雨ふりロニア




低く暗い雲がのしかかる
朝から降っていた雨は本降りになり


その日一日中降り続いた





そんな日


だった…





返ったのは

「そうか」

という簡素なもの


それ以上でもそれ以下でもなく


とりあえずの生活品を、ボストンバッグに押し込んで、無言で扉の外へと出た。


ここは、彼の居城だから。



関係の終わりは



呆れるぐらい呆気ないものだった






「すいませーん!生もう一杯!!」

騒がしい大衆居酒屋で景気よく空のジョッキを掲げたら、頭をはたかれた。

「いい加減にしろっ!!」
「自分があんまり飲めないからって、人巻き込むのやめてもらえませんか?」

地味に痛む頭をさすり、向かいの席にじとりと目を細めた。

「やけ酒かっくらってくだ巻いてる奴にはこれでも足りねぇぐれぇだっ!」
「だあぁってえぇぇ――」

溜息と共にエイヒレを口にくわえて顎をテーブルに乗せる。

「…………土方さん……冷たい……」
「………。」
「失恋したばっかりの僕にもうちょっと優しく出来ないんですか?」
「失恋だぁ?てめぇで終わりにしてきたんだろが」
「そうとも言います」

はあああ、なんて盛大な溜息吐かないでほしい。
これでも傷ついてるんだから。

「あれか?てめぇは追っ掛けて欲しかったってぇのか?」
「……いえ」
「アレにそんな事期待してもなぁ、無駄以外の何もんでもねぇぞ?」
「わかってますよ。そのくらい。それに追い掛けて欲しいなんて女々しい事、考えるわけないじゃないですか。……カッコ悪い」
「じゃあなんでてめぇの泣き言に付き合わされてんだよっ!!俺はっ!!」

べしり、とまた頭を叩かれた。
だから地味に痛いんですけど…ソレ。

「うだうだしたい時だってあるんですっ!!わかってないなぁー土方さんはっ!!」


支離滅裂な事を言ってる事も、やってる事もわかってる。
敢えて、土方さんをとっ捕まえて絡んでる自覚だってある。



だって土方さんは…


僕の恋人…


いや、正確には元恋人をよく知ってるから





千景と会ったのは土方さんが仲介点。
土方さんの昔からの知り合いだとかなんだとか。


「…しっかし…俺にはさっぱりわからねぇ…アレのどこがいいんだか…」
「まあ色々と…」


いいんです。千景のいいところなんて土方さんはわからなくて。
一生わからないでいて下さい。

「そう言いながら、今迄一緒にいるじゃないですか」
「これはなぁ、腐れ縁ってぇんだよ!」


そんな苦虫噛み潰したような顔して、吐き捨てるように言うけどさ。

いいなあ。
僕だってそんな事、千景との間に欲しい。言いたい。
僕にはそんな縁はないよ。

だってこんなにも簡単に、あっさりと縁は消えてしまった。


「…………贅沢者。…罰が当たれ」
「はあ!?てめぇ総司!!今なんつった!?」
「幻聴ですよ」




千景に惚れたのは、僕。
最初の心底嫌そうで、嫌悪感丸出しの顔。
あれ、絶対忘れられないね。



でもさ、今朝迄僕達は確かに恋人同士だったんだ。



僕が終わらせたんだけど。






「土方さん。そんなわけで今日泊めて下さい」
「はあ!?」
「僕、帰るところないんです。家無し子になっちゃったんで」
「ホテル泊まれ」
「あまりのショックに死んだらどうするんですか」
「てめぇはそんなタマじゃねぇだろがっ!!」
「僕、泣きますよ。ここで。暴れますよ。ここで。土方さんへの嫌がらせの為だけに」
「あーっ!!もうわかったよ!!…一泊三千円だ」
「え―――お金取るんですか!?」
「嫌ならカプセルホテルでも行け」
「はあ…。しょうがないから、それで手を打ってあげます」
「……何様だ…てめぇ…」


