Adventkranz





コンビニATMの前。
画面は残高紹介。
そこに表示されている数字を目に映しながら、土方は深い溜息を吐いた。
レジでホットの缶珈琲を一つ買い、駐車場に停めてある車に乗り込みまた一つ溜息。


月は12月
季節は冬
町の景色はクリスマスに染まる


車内で珈琲に口を付けながら、片手でスマフォを意味無く弄る。
クリスマスと言えば、当初の目的をすっかり忘れた日本では既に恋人達の行事と化している。
そのご多分に漏れず、結局土方も恋人の事が脳内を占めているわけで。
ただ、浮き足立つ気持ちよりも若干頭が重いのは、その恋人のせいと言っても過言ではない。


先程見た残高の数字。
決して一社会人として目を瞑りたくなるような数字ではないが、それでもその桁数があほらしく思えてしまうのは確実に己の恋人のせい。



土方の恋人の名は風間千景という。
名だたる大企業、系列会社は数知れず。
そこの若き総帥様という始末。


身に付けるものは一流品。
しかも、特注品やら、オーダーメイドばかり。
支払いは全てカード。
貧乏人の僻みではないが、当たり前の如くごく自然にブラックカードを出す、そのカードをへし折ってやりたいと思ったことも数度。



そんな相手に、今年のクリスマスに己の財力で何をあげればよいのやら。
何を要求されるのやら。
考えただけでも胃が痛くなる。
年越し年明けを自分は生きていけるのだろうか。なんて情けない考えまで過ったところで、珈琲缶が空を告げた。
それでも、うだうだ考えたところで埒があくわけでもなく。
土方は弄っていたスマフォで、そのお高い恋人にコールをした。






『土方か。どうした?』

コール音が切れ、早々に名前が耳に響く。

「おう。いやな、クリスマスどうすんだ?ってぇ話をしようかと思ってな」
『休みなのか?』
「ん?ああ。今年は丁度土日だしな」
『そうか』
「なにか欲しいもんとかあんのか?」

先送りにしたところでなにも変わるわけではないので、早々に本題を切り出す。

『別に何もいらぬ』
「いや、なんかあんだろが」

素っ気ない返事に、そりゃ全て自分でどうにか出来るんだろうから。という思いも過るが、取り敢えずと食い下がる。

『いらぬと言っている』
「お前ぇよぉ…取り合えずなんかねぇのかよ」
『いらぬと言っておろう…聞き分けのない奴だな。仕方の無い…ならば、欲しい車があったのだそれを…』

いらないと言うならそうか、と頷いてしまいたい気持ちもあるものの、それでも折角のクリスマス。
ささやかでもいいから恋人に何かあげたいという気持ちは当然あるわけで、更に言葉を続ければとんでもない答えが返ってきた。
出された車体名は高級外車。
思わず絶句してしまい、返す言葉が見付からない。
こういう時、ほとほと住む世界と感覚の違いを実感させられるのだ。

『土方?』

何十年ローンだ。なんて切ない思考が満たしている頭に、静まり返った通話越し、風間の問い掛けが響いた。

『貴様に無理なことぐらい承知している。だからいらぬと言ったのだ』

続いた声と言葉は呆れ返っていて、事実とは言え気に障る。

『貧乏人から物や金を巻き上げるつもりは毛頭無い。いらぬと言ってやっているのだ、素直に喜んでおけ』

嘲笑うような口調と癪に障る物言いは、風間の代名詞と言っても過言ではないことは重々承知の上だが、腹が立つのも事実。

「てめぇなぁ!なんだその言い草は!!」
『事実を言ったまでであろう。貴様に財力など端から期待しておらん』
「貧乏人で悪かったなっ!!」
『自覚がある分幾分ましだな』
「あーそうかよ!!てめぇなんかにゃ何もやるかっ!!」

苛立だしさのままに通話を切ろうとしたその矢先、風間の声が続く。

『休みだと言ったな。ならば朝から迎えに行く。出られるよう準備しておけ』
「知らねぇよっ!!」

変わらずの、己のペースで話を進めるその姿勢に更に苛立ちを煽られて、荒く通話を切った。





売り言葉に買い言葉。
煽りに簡単に乗ってしまい、更に煽り返してしまう。
毎度ながらにそんなやり取りをしてしまうわけで、それでもクリスマスイブの24日。
朝からちゃんと身仕度を整えて、予告通りに迎えに来た風間の車に乗り込んでいたりする現状に、土方は大きく深い溜息をついた。

「なんだ?まだ先日の事を怒っているのか?」

派手についた溜息に、車を繰る風間が此方も溜息混じりに問い掛けた。

「別に違ぇよ」
「心の狭い男だな。俺は貴様の懐を心配してやったのだぞ?」
「違ぇって言ってんだろが。だいたいなんだってんだ?その恩着せがましい言い草は!」
「なんだと!俺がわざわざ考慮してやったのを恩着せがましいとは!」
「そりゃどうもあんがとよ!貧乏人に慈悲を与えてやってさぞ満足だろうよ」
「貴様っ…」

車内の空気は一気に重くなる。
狭い空間に二人きり。
口論の末、互いに口をつぐみ、顔を合わせることもなく車は険悪な静けさに包まれたまま滑るように町を駆け抜けた。





大きなショッピングモールを回る間も、昼食を取ったレストランでも、休憩にと入ったカフェでも、殆ど互いに口をきくことは無かった。
唯一の救いは、どちらか片方が帰ると言い出さなかったことぐらいだろうか。
風間が予め予約を入れてくれていたレストランでディナーを取っている最中も、折角のクリスマスイブに恋人と過ごしているというのに、お互い無言で食事を進めるという有り様で。
口喧嘩も口論も日常茶飯事だが、土方とてこんな時に険悪なままいたい訳ではなく、車内で揉めた朝から随分と久しぶりに風間へとそっと目を向けた。
時折手が止まり、あまり食事が進んでない風間の顔は随分と落ち込んでいて、はっと息を飲んだ。


