなたのを一口もらいます」 「―――〜〜〜〜っ!!もうっ!トキヤあぁぁっ!!」 さらりと言った後にほんのりと白い頬を染め、視線を少しだけ外して照れる姿に音也は内に湧き上がる得も言われぬ感覚そのままに目の前の愛しい恋人を抱き締めた。 「だあい好きっ!」 耳元で思いの丈を存分に乗せた声色を奏でれば、りんご飴に負けない程トキヤの顔も耳も真っ赤に染まった。当然だが公共の場。早々に怒られ腕の中から逃げられてしまったけれど、深々と被った帽子としっかり顔を覆い隠したマスク、さらにマフラーに顔を埋め隠して足早に前を歩く姿に音也の顔はにやけっぱなしだ。 ほんとーに トキヤは可愛いんだから!もうっ! 今年もいっぱい色んな君を見せて たくさんの君を愛させてね 140102 |