なんだかんだ言ったって、土方さんは面倒見がいい。
千景と繋がりのある彼に、喚き付けば宿ぐらいなんとかなる。って僕の打算。



そんなに酒に強い方じゃない僕にしては、結構な量を飲んだっていうのに。
全く酔えてないとか。

土方さんの家のソファーの中央に陣取りながら、天井を眺めてる。

「何呆けてやがる」

視界に現れた顔に、にんまりと笑んで見せた。

「ねえ…土方さん。…間違い起こしてみません?」

僕の言葉に、瞬時に嫌悪でいっぱいに顔を歪めた。
ああ、そういうとことか、その顔とか。
千景にそっくり。



「ふざけてんじゃねぇぞ。当て付けしたとこでなぁ、なんにも感じねぇぞアイツは」

そんな事よくわかってる。
知ったところで、千景は眉一つ動かさない。

「当て付け?何言ってるんですか。もう終わってるのに、誰に当て付けするんです?」
「………そうかよ。けどな、てめぇなんざ願い下げだ」
「ざぁーんねん」
「馬鹿言ってねぇで、さっさと風呂入って寝ろ!」

大袈裟に肩を竦めた僕の顔面に、タオルと寝間着が無遠慮に乗せられた。
男前な顔が台無しでしょう。
なにしてくれてんですか。






勝手知ったるなんとやら。

「土方さーんお腹すきましたー」
「……外で飯食って来いって言ったよな?何もねぇよ」
「食べて来ましたよ?土方さん料理出来ませんからね。でも小腹が減ったんです」
「知らねえよっ!!」

居候生活何日目だろう。
でもまだそんなに長くない。
千景から連絡なんてあるわけない。
僕からする事もない。


「だいたい、てめぇは何時まで居座る気だ!」
「家探して決まればさっさと退散しますよ!」

悪態の応酬は変わりない日常と同じで、それ程意味が無いのはお互いにわかってる。
くだらない会話をしながら漁ったボストンバッグの中は、そろそろ底をつき始めていて眉が寄った。

「着替え…さすがに足りなくなってきちゃったな…」

とりあえず程度の荷物で賄うには限界が近付いていて。

「明日…ちょっと荷物取りに行って来ます」

そう告げれば、口喧しい事一つ無く、おう。と返事が返っただけだった。






出掛けた当初、空は確かに晴れていて。
けど、僕の内は随分と暗雲が立ち込めていた。



千景が家に居なければいいのにとか。
会ってしまったら何て言おうかとか。
いっそ、早々に家を決めて全部荷物を引き払う状態にしておけば良かったとか。
そうしたら、この一回で済んだのにとか。
家決めたら、また行かなきゃいけないじゃないかとか。



そんな事を終わり無く考えてる僕の思考に添うように、空は灰色に変わって、しまいには雨が降りだした。



足取りが軽快なんて事はなくて。
走るなんて選択肢もなくて。
雨水を溜め込んだから、靴が重くて前に進めないんだ。なんて言い訳して。





千景の家に着く頃にはずぶ濡れになっていた。



合い鍵で扉を開けた廊下の先に
僕の希望は打ち砕かれて



紅い瞳がちらりと此方を見た。




玄関先で動けなくて。
紅い瞳は何事も無かったように逸れて。
静まり返る空気に、髪から落ちた雨水が床へと立てる音が聞こえる。



開いた口から出たのは


ここまで来る間に

散々考えておいた言葉の中の一つじゃなくて
用意していたどれでもなくて…
頭の中になんて全然無かったもので


多分それは 僕の―





「……ただいま」





ああ…
何を言ってるんだろう

情けなくて

僕の視界いっぱいには、ずぶ濡れで薄汚れた靴しか映ってなくて



静けさが突き刺さって痛くて…






「おかえり」






いつも通りの低音と
柔らかなタオルに包まれた



「―ッ、た、…だいま」

顔を上げたそこには、変わらない、僕のよく知ってる千景がいた。

「風呂に入れ」
「…うん」

軽く僕の頭を拭いてから、そのままリビングに戻って行く。
その後ろ姿も僕のよく知っている日常で。



何も変わらない僕と千景の生活があった。






出掛けた当初、空は晴れていて
目的地に着く頃には太陽は更に空高く上がっていた



合い鍵を使って扉を開けて中に入ると、土方さんが出迎えてくれた。


「荷物取りに 『来た』 んだろ?」


口端に引く笑みが憎い。
とか思うけど、その通りなので何にも言えやしない。

「ええ…まあ…」

視線を逸らして曖昧な返事を返す僕の頭を、くしゃりと手が一撫でしていく。
せっかくのセットが乱れるんで、やめて欲しいんですけど。



とりあえずの生活品をボストンバッグにまた詰めて

お世話にはなったと思うから、一応はお礼を述べて


土方さんの家を出て



僕は『帰る』のだ



足取りは酷く軽快だ





だって今日は、靴は乾いて重くなんてないからね。












120628



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