風間の性格はよく知っている。
高圧的で不遜な態度や物言いをするし、気位が高いせいで素直さや可愛気なんてものを求めるのが難しいことも熟知している。
つい煽りに煽り返してしまって、よく喧嘩もするがそれでも自分は風間が愛しくてたまらないし、風間だって自分を好いてくれているのを知っている。
意地を張りすぎたと、俯いたまま黙々と食事を進める風間にどう声を掛けようか迷っているうちにディナーは終わりをつげてしまった。






「なぁ。少しどこか寄らねぇか?」

真っ直ぐ前だけ見て車を繰る風間に声を掛けた。
返事は返らなかったが、程なくして車は路肩のパーキングに停まった。
意図したわけではなかったが、丁度随分と綺麗なイルミネーションに彩られた夜景が拡がる場所だった。
土方が先に車を出れば、後に続いて車から出てくる。
無言なのは相変わらずで、今日の長すぎた意地の張り合いにすっかり重くなってしまった空気。
さてどう切り出したものかと頭を悩ませていると、背後から周りの音に掻き消されてしまいそうな小さな声が名を呼んだ。

「ん?」

土方が振り返れば、深く俯いていて顔が見えない。

「…………く……て…」

ぽそぽそと落ちた声はよく聞こえない。

「千景?」

側まで寄って名を呼べば、一瞬ぴくりと肩が震えた。

「……俺は……物なんて…………い…らなく……て……」

小さな声が落ちる。
静かに黙って耳を傾けていれば、またぽつぽつと溢れる。

「……せっかく…休みなの……だから………ただ…ずっと一緒にいられれば……………」

耳を澄ましていなければ聞き取れないほどに小さくなっていくばかり。

「………そ、れだけ…で………充分……で……」

落ちる声は次第に震えて、うまく音に成らなくなって。

「…だ、から……本当に、何も……いらぬ……と……」

可哀想な程に震える小さな音と、すっかり金糸に隠される程俯いてしまった顔を土方は両手に包み込んで上げさせた。
イルミネーションの光がきらきらと反射して、紅色が滲んで潤んでいるのがわかった。

「………こんな……つもり、で………は……」
「悪かった」

必死で言葉を紡ぐ唇も、体も小さく震えていて、土方はその体を引き寄せ強く抱き締めた。


何時もなんだかんだとお互い多忙で、会う機会は限られていることが多い。
長い時間をゆっくり共に過ごすことが出来ることだってなかなか無いのが日常で。
不満こそ互いに口にしたことはなかったが、愛しいと想う人と少しでも多くの時間を共有したいと思うのは当然の事だろう。


だからこそ、風間にとって、朝からずっと一緒に土方とクリスマスを過ごせるその事が、土方自身が最大に嬉しいプレゼントだったのだと、ここにきて初めて理解した。

「その…台無しにしちまって…すまねぇな…」

ふるふると胸に埋まる金の頭が左右に振れた。
きっと楽しみにしていたであろうその気持ちを考えれば胸が痛んだ。
表現が下手で素直じゃないのも、尊大な態度も、意地を張り始めたらなかなか後に引けない性格も、全部ひっくるめて好きだと思うのに、そうしていき過ぎて後で一人でひっそりと悲しんでいる事だって知っているのに。

「そのな…俺の財力なんてそりゃたかが知れてるけどな。それでも何かお前ぇにやりたかったんだよ」
「………物などいらぬ……貴様を寄越せ」

胸元から上がったくぐもった声に、自然に笑みが溢れた。

「俺は既にお前ぇのもんだろが」

もう既に恋人という関係にあるというのに、それでもまだ強く求めてくる風間の言葉に、幸福が体中を満たし溢れだす。
その想いのままに腕の中の体を強く抱き締め、柔らかな髪に顔を埋めて耳元で囁いた土方の声は、己でも驚くほどに甘い音となった。
暫しの間、そうして今までの重苦しい時間を取り戻すように音もなく抱き合っていた。


夜の外気温は季節と月に相応しく、刺すように冷たくて。
吐き出す息は白い煙となって闇に静かに消えていく。
冴え冴えとし冷え込む聖なる夜に、重なる体も心も酷く暖かかった。

「……土方」
「ん……なんだ?」
「貴様は俺の物なのだろう?」
「ああ」

胸元を振動させて伝わってくる静かな低音。

「なら………持ち帰ってもよいのだろう?」

顔を上げないのは照れているのだと容易に察しがつく。

「帰る気なんてさらさらねぇんだけどな」

寒さとは別に、赤く染まった耳へとそっと吐息を吹き込んでキスをする。

「なぁ…勿論。この後は、今度はお前ぇを余すとこ無く俺にくれんだろ?」

返事は紡がれなかったが、背中に回っていた風間の手が離すまいときゅっと服を握り締めてくる事が、どんな答えより明白な証しだった。







何が大事で
何を痛いほどに欲しがって
何を得たいのか


それは酷く単純で
それは酷く暖かくて



酷く大切な互いという存在



大事なことはいつだって
たったひとつ



ただそれだけで
何ものにも代え難い幸福に満たされるのだ














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